愛しい卑怯者
タトゥイーンの砂漠の海に彼らは居た。
影は三つ。薄く赤く染まりつつある砂に黒く揺らめく。
影は皆、同じ場所を見ていた。まるでそこに何かがあるかのように、じっと見つめていた。
卑怯だわ。
もしかしたら伝わっているのかもしれないその小さな心の中の呟き。だけれどもレイアは声に出すことは出来なかった。
見なければ、良かった。彼の涙など。見なければ、今まで通りにきっと彼を罵れただろうに、彼を否定し続けられただろうに。
いや。既に分かっていたのかもしれない。そう、彼が死んだ時から。
殺しても足らないほど憎いはずの男だ。それは確かだった。
だけれども、レイアは知ってしまった。
その涙を見て、自分が彼を許したがっていたことを。そのきっかけを探していたことを。
認めるには辛すぎる。だけど、認めないことも苦しいすぎる。
卑怯だわ。どうしてそんなものを見せるの。どうして憎しませてくれないの。
レイアの体は小刻みに震えだした。
怒りでもなく、憎悪でもなく。だけれどももっとずっと、辛い。
心が引き裂かれる痛みとはこういうものなのか。住まう星を消された時や、仲間達を殺された時にもこんな痛みは無かった。大きな哀しみと怒りに身を任せていれば良かったのだ。
唇が震える。呼吸が乱れる。鼓動が早くなる。目を逸らしたいのに逸らせない、閉じれない。まるで自分の体ではないようだ。
卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。ああ、だけれども。
レイアは知ってしまった。
タトゥイーンの二つの太陽。まさか見れるとは思っていなかった。かつてはずっと願ってやまなかった、子供達と共に、この星でたった一つ、自分が美しいと言えた光景を見るという夢。ずっと忘れていた。子供達の存在と共に。
久方ぶりに、己の瞳に映した二つの太陽は、何も変わってはいなかった。何も。
砂の大地も変わってはいなかった。
自分は、自分達の世界は変わってしまったのに。
変わらず、美しい。
知らず、涙が零れる。
静かに、涙が零れた。
アナキンは動かなかった。フォースである彼の青白い光の体が、夕陽を映えて薄っすらと紅く染まる。それはまるでダークサイドに染まってゆくようにも見えたが、青く紅く揺れるその姿は美しいコントラストを描き、不思議と不安を見るものに抱かせなかった。
そんな彼を、彼の子供達はじっと見つめていた。アナキンが太陽から目を離せないように、彼らもまたアナキンから目を離せなかった。
少し離れて彼らの友人がそれを見ている。
ルークは父の頬を伝うものを見た時、堪らないほどの愛おしさを感じた。駆け寄って抱き締めたいと思った。
そうしてルークが行動を起こそうとした時、フォースを感じた。微かな微かな揺らめきは、きっとルークにしか感じることが出来ないものだ。それは双子の妹のもの。彼の片割れであるレイアのものなのだから。
ルークは数歩離れて立つ彼女を見、ハッと息を呑んだ。
レイアは体を震わせながら、父であるアナキンを凝視していた。
ルークはレイアがアナキンを父と認めていないのを知っていた。憎んでいたし、許していない。彼女自身がそう言った。自分と父に。
そんな彼女がどうして今回、父と一緒にここへ来ることにしたのか。ルークは聞きたかったが聞けなかったのだ。嬉しかったから。父子三人でこの景色を見ることが出来ることが。
彼女の気持ちを考えなかったと言えば違う。だけれどもルークは自分の望みを優先した。
三人で一緒に、という望みを。
そのことを今、後悔した。ごめん、レイア、と。ルークは彼女のフォースの揺らめきを父への怒りや憎しみによるものだと思った。
ルークは頭を数回、左右に振り、足を踏み出した。父ではなく、レイアの傍へ行く為に。
同時にレイアの体の震えが止り、ゆっくりと歩き出すのをルークは見た。その先にいるのは、彼だ。
いけない、とルークは駆け出そうとした。
「離してくれ、ハン」
何時の間に隣に来ていたのか、ハンがルークの腕を掴んでいた。
ジェダイであるルークが気が付かなかった。それはルークのフォースの乱れの大きさを意味した。
「…大丈夫だ」
キッと睨むルークを落ち着かせるように、ハンは数回頷いた。そして怪訝そうに見上げてくる顔に少し笑い、見てみろとばかりに顎をしゃくった。
ルークの視線の先に、父を抱き締める娘がいた。
卑怯だわ。
知らなければ良かった。
大きな憎しみが狂おしいほどの愛おしさに変わるだなんて。
卑怯だわ、父さん。
FIN