ある女の話
※この話のアニーは処女受胎で生まれてません。が、父親はいません。
それを語った彼女に一切の後悔や不満は見られなかった。もしかすると私には巧妙に隠された感情を読み取れなかっただけなのかもしれないが、彼女がそれを隠そうとしているのならその感情は不本意なものなのだろうと私は思うことにしたのだった。
その話は楽しげなものではなかった。とても穏やかで優しく暖かな彼女が普段と変わりない様子で語るその話は、彼女の若い頃の話だった。
不快というには哀しいその話を聞いた後、私は女というものをほんの少しだけ知った気がした。そうして私はようやく彼女を母と呼ぶことが出来た。見た事のない弟に会いたいと心から思うようになったのだった。
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シミ・スカイウォーカーはそれを知った時、途方に暮れた。
彼女にとってそれは非常に面倒なことだった。奴隷である自身の身分を鑑みれば厄介事でしかないように思えた。
それは胎に宿った新たなる命という招かざる客、彼女の子であった。女であればこそ、それが紛れもなく自身の子であると認めざる得なかった。男であればいくらでも己の子ではないと否定は出来ようものを、胎のそれは紛れもなく自身と深く繋がっており、もしかしたらという可能性は願うだけ無駄なことだった。
更に厄介なことに、それは既にヒトの形を成しているという。堕胎時に母体に大きな負担がかからない時期を過ぎてしまっている。奴隷であるシミには医者にかかるだけの金がない。診てもらえたとしても時間のない奴隷にろくな治療はできない。本当に診てもらうことぐらいしか出来ないのだ。医者もよほど奇特な者でなければ奴隷を診ようとしない。侮蔑されるか、法外な治療費をふっかけられるか、だ。いや、それならばまだましな方だろう。弱った奴隷など使いものにならないと人体実験に使われるのがおちだ。
シミを診た医者はその数少ない奇特な者だった。彼はこの状態でおろすのは得策でないと言った。産んでしまってそうして捨てるのが良いだろうと。奴隷の女が子を捨てるのはタトゥイーンでは当たり前の様に行われている。家族を持たない奴隷の女は主人が望まない限りそうするしかないのだ。彼女の今の主人ならば言えば育てさせてくれるかもしれないが、シミは育てたいとは思わなかった。出来るのならば、おろしたい。産んでしまうしかないのならば産み落とした後、その新しい命を絶ってやりたい。奴隷の子はよほどのことがないかぎり奴隷にしかならない。なれない。自分が創り上げた命を無駄に浪費されると分かっていてどうして喜べようか。生きる喜びも自由も何もないと分かっている生を送るのだ。その命に何の意味があるというのだろう。
捨ててもどうせ奴隷になるのだ。なら命を絶ってやった方が良い。シミはそう考えていた。
シミはだから主人には何も言わなかった。シミの腹はその時は目立っていなかった。あまり目立たない質なのだろう。主人が気付いた時の反応が怖かった。堕胎するにしろ、出産するにしろ色々と無駄が多すぎる。やはり少し無理をしてもおろすべきなのだろうか。彼女の選択肢にはもう完全に産み育てるというものは無かった。
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それからシミは自由な時間――例えば寝入る前など――に色々と考えるようになった。結局あのままずるずると胎に抱えたままだった。
まず、誰がこの子の父親なのだろうかと考えた。思い出せる相手に計算が合うものはいなかった。だからこそここまで彼女が気付かなかった。
気付かないうちのことなのだろうか。奴隷の女が襲われることは良くあることだ。ならず者や荒くれ者の集う星なのでそういった商売は多いが、奴隷を相手するのに金を払うのが惜しい者などが女を襲うことは良くあることだった。奴隷は襲われても文句はいえないのだ。生きているだけましといえよう。戯れに殺されることも間々あることだ。
だがシミは襲われてはいない。意識のない状態で、ということも考えられたがどうも違う気がした。
相手が気の弱い男であったら幾らかの金をせしめれただろうに。
本当に誰の子なのだろうか。まさか相手がいないなどという訳はあるまいに。全くもって忌々しいものを抱えてしまったものだと、シミは色々なことを考える度に思った。
そして苦く思いながら、その手はやわらかく腹をさすっていた。
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彼女は言った。
