天を雲がゆたうように act.2








レイア・オーガナはそっと溜息を付いた。か細い呼気はすぐに空気に溶け、何事も無かったように周囲を漂う。誰も気付かない。
目の前で繰り広げられる光景は、とても暖かで柔らかなものを彼女にもたらしていたが、酷く落ち着かないものも同時にもたらしていた。いくつもの感情が少しずつ綯い交ぜになり、複雑に絡み合って彼女の胸を緩やかに締め上げる。



白熱してきたのだろうか、真剣に額を付き合わせる恋人と兄と、そして父。どうせ、会話の内容は機械弄りのことなのだろう。今日はファルコン号のハイパードライブのことか、それともR2-D2にまたなにやらおかしな性能をつける算段だろうか。それともどこぞへと自慢のスピーダーを走らせに行く予定でも立てているだろうか。
三人の会話には本格的に入っていないが、マスター・ケノービが楽しげに目を細め、時折合いの手を入れている。

何時の間に意気投合したのか。父と兄、そして父とマスター・ケノービはレイアがそうと知る前からだったが、恋人と父はつい最近まで反目し合っていたはずだ。互いの姿を見ては顔を顰め、悪態を付き、嫌味や皮肉でしか成り立たない会話をしていた。
それもそうだろう。恋人にとっては散々辛酸を舐めさせられた相手であるのだし――それも彼自身だけでなく、恋人であるレイアや親友である兄もそうであるのだから余計に許しがたいものがあるはずだ――、またその相手が恋人と親友の実父であったというのだから、堪ったものではない。今更出てきて認めないだの、別れろだの、誑かすなだの、近付くな、だのと言われるのだから。
そして父は父で今更なにをと思わないでもないが、背負い込んだ負い目からだろうか、それとも元からの彼の性質からだろうか、必要以上に過保護で子供達の親友兼恋人を目の仇にしていた。しかし父は彼にも負い目があるのだろう、本気で実力行使をするようなことは無かったが。

そんな二人が何時の間にこれほどまでにその関係を修復してしまったのだろうか。無論、今でも喧嘩腰の会話や一触即発な雰囲気を纏っていることもある。が、気が付いたら何事も無かったよう肩を並べている。
これが男同士というものなのかしら、レイアはそう思った。同時に置いていかれたような気持ちになる。
そして起こる濁った疑問。
もしかしたら恋人は父を嫌ってはいなかったのかもしれない、と。
恋人である自分に気兼ねしてた?自分が許せない相手と仲良くなることは出来ないと?自分が恋人を縛っていたの?
そんなことを考えてたくもないのに、考えてしまう。
それは嫉妬と孤独。比べてはいけないと思いながらも、どうしても比べてしまう。そんな自分への焦りと嫌悪。
レイアは理解した。これこそがダークサイド。自分の中にこそ渦巻く暗黒面なのだ、と。
未だぎこちない父と自分。レイアは父が確かに自分を愛しているのを知っている。その眼差し、そのフォース、その声色が何よりも如実に彼の彼女への溢れんばかりの愛情を伝えていた。
それが彼女にダークサイドの深遠を見せ、同時にライトサイドに繋いでいた。



父はレイアが彼を受け入れたことを本当に信じているのだろうか。
彼は自分が娘に認められるのをどこか遠いことのように思っている。許されたいと思いながら、許されることを望んでいない。
レイアは父をその胸に抱いた時、それを知った。知ってしまった。
どうして。私は貴方を許したいのに、貴方はそれを受け入れてくれないの。私のこの気持ちはどうなるの。苦しさは、痛みは。全て、独り善がりだ。レイアは判っていたが、思わずにはいられなかった。
あまりにも哀しくて何も言えなくなった自分に父もまた何も言わなかった。涙すら出なかった。
どうしていいのか判らなくて、レイアは兄が声をかけるまで動けなかった。

許されないことと、許されること。許すことと、許しを拒まれること。許しを求めないことと、許しを求めること。
一体何が最良なのだろうか。どうすれば良いのだろうか。許し許されることはとても重要で幸運なことのはずなのに、どうしてこれほどまでに難しく、辛いのだろう。

それから二人の関係は確かに変わったが、それは一歩進んで、二歩下がったようなものだった。斜めに下がって立ち位置こそ変わったが、前には進んではいない。二人の距離の長さは縮んではいない。
レイアが父の姿を見て顔を顰めることも、踵を返すことも、罵ることも無くなった。
父がレイアの姿を見て顔を伏せることも、そっと消えることも、口を紡ぐことも無くなった。
しかしお互いが見せる笑顔はどこか痛々しくて、会話は余所余所しく、流れる空気は重かった。自然、父は無意識のうちにだろうが二人だけになることを避けるようになった。レイアもまた、それを無意識に受け入れた。

レイアが眠っている時だけを除いて。その時だけ、二人は二人っきりになることが出来た。
そっと枕元に立ち、父は娘にふれる。うたう。幼子をあやすように。
年頃の娘としてそれらはたとえ父親であっても、いや父親であるからこそ許されざることであるが、レイアはその父の行動に嫌悪を覚えなかった。それらは夢の出来事なのかもしれない。意識の沈んだレイアに確かめる術はない。しかし朝、目が覚めた時に感じる暖かさと切なさに、痛みに、それらはきっと父がもたらしたものだと、レイアは思うのだ。



どうして。
どうしてなのだろう。

兄が。恋人が。師が。彼らが朗らかに笑い父に触れる度に。他愛ない会話を交わす度に。自分に笑顔を向けてくる度に。
レイアの心はジクジクと疼いた。

混沌とした感情の渦は正常な思考を酔わす。酔った思考は健やかな精神を蝕む。体調が感情に影響するように、精神も体を支配する。
繰り広げられる会話が、楽しげな笑い声が、どこか遠い。

レイア・オーガナは自身すら気付かずに、意識を失った。慌てて力の抜けた体を抱き締める恋人の温もりも、名前を呼ぶ兄の声も、指示を出す師の声も、感じない、聞こえない。
蒼白になり、震えながら何も出来ずに突っ立ている父の姿も、彼女には見えなかった。










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