それは不器用で愚かな愛の形

※EP1でクワイ=ガンが死なない、かつドゥークーがダークサイド堕ちしている話です。
アニーはクワイ=ガンのパダワンで、オビ=ワンはマスターでなくナイトです。
EP2でのヨーダの役回りがクワイ=ガンになっている感じですかね。









「ジェダイに執着は不要ぞ」
「ならば私はジェダイであることを辞め、ただの私に戻りましょう。そうすれば全て上手くいく」
「そういう問題ではない。それにヤングスカイウォーカーのことはどうする」
「そういう問題ですよ、マスター・ヨーダ。これを執着というならばそうなのでしょう。私以外の者が、貴方が赴くというのならば、それはそれで構いませんよ。私は私として彼を追いますから。21人目の席はやはり私のものであったというだけのことです。アニーに関して言えば、彼はもう十分ナイトに昇格するだけの資格を持っていますよ」
「・・・ふむ。何を言うても聞かんようじゃの。やはりろくでもない師弟じゃ。このヨーダの頼みを無碍にしよる。お主は残るべきなのじゃぞ」
「ご安心を。無碍にするのは貴方の頼みだけじゃない」
「なんということを。それでも行くというのじゃな。ならばお主が行くと良い。任せよう。我らの往く道は隔たれたぞ。愚かな選択よな。しかし。フォースと共にあれよ、クワイ=ガン。別たれようとフォースは常に隣におる」
「貴方も。大いなる賢者ヨーダ」
「・・・行くが良い。そうして彼らと共に戻って来るのじゃぞ」
「フォースの導くままに」

影と足音が遠ざかる。大きな背だ。

執着とは一体何だ。ヨーダは思った。この今抱いた一縷の望みは何だ。この望みは何を頼りにしている。もしかしたら全て元に戻るかもなどと。過去に一番執着しているのはこのヨーダやもしれぬ。
深く溜息を付いた。そのようなこと一体誰に言えようか。知られてはならぬ。ヨーダはヨーダであらねばならぬのだから。



*****



「やはり行くのか」
「ああ。早く行こうじゃないか。あの二人を助けてやらねばな。全く、どこまでも手のかかるやつらだ」
「・・・そうだな」

軽く叩かれたはずの背が妙に痛む。豪快に振舞う背が先を行く。

本当に助けたいのは一体誰だ、となどと聞けるはずもなく、メノス・ウィンドウはその背に続きタラップに足をかけた。
いや、違うな。クワイ=ガンが助けたいのは紛れもなく彼らであり、彼はその対象ではない。クワイ=ガンの心は簡単なようで複雑だ。メノスはそう思っていた。だからこそ彼のかつての弟子は堕ち、そしてかつての師が堕ちたのではないだろうか。この考えは知られてはいけないのことだ。メイスの中だけで巡るべきものだ。堕ちた者の想いや考えなど判らぬのだ。かつての弟子が思い出された。彼女の考えなど永遠に判らない。判りたくもない。

「メイス」
「ああ、すまないな。少し考え事をしていた」
「しっかりしてくれよ」

年上の親友が呆れた顔で笑う。
出逢った時より年老いているはずなのに、その表情は何一つ変わっていない。ああ、これでは確かに堕ちたくもなる。こっそりとメイスは思い、すぐにその考えを一蹴した。
全てが、馬鹿馬鹿しい。



*****



「マスター」
「君はまだ私をマスターと呼ぶのかね」
「いけませんかね」
「なに、構わんよ。いまだそう呼んでくれるということは、君もこちらへ来てくれることを期待しても良いのだろうね?」
「心にもないことを。貴方はいつもそうですよ。判っているのでしょうに、私の気持ちなど」

クワイ=ガンは笑った。ドゥークーが問う時、それは彼が答えをすでに知っている時だ。彼はそういう意味のない問いかけを好んだ。
ドゥークーは自分の意思で全てを決める。時にそれは他人の考えにすら及ぶ。少なくともクワイ=ガンが知る彼はそうだ。

ドゥークーは知っている。クワイ=ガンが一体何を成しにここへ来たのか。

「クワイ=ガン!」

アナキン・スカイウォーカーとオビ=ワン・ケノービが叫ぶ。満身創痍で無様に転がりながら、それでも尚、その手を伸ばしている。
彼らも知っているのだろう。その手が決してクワイ=ガンに届かないことを。それでも、いや、だからこそ、叫ぶ、求める。
ドゥークーは先ほどまで痛めつけていた相手だというのに彼らに憐憫を感じた。諦めるには彼らは若すぎる。
大丈夫だとクワイ=ガンが彼らに言う。穏やかな笑みを口元に浮かべ言う。
なにが大丈夫なものか。ここにいる誰もそれに騙されはしない。見ると良い、幼い二人のあの悲痛な表情を。