きっとその頃にはもう私はあの子を愛してしまっていたのね、と。
私は母というものを甘くみていたのだわ。自分が女であるということを思い知らされた、と。
女は胎内で身体を育むと同時に、その命に対する愛情を育むように出来ているのだという。
私には抗えなかった、と彼女はうつくしく微笑むのだった。
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いくら考えても父親は分からなかった。考えれば考えるほど分からなかった。シミは恐れた。気持ち悪かった。胎で蠢くものが奇妙で奇怪なものに思えた。それでも、胎のものと自分が繋がっているのは変わらなかった。それなのに腹をゆるゆるとさする自分がいることも変わらなかった。自分が胎のものを愛しく感じ始めているのを、聡いシミは気付いていた。気持ち悪いのに愛しく思う自分の矛盾に幾夜ひっそりと泣いただろうか。
腹が少し目立ってきた頃、主人がシミの妊娠を知った。
彼は驚くでもなく、産むのかと聞いた。そこに怒りや蔑みの色はなかった。シミは答えずに顔を伏せた。主人は気にするでもなく、父親は、と聞いた。シミはやはり何も答えなかった。
少しの沈黙が続いた後、シミは私の子です、と答えた。
シミはその時、ようやく父親が誰であるのかなどどうでも良いことなのだと分かった。この子は私の子であることには間違いないのだから、それで良かった。これは自分の胎で生まれ育ち生きているのだ。それが紛れもない事実だった。
それを聞いた主人はここで働きながら育てなさい、と言った。
シミはそれを聞いて初めて人前で泣いたのだった。
***
それから彼女は胎のものを忌々しく思うことは無くなった。ただ愛しさだけが残った。産み育てようと思った。しかしやはり奴隷である生しか与えてやれないことが心苦しかった。こればかりはどうしようもなかった。主人に言う訳にもいかなかった。そこまで願えるほどシミは強くも愚かでも、そして母でもなかった。彼女の精神は僅かばかり、母であるそれよりも奴隷であるそれの方が勝っていたのだった。
なんとか奴隷であることから逃せてやれないか。シミはずっと考えた。しかし月日だけがただ過ぎていった。
シミはいつしか、逃すことができないのならばどこまでも守ってやろうと思うようになっていた。
***
シミは大きくなった腹に語りかけた。
私が貴方に与えられるものは何かしら、と。
その身体とその命。私の愛情。そして辛い運命。奴隷としての生。
ごめんなさいね。でも私は貴方を産み、そして育てることを決めてしまった。幸せになどできやしないというのに。母の性に勝てず貴方を愛してしまった。もはや私には貴方の命を絶つなどできやしない。
せめて何か贈ってあげたいのに、何も与えるものはない。
いえ。あと一つだけあった。
スカイウォーカー
私が何もかもを失くした時、残っていたもの。それはシミという名と、スカイウォーカーという姓。
自由の象徴のようなその響きは、奴隷という身分では虚しく響くばかりだがシミはその姓を愛していた。誇りにすら思っている。
ああ、そうだ。この自由を愛する名を贈ろう。
そうしてこの名は何があっても自分と子を結ぶだろう。そうすれば自分は全ての責任を負うことが出来る。たとえ全宇宙の怨嗟を我が子が受けようとも矛先を自分へと変えることが出来るだろう。そんなことは偏狭の星の奴隷では有り得ないことだろうが。この名が怨嗟にまみれようとも、賛辞に包まれようとも、この名を与えることに悔いはない。
シミは新たな命を生み、育てることの責を負うことを決意した。
産まれた子は、アナキン・スカイウォーカーと名付けられた。
父親はいない。自分が一人で生んだ、と母シミ・スカイウォーカーは語った。
シミはアナキンを育てながら思った。もしかしたら、と。有り得ないと思っていたことはもしかしたら有り得ることなのかもしれない、と。しかしどういう未来であれ、自分はアナキンを愛し続けるだろう。
*****
私は弟の子の名を変えなかった。変えた方が良いのは重々承知の上だった。弟とこの子の血の繋がりは知られてはならないことなのだ。それに弟のしたことに対する怒りも収まってはいない。弟と言いたくなかった。しかしルークは紛れもなく彼の子なのだ。私の甥なのだった。
この子に私の姓を名乗らせることが出来ないのは、きっと母が語ってくれた話を思い出すからなのだろう。
彼女は言った。何が起こったとしても、自分が生み育てたという事実は変わらないのだと。スカイウォーカーであることは変わらないのだと。
FIN