産むもの、産まぬもの








恋を囁く。愛を囀る。愛情と謳い、恋情に啼く―――慕情と嘯くその顔。美しく醜い。
恋に迷うものはいつだって儚くも逞しく、愛しくも忌々しい。
感情に名を付けようなどと、意味を成そうなどと、賢しくも愚かしい。




それを知ったのは、己が彼の片割れだからだろうか、それとも女であるからだろうか。
どちらにしても、厄介なことには違いない。だけれども、レイア・オーガナは己の聡さを疎ましくは思わなかった。誰よりも先に、そう、あの人よりも先に気付いたことに安堵し、そして誇らしく思うのだ。そういった事実は彼女をゆるゆると満たした。
あの人の娘であること。彼と兄妹、それも双子であること。今となっては愛し慕ったオーガナ夫妻の娘としての己と同等に誇らしいと、レイア・オーガナは思っている。

誰かが気付く前に。誰かが騒ぎ出す前に。誰かが彼の背を押す前に。誰かが彼を諭す前に。誰かが彼を諌める前に。
他ならぬ己が手を伸ばすのだ。いや、伸ばさなければならない。彼があの人にそうしたように。自分達はそういうものなのだ、とレイアは密やかに、しかし強く思っていた。



*****



上層へ向かうエレベーターが動き出す。ガラス越しに見える地上の光が遠のいてゆく。密室特有の沈黙を破ったのは、レイア・オーガナだった。

「ルーク。少し話があるの。この後、良いかしら?」

彼女独特の相手に有無を言わせぬ声とその調子で紡がれた言葉は、しかしそれを聞く二人の男にはすっかり慣れたものであった。彼女もそれは承知のこと。別に従わそうとしている訳でもなく、彼女にとってそれは普通であるだけなのだ。

誘いを受けたルークはちらりとハンを見た。とりあえず彼氏にお伺いくらいはしておこうかな、とそんな程度のものだ。そもそもハンがダメだといったところで、ルーク自身も、そしてレイアも聞く耳など持たないのだ。
ハンも十分それを承知しているので、その視線にお好きにどうぞ、とばかりに軽く肩を竦めた。

「このまま行く?」

それとも少し時間をおいてからそっちへ行った方が良いかな?
ルークが問うと、レイアは少し考えてこのまま一緒に行きましょ、と答えた。

「部屋はちゃんと片付いているんだろうな、お姫様?」
「当たり前でしょ」

ハンがからかいの言葉をかけると、即座にレイアがぴしゃりと返す。そんな二人を見て、ルークが笑った。
しばらくそんな他愛の無いことをしていたら、エレベーターが目的の階に付いたのか、チンッと少しマヌケな音を立て、停止した。
三人はエレベーターから出て、それぞれの部屋へと向かう。ルークとレイアはハンにお休みと声をかけ、ハンは手を軽く振って応えさっさと自分に宛がわれた部屋へと向かった。三人の部屋はそれぞれ貴賓室を宛がわれた為、離れているのだった。

ルークとレイアは肩を並べて歩いた。柔らかいけれどどこか少しむず痒い沈黙を引き連れて二人は落ち着いた装飾のなされた扉へと向かい、そうしてゆっくりと扉は閉ざされた。



*****



「そう」

レイアは静かに頷いた。
なんということはない。そうであろうと思っていたことが本人の言により確定されただけのことだ。どれだけ確信を持とうとそれは今までレイアだけのものであった。しかし今この瞬間、それはレイアとルーク、二人の真実となったのだった。

好きなのね。
ソファに腰掛け、彼女はそうとだけ言った。それは問いですらなかった。
うん。
彼女の隣に腰掛け、彼はそうとだけ言った。それは答えですらなかった。
確認しただけだ。
彼女は彼女の憶測を。彼は彼の思いを。言葉を成すことによって、他者に伝えることによって、二人はああ、やはりそうだったのだ、とそのゆるぎなさを知ったのだった。

「うん、そう。レイアはさ、知ってたの?」
「知っていたというよりは、そうね。分かってしまったのかしら。ああ、私の兄は私の父に恋してしまったのね。何時だったかは覚えていないけれど、そういう風に分かってしまったの」
「そう。知っていたんだね」
「ええ。分かっていたわ」

ソファが沈む。ルークは深く深く背を預け身を沈めた。レイアもつられてゆっくりと自身が沈むのを感じ、そのまま同じように身を沈めた。
革張りの上等のソファは軋む様子すら見せず、二人をその身に取り込むかのようにその重みを受け入れた。