私の期待は真実なのだがね。君は信じてはくれないのだろう。君はひどい頑固者だ。私のことを冷酷だと残酷だと言う君の方こそそう呼ばわれるのに相応しいのだ。
愛する者達の制止の叫びをしっかりとその耳に捕えながら、敵わぬと知る相手に挑もうとする。ここで退いたとて私の彼らに対する興味と戦意はすでに去っていると判っているだろうに。
君は愛しています、と言いながらこの男は緑の光刃を私に向ける。抑えきれぬ何かを抱えて。昂った何かをぶつけてくる。
ならば応えねばなるまい。私もまた男なのだ。愚かなのだ。剣には剣を。

***

赤と緑の光が幾重にも重なりぶつかり弾け四散する。優美さと苛烈さが交錯する。激しく切り結ぶ二人は時折、笑っていた。しかしそれは真剣そのものの殺し合いに違いなかった。

アナキン・スカイウォーカーとオビ=ワン・ケノービは最早見ているだけしかできなかった。言葉すら発することを許されない異常な空気がそこを支配していた。
彼らの、特にクワイ=ガンのフォースが手を出すなと威圧している。始めて向けられたその冷ややかさにぞっとする。少しでも彼らの戦いに手を出そうものなら、たとえ誰であろうと許しはしまい。そう理解せざるえない空気がアナキンとオビ=ワンをそこに縛っていた。

アナキンは唇を強く噛み締めた。血が滲み甘く苦い鉄の刺激がゆるゆると舌に広がってゆく。震える手でオビ=ワンの腕を掴んだ。彼の腕もまた、震えていた。手の甲にポタリと冷たいものが落ちた。アナキンの味覚を支配しているのが鉄の味ならば、オビ=ワンのそれは塩の味だった。アナキンが怒りに体を震わせているのならば、オビ=ワンは悔しさに震わせているのだった。それはどちらも酷い哀しみと己の無力さから生まれたものだ。微かな嗚咽が聞こえた。アナキンの手をオビ=ワンは握り締めた。アナキンもまた抱き締めかえし、二人はまるで小さな子供のように手を握り合った。
恐怖ではない。そこにあるのは圧倒的な無力さだった。

研ぎ澄まされた殺気はフォースを纏い、確かな質量を伴って二人を取り巻く。ライトセイバーがそれを切り裂く。纏わり付くようなそれは二人にとって全く障害にもならなかった。むしろ、その重みが心地良いとすら感じた。

時間にしてそう長い訳では無かった。しかしそこに居た誰もが長く感じていただろう。
決着はその戦いが激しければ激しいほど、静かにあっけなく訪れるものだ。
そして穏やかでもある。

***

「・・・連れて帰ると良い」

ドゥークーがそれをゆっくりと床に下ろした。その所作は少しの乱暴さも見られない、優雅で優美なものだった。音も無く床に下ろされたそれはクワイ=ガン・ジンであったものだ。既にもの言わぬ骸と成り果てているそれはまだ温かく、そろりと手を伸ばしたアナキンの握り締めて変色してしまった指先をそっと暖めた。
オビ=ワンもそっとその指先で頬に触れた。
普段の彼と何も変わりは無かった。穏やかで満足そうな寝顔、そうと取れる。ただ左胸に空いた焦げた穴だけが、真実を主張しているのだった。

アナキンがハッと何かに気付いたように顔を上げ、ドゥークーを睨んだ。憎悪と憤怒の形相で今にもドゥークーに掴みかかりそうな気配を纏う彼はしかしそうしなかった。オビ=ワンもまた同様だった。
彼らが戦えるほどに回復していないということもある。しかし、それ以上に。ドゥークーは彼らはクワイ=ガンの表情を見てしまったが故に動けぬのだろうと思った。それは間違いではないはずだ。

哀れなことだ。そのような迷える殺気では私は殺せまい。それはお前達にやろう。私にはもはや不要なものだ。クワイ=ガンから貰うべきものは貰った。それは渡す訳にはいかないのだ。

ドゥークーは二人を一瞥し、踵を返した。後ろから襲い掛かられるなどと彼は考えなかった。マントが優雅に揺れる。
アナキンとオビ=ワンはじっとその後姿が遠ざかってゆくのを見ていた。それは指先に伝わる温もりと共にゆっくりと消えていくのだった。



*****



私は貴方の背を預かるに足る友になるという目標と共に、それ以上に貴方に本気で刃を向けて戦いたいと思っていたのですよ。それが叶うのです。愛する者の制止も嘆きも叫びも哀しみももはや意味はなさない。貴方がこれで引き返すことのできなくなるのも関係はない。
満足だ。

最後に確かにクワイ=ガンはそう言った。即死だったはずのにドゥークーは確かにそれを聞いたのだった。
どこまでも愚かな弟子だ。だかいつまでも自分は彼を愛するのだろう。なんということはない。己も愚かしいのだ。





ああ、だけれど。こんな私の為に嘆くことはないのだと、お前達。気付いておくれ。










FIN