貴方の手、その指先








「ルーク?」

隣に座った人が、小首を傾げる。少し戸惑った顔でどうしたんだ、と、その瞳が言う。
もう人、とは言えないその人のその姿にルークは微笑み、なんでもないよ父さん、と答えた。
その口元に寄せた手の甲に、そっと唇を寄せたまま。

温もりも冷たさもないその手に触れることの出来る自分の力に、ルークは感謝した。
真実親子として触れ合えた瞬間に亡くなってしまった父は、肉体は無くなったが存在としてはまだ消滅しておらず、再びルークの前に現れてくれた。
ルークはその時の父の顔を忘れまい、と誓った。
哀しそうな辛そうな泣きかけの子供の、それでも嬉しそうな複雑な表情を浮かべた父は端整な姿形で、年の頃はルークと同じくらいか、少し上くらいなのだろう。肉体に縛られることのないアナキンは恐らく無意識なのだろうが、その姿を取った。彼にとって恐らく一番の幸福と絶望を感じた時の、姿。

そうして、父と子はもう一度触れ合うチャンスを得た。

ルークは父の正体を知った時、フォースやジェダイを否定したくなった。
スカイウォーカーの血。誰よりも強いフォース。かつての恐れを知らぬ英雄。選ばれしフォースの申し子。それが父でなかったなら。そして自分でなかったなら。
どうして、と。ずっと心の中で叫んでいた。フォースに対して憎しみさえ抱いていたかもしれない。全ての元凶だと。
それなのに全てが終わった後、有難味を感じるなんて皮肉なことだと思った。
スカイウォーカーの血に宿る強いフォースが、ルークに死んだ父の姿を見せ、更には触れることすら可能にした。
願えば、その温もりすら感じることも可能かもしれない。

父さん。
ルークは声には出さず、何度も呼んだ。
そして幾つもの口付けを手に、指に落とす。唇でそっと柔らかく食むと、確かなその感触にルークは泣きたくなった。
それがどういう意味かは分からないが、ただ、泣きたくなった。
父さん。

彼の今のその表情はかつての父と同じものだった。ルーク本人は知らない。そしてルークの顔が見えないアナキンもまた知ることは無い。

アナキンは動くことが出来なかった。息子が自分の手にキスをするのをただ見ていることしか出来なかった。
何故なのか。どうしてなのか。息子の行動の意味がさっぱり掴めない。
父子とはこういうものなのか。いや、そんな訳があるはずがない。いくら父無し子であったとしても、この行為がおかしいことくらいはアナキンだって知っている。
息子。そう息子だ。自分の、子。それが自分の手に恭しく口付けを落としている、幾つも。
何故そんなことをするのか。
だけどそういう疑問は結局どうでも良いのかもしれない。なぜならそれはアナキンを否定した行為ではないからだ。
息子のフォースが自然と伝わり、そこに嫌悪や憎悪が全く無いことを知る。同時に不可解な、不安定なフォースも微かに感じたが、それは仕方が無いことだ、とアナキンは思った。自分の行ってきたこと考えると、この状態はまるで夢のように優しいのだから。
多分、お互いに分からないのだ。そうアナキンは結論付けた。子は父を知らず育ち、父は子を知らず生きてきたのだから。
お互いのハグを知らず、親愛のキスも知らない。
息子が自分を否定していない。ならば良いだろうか。
アナキンはそっと息子の生身の方の手を取り、そこにキスを落とした。

「ルーク」

手の甲に触れる感触に、ルークは顔を上げた。アナキンの手を食みながら。
チュッと小さい音と共に、感触は消える。同時にルークの唇に触れていた手もゆっくりと離れていった。
あっ、とルークが逃げた手を追いかけようとしたが叶わなかった。
逃げた手がルークを抱き締める。ギュッと優しく。

「ルーク」

それは父が子を呼ぶ声だ。

「…父、さん」

ルークは子が父を呼ぶ声を装った。
違う。僕は本当は。

ルークはアナキンを強く抱き締め返しながら、明白になってしまった自分の想いに溜息を心の中で付いた。決して読み取られることの無いように。
本当はアナキン、と呼びたいなどと。

自分の力をまた、嫌いになりそうだ。見ることが出来なければ、触れることが出来なかったら。
…温もりはまだ感じれない方が、良さそうだ。










FIN