「レイアはさ。気持ち悪いとか頭おかしいとか汚いとか狂ってるとか思った?冗談じゃないとかこんな男が兄だなんてとか。男で父親で死んでいる人にさ、惚れたヤツが兄だなんて、しかも双子だなんてって。色々考えた?」
「ルークは私のことが嫌いなのかしら」
「まさか。大好きだよ」
「だったらそんなこと言わないでちょうだい。私は貴方にそんな愚かな女だと見られたくはないわ」
「ごめん。知っているよ。うん。分かっているんだ。だけど、やっぱりさ。ちゃんと聞きたかったんだ。レイアの声で言って欲しかったんだよ。レイアもそうでしょ?」
「・・・そうね。私も聞きたかったわ。ちゃんとルークの声でルークの口から。驚いたわ、物凄く驚いた。お父様を知った時と同じくらい、もしかしたらそれ以上かもしれないくらい驚いた。だけど不思議ね。それだけだったの。気持ち悪いとか汚らわしいとか思わなかったわ。血を呪うのも今更ですもの。実父がダース・ヴェイダーだと知った時に呪い尽くしてしまったわ。だけどそうね。馬鹿なルーク。そう思ったわ。さっき言ったこと、貴方が思ったことでしょう。自分に対して」
「うん。・・・ほんと馬鹿だよね」

ほう、と息をついてルークは繰り返した。馬鹿だよ僕は、と。
レイアはそんな彼の姿をじっと見つめた。その眼差しは呆れながらもどこか暖かい。

「ねえ、本気?」
「それこそ今更じゃない?レイアは僕のこと嫌い?」
「あら。大好きよ。・・・本気なら良いの。だけど少しでも迷いがあるなら止めて」
「レイア」
「もう嫌よ。大切なのよ。貴方もあの人も。本気なら私は止められない。止めない。きっとそうしないと私達は幸せになれないわ。だけど」
「だけど、少しでも迷っているなら絶対に僕達は不幸になる、だね」
「ええ。もう十分だわ。もう・・・十分よ」

徐々に小さくなってゆく声に、堪えたものに揺れ掠れる声に、ルークはその震える肩をそっと抱いた。ゆっくりと肩にかかり始めた重み、頬に触れる黒髪、鼻腔を擽る匂いにルークは目を瞑った。
ごめん、などと言える訳が無い。
しばらく二人は肩を寄せ合ってじっとしていた。そうして薄闇色のフォースがゆるりと二人を慰撫するようにとろとろ流れているをぼんやりと見ていた。
部屋の灯りは灯ってはいない。



*****



「ルーク」
「なに」

いつもの調子に戻ったレイアの声が、ぬるい沈黙を破る。
なにかとっておきの秘密を打ち明ける子供のような、好きな人に告白する少女のような、不安と高揚感を伴った深刻そうで楽しそうな声のトーン。

「貴方は恵まれているわ」
「レイア?」
「貴方とあの人が愛し合っても何も産み出さない。陳腐なことを言うなら愛だけしか産み出さない。非生産的で生物のメカニズムに反しているわ。だけどね、ルーク。何も産み出さないからこそ貴方はあの人を愛することが出来るのよ」

レイアは瞳をそっと伏せた。長い睫がふるふると震えているのをルークは見ていた。
かける言葉が見付からない。ルークはレイアが言わんとしていることが分かったが、分かってしまったがゆえに、何も言えず、ただ彼女を見つめていた。

「男同士であるから。初めから何も産まないから親子でも愛せるのよ。死者でも愛せるのよ。ねぇ、ルーク。どうして男と女だけが愛し合って子を成すのかしら。親の子を、兄の子を、死者の子を、どうして女は宿してしまうの」
「レイア」
「ルーク。私は貴方という人が好きだった。ハンという恋人がいなければあの人に恋をしていた。私にはハンがいて、そして女だった。貴方は諦めないで。私はきっと貴方の為にならなんだって出来るわ。貴方があの人にそうしたように」
「レイア。僕も君が好きだった。一目惚れだったんだ。ハンに取られて悔しくて悔しくてどうしようもなかった。でもきっと妹だと知ったら諦めたんだろうね。僕と君は男と女だから。変なところで常識的で困っちゃうよね」
「そうね。私もルークも馬鹿ね。でも好みがそっくり。・・・ねぇ。ハンも好きだった?」
「ご想像にお任せします、お姫様。・・・母さんを見たら僕達やっぱり好きになっちゃうのかな」
「どうかしら。可能性はやっぱり大きいわよ、きっと。あの人の子ですもの、私達」
「厄介だね」

顔を見合わせる。お互いの緩んだ顔を見て、堪らないというように二人は同時に吹き出した。

「ねえ、ルーク。私は貴方の味方よ。貴方だけの。銀河中が敵になっても。たとえ貴方が私だけの味方じゃあ無くても、ね。貴方の為にきっとハンもあの人も裏切れるわ。覚えていてちょうだい」
「レイア。ありがとう。僕は父さんの為にきっと君を裏切れるけど、それ以外で君を裏切ることもないし、味方であり続けるよ。覚えていて」

そうしてきっと父さんはレイアの為に僕を裏切れるんだ。
そうしてきっとお父様は私の為にルークを裏切るでしょうね。
愛とか恋とか情とかそういうものではなく。自分達はそういうものなのだと、双子は理解した。

「じゃあ、もう行くね」
「ええ。おやすみなさい、ルーク」
「おやすみ。良い夢を」
「良い目覚めを」





頬を掠めた唇の暖かさが今日は妙に残り続けた。きっと寝入るまで残るのだろう。










FIN