WORLD END
あるいはちょっとした狂気の話。
僕は死ぬ間際、一体何を思うのだろう。
ルーク・スカイウィーカーはそう確かに呟いた。
その夢見るようなどこかうっとりとした声色を聴いてしまったハン・ソロは一瞬顔を顰め、溜息を洩らした。そして周囲を見回す。幸いここにはハンとルーク以外何者も存在していなかったことを知り、もう一度溜息を付いたのだった。
英雄のゴシップはろくなもんじゃない。
「おい。そんなツラでそんなこと言うな」
縁起でも無ぇよ、とハン・ソロは手元にあったコーヒーを煽りながら呟いた。コーヒーは思ったより温かかった。
「死なないと判らないなんてなんかせこいよね。一回しかチャンスが無いんだもんなぁ」
ハンはルークの返答と期待してはいなかった。そして案の定、ルークが再び呟いた言葉は見当違いのことだった。少なくともハンにとっては。
思わず目元と口元を痙攣させて、ハンはテーブルを見渡した。手頃なものが生憎見当たらない。パンツのポケットに手を突っ込んでみると、コインが一枚あった。勿体無いけれど、背に腹は変えられないというヤツだろう、今は。
ハン・ソロはその素晴らしいコントロールでもって、ルーク・スカイウォーカーの夢見る頭を狙い、その目論見は見事成功したのだった。
痛いと涙目になりながら睨んでくる親友を見て、ハンは満足そうに笑った。とりあえず戻ってきたらしい彼におかえりと皮肉を込めて言ってやる。
「フォースとやらも随分あてにならないらしいな、色ボケジェダイ様?」
「色ボケだなんて。よく分かったね」
「アホか。つーか、認めるんだな・・・。その緩んだ頭と顔を見れば誰だって分かる」
「でも色ボケはひどいなぁ。恋煩いとかもっと言い方があるでしょ」
「フン。今のお前は色ボケで十分だ」
いまだブツブツと呟くルーク・スカイウォーカーの顔はすっかり普段のそれに戻っていた。歳相応というには少し幼い表情。当代一の英雄というにはどこか垢抜けずあどけなさの残るルークはハンにとってすこぶる好ましい男だった。と同時に彼を恐れている自分もハンは自覚していた。恐れ、というのは少し違うのかもしれない。彼の危うさとでも言うのだろうか。その危うさが動き出すことを恐れているのか、周囲に露見することを恐れているのか。恐らくそのどちらでもあるのだろう。
ハンはニヤニヤと笑いながら、脳裏ではそういうことを考えていた。ルークやレイア、そして彼らの師達と父親と付き合っているうちに自然と思考を読めないようにする術を身に付けたハンのその思考をルークは知ることはない。
「で、お前さんは一体死ぬ間際に何を見たいんだ?」
「色ボケの話なんて聞いても面白くないんじゃないか」
「まあまあ。そんな拗ねるなって」
ニヤニヤ笑いながらそう言ったって信用ならないよ、ハン。そう言いながらもルークは僕は死ぬ間際まである人のことを思い続けていたいんだ、と言った。
あの人以外のことを考えるだなんて、そんな自分が許せなくなりそう。
そんなことをどこか恍惚とした表情で言うルークを正面に見つめ、ハンは背に冷たいものを感じた。あまり良くない傾向じゃないのか、これは。
「そんな顔しないでよ、ハン。で、君はどうなんだい?」
よほど苦い顔をしていたのだろうか。ルークに苦笑しながらにそう問われハンは我に返った。まだまだ自分も修行が足らないらしい。ポーカーフェイスには自信があったのだが。ああ、そうだな、とハンは笑いルークの問いに答えるべく、自分の死に様を思い浮かべてみた。案の定、ロクな死に方は浮かばなかった。
「そうだな。誰か一人、って訳じゃなさそうだな。やっぱ状況によって違うと思うぜ、俺は」
「レイアじゃないの?」
「そりゃあ、勿論レイアのことも考えるだろうぜ。だけどそうだな。俺はどうしても自分がシーツに包まれてレイアに見取られて死ぬ場面なんて浮かばないね。戦場でならヘマした自分を只管責めて死ぬかもしれねぇし、自分をヤった相手を恨みながらだったり感服しながら死んじまうかもしれねぇ。お前さんのことを考えるかもしれねえし、チューイーのことかもしれねぇ。酒のことかもしれねぇし、ファルコン号のメンテのことかもな。絶対に思い浮かべたいってのは無いな。確かにレイアのことは十分過ぎるほど愛してるけどな。それとこれとはやっぱり別だ」
彼女は不誠実な男というだろうか。ハンはルークに言いながら、脳裏に女の姿を浮かび上がらせた。
ハンとて、どうせなら愛する者の傍で逝きたいと思っている。しかし今までの生き方や彼の性質、性格がなかなかそうはさせてくれないのだ。そうあれば良いと思うが、必ずそうでなければならないとは思えないのだ。
「嘘でも良いからそういう時は彼女を思って逝きたいって言うもんじゃない?」
「ああ、そうだな。もし彼女から聞かれたらそう答えるさ。そんな顔するなって。ちょっとした考え方の違いだ」
「そう。だけどちょっとハンが羨ましいかも。僕は少しでも違うことを考えちゃうときっと何度だって死んでしまいそうだよ。何度も何度も同じことを繰り返すんだ。そのうちフォースにも見放されちゃってどうしようもなくなって、だけどもう僕の中はその人だけになって・・・僕はそれに幸せを感じているかも。好きすぎておかしいのは分かっているんだけどね」
「・・・そんな顔をするな」
笑ってそんなことを言うルークにハンは思わず言ってしまいそうになった。ルークの恋焦がれている相手はなんとなく分かっている。だからうっかり言ってしまいそうになった。
お前が死ねばきっと相手はその腕に抱きに迎えにきてくれるはずだろう、と。だから馬鹿な後悔をして迷うな、と。
そうして思うのだ。死してフォースに還るということは、逆を言えば、死してダークサイドに堕ちることもあるのだろうか、と。
ハンは親友の複雑な恋が心底厄介だと思った。
お前は狂っている、そう言えたら楽なのに。
違う。
恋はいつだって厄介な代物なのだ。
FIN