ちっぽけでささやかな幸せ








思えばなんて久しぶりのことなのだろう。
ルーク・スカイウォーカーはソファに身を深く沈ませながら、ぼんやりと思った。





銀河に平和をもたらしたかどうかなどは分からないが、銀河帝国の主たる皇帝が倒れてからずっとルークには全くの自由である日というものが無かった。
そもそもルークには昔から休日という観念は無いが、それでも一日の半分は自由にできる日はあったものだ。それが今はどうだろう。睡眠時間を除くと1時間ほどゆっくりできる時間ができれば御の字という有様だった。

朝、今日中になんとかしておきたかった問題がことのほかすんなりと片付き、ルークがどうしても必要とされる任務も、急ぎの書類や会議も無いという。
彼の働きすぎは傍から見ていれば一目瞭然だったので、周りの者達がこの機会に是非休んでください、と強く勧めてきた。どうせなら前倒しで問題を片付けてしまいたいルークはあまり気が進まなかったが、結局断りきれずに自宅に戻ることになったのだ。
どうせ休暇をくれるなら、半日とかではなくせめて一日、贅沢をいうと数日丸々欲しいというが本音だったのだが、まあ折角なのでルークは良しとしたのだった。

スピーダーを飛ばしながら帰る途中、さて転がり込んできた自由な時間をどう使おうか、と考えていたルークだったが、結局これといった案は浮かばず、気が付いたら自分に宛がわれているどう見ても高そうなアパートメントの最上階にある自宅の前に着いてしまった。
これでふらふらと街を見て回るという、一応頭の中にぼんやりと浮かんでいた案の一つは却下されることとなった。それなりに見たいものはあったのだが、見なくても困ることはないのだ。

そう。ルークにはしなくてはいけない、ということが仕事と彼の大切な人に関すること以外になかった。だから仕事に打ち込んでいるだけなのだ。
したい、ということはあるにはあるが、どれもこれも時間がたっぷりいることばかりで、やはりとりあえず目の前の問題を片付けてしまわないと、長期で休暇を取るにしても、表舞台からさっさと身を引くにしても、どこかに逃げて隠居生活をするにしても、後味が悪い。結局、今走りまくって自分がいなくても大丈夫なようにしてしまうしかないのだった。

音もなくドアが開く。ルークを迎え入れる為に開かれたそれを越えると、再び音もなく滑らかにドアが閉まる。ほっと一息を吐いた。
濃いフォースがルークの体を慰撫するように包み込む。外界とは全く異なる濃度のフォースがゆるやかに漂い流れているそこは、何の変哲もない高級アパートメントの一室であり、フォースの源流の一部でもあった。
フォースに身を浸していると、声が聞こえた。

「おかえり、ルーク」
「ただいま、父さん」

ルークの帰る場所は、すなわち、彼の居る場所なのだ。



*****



「早かったね」
「まあね。追い出されちゃったよ」

漂う良い匂いが鼻腔を擽る。ダイニングに入るとテーブルの上には美味しそうな料理が用意されていた。ランチプレートから立ち上る湯気の具合が出来たてであることを示す。そしてそれらはちゃんと二人分用意されていた。いくら事前に判るだろうとはいえ、その手際の良さはなかなかに素晴らしい。

「良く二人分用意できたね」
「ん。簡単なものばかりだよ。最初っから判っていたらもっと良いもの作れたんだけどね」
「十分だよ。美味しそう」

ルークが嬉しそうに椅子に座ると、アナキンがハイと冷たい水の入ったコップを手渡した。ありがとうと言って受け取り、一気に煽る。空になったコップにゆっくりと冷たい水が注がれてゆくのを、ルークはじっと見ていた。

ここではありえないことが起こる。ルークとアナキンが作り上げた一種の別世界であるこの部屋で、既に死してフォースに還ったアナキンと生きている生身の人間であるルークが一緒に生活を営んでいるのだ。ここではアナキンは生身、実体として存在している。
アナキンは物を食べ、飲み、排泄し、シャワーを浴び、睡眠を取る。真似事ではなく、本当に行うのだ。ただ、それが存在として必要では無い。彼はそれをしなくても存在できる。食べるのも、眠るのも、彼自身の為ではなく、ルークの為だった。ただ一緒に居るだけではなく、共に生きたいと。たとえそれが擬似的なものだとしても、ささやかで愚かしい願いは叶えられているのだった。

ルークの前にたっぷりの冷たい水の入ったコップが再び置かれ、アナキンがルークの正面の席に座る。
さあ、食べよう。
にっこりと笑ってアナキンが言う。ルークもにっこりと笑ってフォークを握り締めた。

確かに簡単な調理でできるものばかりだが、アナキンの料理は美味しかった。一緒に暮らし始めてからずっと彼が作ってくれているが、不思議なほどはずれはない。味付けや素材の好みがルークに合うのだろう。そして何よりもアナキンが作ってくれているということが大きいのだ、とルークは考えていた。
仕事で帰ってきたら大好きな人が心を込めて作ってくれた料理が待っている。大好きな人の笑顔と一緒に。
散々自分達を振り回したフォースとこの世界は正直憎たらしく思っているルークだが、少しだけ、ほんのちょっぴりだけ良いところもあるかもしれないな、と思う時はそういう時だった。だからと言ってありがたく思える訳ではないのだが。

食べ終えた後の片付けを終えてリビングのソファに腰をかける。どこぞのだれそれだとかいうお偉いさんが確か送ってきたそのソファは素晴らしく座り心地の良いものだった。なにやら名のある一品らしいがルークにとっては意味が無い。ただ気持ち良いから使っているだけなのだ。アナキンにしても同じだった。
二人でかけても十分なそのソファにルークとアナキンは並んで腰をかけていた。深く身が沈む。
ルークはすでに貴重なこの休暇の使い方など考えていなかった。使い方なんて考えるだけ馬鹿馬鹿しいことだ。

二人はただぼんやりとしていた。半分寝ているようでもあった。腹が膨れた昼下がりの陽気の中、座り心地の良いソファに深く身を沈めているのだ。それも当然のことなのかもしれない。
会話は特になく、時折どちらかが二言三言呟くと、曖昧な相槌やら生返事しか返ってこない。
だけれども、それがどれだけ素晴らしいことなのか二人は知っていた。二人はこういう時間を心底楽しんでいるのだ。
一度ならず二度の三度も失っているもの。何度も只管に求めたのに得られなかったもの。それらは実にちっぽけで何気なく些細で他愛のない穏やかな時間。そこかしこに溢れているものこそ、二人にとって必要なものだった。





開け放した窓から差し込む緋色の光が、寄り添う二人の寝顔を照らす。コルサントの太陽が綺麗な緋色に染まりながら、ゆっくりと機械仕掛けの地平線に沈んでゆく。










FIN