インスタントスープとぼくたち
※父子家庭現代設定のAUです。








ぶるり。思ったよりも強く吹き付ける風は冷たくて、アナキン・スカイウォーカーはぞくりと体を震わせ背を丸めた。
それでも先ほどまでの車内の熱気を思えば心地良くはある。風が少し弱まり火照った頬を柔らかく包むのを感じ、背を丸めたまま、アナキンは少し笑った。

この時期でこれほどまでに冷たい夜ならば、明日はきっと良く晴れるだろう。見上げた空は黒く透き通り数多の星が煌いていた。
通行人の邪魔にならないように端に避け、そこでメールを打った。

『父さんです。駅に着きました。』

***

赤い自転車を颯爽と走らせながら、アナキンは晩御飯は何だろうと考えた。彼は自分の子供たちの作ったものは抜群に美味しいと思っているので、何が出てきてもきっと嬉しそうに美味しそうだね、と言うに違いない。
料理は基本的に家が仕事場になっている彼の当番なのだが、時々今日のようにクライアントとの打ち合わせなどで外へ出て行く時がある。そういう時は彼の子供たちが作っていた。お父さんが忙しい時は私たちが作るわ、そう言われた時の嬉しさといったら。数少ない友人達に言いふらし、終いには亡くなった妻や彼らを育ててくれた二組の夫婦の墓前に報告に行ったほどだった。ほんの数日前に三人で参ったところだというのにだ。

そんなアナキンなので、自転車を漕ぎながら浮かれた顔で鼻歌を歌ってしまうのも仕方が無いことかもしれない。
そろそろ暖かい鍋やおでん、シチューとかが良いな。明日は暇だから朝からポトフを煮込むのも良いかもしれない。そうしたらいまだ一人身のオビ=ワンを呼ぼう。どうせ忙しいからとか言って断られるのがオチだろうけど。

クスクスと思わず笑い声が漏れる。
赤い自転車はなかなかのスピードで緑の多い郊外の街中を滑るように走っていった。

ちなみに赤い自転車は娘のお下がりでなかなかご立派な前かご付きだ。ご立派な前かごはかなり変形しているがアナキンは一度もぶつけたことは、無い。

***

ドアノブを回す。抵抗無く開いたそれは鍵がかかっていなかったことを示しており、アナキンは少ししかめっ面になった。あれだけちゃんと戸締りはしっかりしなさいと言ったのにあの子たちは。
しかし心の中にはジンとくるものがあった。アナキンにとって鍵がかかっていないドアは家族の象徴だった。母と暮らしていた幼い頃、妻と暮らしたたった一つの季節、アナキンがただいま、と言うといつだって彼女らはおかえりと笑って出迎えてくれた。
流石に子供たちが出迎えに来ることは滅多にないけれど、彼らはこうやって家に着くタイミングを見計らって鍵を開けておくのだ。
危険だからと言ってもやめようとしない。開けるのは一分ぐらい前だから、と言われた時は正直そのまま待ってってくれたら、と思ったけれどそれは胸のうちの留めておいたアナキンだった。

「ただいまー」
「おかえり、父さん」
「おかえりさない、お父さん」

玄関で靴を脱ぎ捨てながら大きな声で言うと、大きな声と小さな声が返ってきた。
それを聞きながらああ、やっぱり良いなぁ、とアナキンは何度も何度も繰り返し思うのだった。
そしてやっぱりこの革靴は履き辛いし脱ぎ辛い。いちいち紐を解かないと脱げないなんて機能的じゃないし面倒くさいし。やっぱりスニーカーが一番だ。
全く、誰だっけこれを選んだのは。思い当たった人物が脳裏に浮かび、アナキンはうへっとなった。まあそもそも住む世界が違ったのだ、これをプレゼントしてくれたあの人とは。恩師の恩師にあたるその人物が贈ってくれたその革靴はかなり値が張りそうな一品だが、まだまだ履きこなすには時間がかかりそうだ。無残にひっくり返って転がっている革靴をとりあえず揃えて端っこに寄せ、アナキンは玄関を後にした。

***

「ただいま」

リビングダイニングのドアを開けると良い匂いがした。だけどテーブルの上にはまだ何もなかった。
カウンター式のキッチンの方からおかえりーと声と共にひょっこりと顔が覗いた。

「ルーク、ただいま」
「ごめん。まだご飯出来てないんだ。僕らもさっき帰ってきたんだよ」
「お父さん、もう少し待ってってくださいな」
「気にしないで。ゆっくり待たせてもらいますから」

キッチンを覗く。ルークとレイアの動きに我が子ながら手際の良いことだ、とアナキンは思い一人うんうんと頷いた。
それにしてもレイアはやっぱりお上品だなぁ。だんだんくだけたものの言い方になってきてはいるようだけど。あの認めたくは無いが彼氏面しているヤツの影響だろうか。全く。あんなのが可愛い息子の親友で可愛い娘の彼氏だなんて世も末だ。

「手伝うことあるかな?」
「良いよ。座ってなって。三人いたら流石に狭いよ」
「あ、そうだわお父さん。今日の折込広告、○△スーパーと◇×スーパーの特売のが入っていましたわよ」
「あ、ほんと?見とかなきゃ」

アナキンは息子の言葉に少し拗ねかけたが、娘の言葉に機嫌を直し、いそいそとリビングの方へ消えていった。
その背を見ながらルークとレイアは笑った。

「あ、父さん!着替えしないとダメだよ!」

そういえば、今日は珍しくスーツを着ていたんだった。

***

「はい」

アナキンがリビングでソファに凭れて新聞を読んでいるとレイアがやって来てマグカップをテーブルの上にコトリと置いた。
そのまま去って行く背にどうしたの?と問う。

「寒かったでしょ?インスタントだけど」

テーブルの上にはほこほことした湯気を立てているマグカップを一つ置かれていた。
手に取るとじんわりと熱が掌に広がり、やがて少しの痛みを感じる熱さになっていった。取っ手に持ち直しアナキンはクンと鼻を啜った。コンソメの良い匂いが鼻腔に広がる。最近のインスタントはなかなか馬鹿に出来ないものだ。一人暮らしの間は散々お世話になったものだし。でも何時の間に買ったんだろう。

ボーッとそんなことを考えていたらすっかり眼鏡が曇ってしまっていた。
ノンフレームのそれをテーブルに丁寧に置く。子供たちが贈ってくれたそれはアナキンにとって大切なものだ。物に執着しない彼が大事にするものは数少ない。そしてそれらは全部家族から貰ったものだった。
勿論、家族以外の親しい友人達から貰ったものも大切にするし貰うと嬉しい。だけれども、アナキンにとってどこまでも家族というものは特別だった。

熱々のコンソメスープは猫舌のアナキンには少し辛い。背を丸めて息を吹きかけ必死で冷まそうとする姿は滑稽だけど愛嬌があった。彼のクライアントなどが見ればきっと驚くだろう。
ようやく火傷しない温度になったのか、恐る恐る口を付ける。大抵ここでまだ早かったのか火傷してしまうのだが、今日は大丈夫だったようだ。
コンソメの香りと熱が共に口の中に広がる。こくりと嚥下すれば少しまだ熱かったのか軽い痛みを感じた。だけどその程度の痛みは逆に心地良い。ゆっくりと腹の中に熱が広がり、体がじんわりと暖かくなっていった。

ほう、と息と付く。
アナキンは知らず顔を綻ばせていた。










FIN