ビューティフルネーム

※公式スピンオフ小説未読状態でのレイアとハンの結婚式の話で、『スウィートムービー』の続きです。








どうすれば良いのだろうか。
探すと行って飛び出して来たのは良いのだけれど、当てなどある訳が無かった。レイア・オーガナの探し人はそもそももうこの世界に自分たちと同じ様には存在していない。
世界中を探し回ったとしても、相手が拒めば決して見つかりはしない。ならば、探すのは意味がないことだ。
どうすれば良いのだろうか。彼はきっと見つかってはくれないだろう。そういう風にしたのは、間違いなく自分なのだ。
いや。違う。そうではないのだ。レイアは知っている。見つけられないのではない。見つける為の方法はきっと自分は知っている。ただ、それを自分が行うのを、ひどく恐れているのだ。

良くわからない、わかりたくないような気分だった。飛び出したのは、反射的なものだった。あの顔がいけない。あの表情を見た瞬間に、その腕を捕まえなければならないと思ったのだ。
なぜ、自分がそういう風に感じたのか。それが全くレイアには判らなかった。向き合いたくなかった。それが焦りと苛立ちと、上手く言い表せない感情を綯い交ぜにし、胸を締め付ける。
そしてそれを更に増長させるように、一体何があったのかと、決してあからさまではないものの自分に向けられる数多くの視線が鬱陶しかった。

「レイア様。どうかなされましたか?」

上品な女性の声がレイアの歩みを止めた。
なんでもないのだ、と言おうとしてレイアは振り向いた。彼女に声をかけた女性は穏やかな笑みをたたえて、彼女を見ていた。
その笑みにふわり、とほんの少し気分が軽くなるのを感じた。知らず眉間に寄せられていた皺が綻ぶ。恐らくこの式場の従業員なのだろう、全く見ず知らずの女性だというのに、だ。

「なんでもありませんわ。・・・少し、一人になりたかったのです。一人になれる場所があれば案内していただけるかしら?」
「あら」
「ほんの少しの時間だけで良いの」

仕方がございませんわね、と微笑みを絶やさぬまま、こちらに、とその女性はレイアに背を向けて歩き出した。
その背に続きながらレイアは自分も相当の臆病者なのだ、と心の中でごちた。探せないのなら、探す必要は無いのだ、かのひとは。それを判っていながら、出来ないでいた自分。怖かったのだ。
呼びかける声に応えが無いのは、ひどく悲しく胸が痛むのだから。

こちらへどうぞ、と案内されたのは小さな控え室だった。
レイアが感謝の言葉を述べると、女性は花婿殿をあまり不安にしてはいけませんよ、と言い静かに扉を閉めた。笑みを絶やさぬままに。
妙齢の上品な女性の柔らかな微笑みと穏やかな声。喪った、もう二度と会えぬ女性の姿が脳裏に浮かぶ。
その存在から与えられた暖かさと痛みに、レイアは聞こえぬ声でありがとう、と言った。名も知らぬ人だが、確かに彼女に自分は勇気付けられた、と。



*****



その部屋には椅子が二つと、小さな机が一つだけあった。決して華やかではない、質素な部屋だった。この部屋に控えるのは一体どの立場の者なのだろうか。
主役の二人。それとも彼らの両親か。主役と親では数が合わない。友人達が控えるには狭いような気がする。母と子だけで待つのだろうか。それとも父と。深い絆で結ばれた主役とその友だろうか。そう考えて、レイアは残してきた二人の男を思った。
何をしているのかしら。何を思っているのかしら。きっと兄と恋人は待っている。自分が彼を伴って帰ってくるのを。二人は自分に甘い。馬鹿みたいに。二人は何を話して待っているのだろうか。その姿を想像して、レイアは少し妬けるわ、と苦笑した。自分と違う絆で彼らは繋がっていることは、仕方が無いとはいえ、嫉ましく思えるものなのだ。



*****



そっと椅子に腰をかける。ドレスのドレープを崩さないように、裾を乱れさせないようにと。それは決してぎこちないものではなく、慣れた者の所作だった。

鼓動が早くなる。ドクドクと脈打つ音が耳を打つ。手を覆うレースが少し湿っぽく感じる。口の中が妙に乾き、喉が渇く。
レイアは酷く緊張していた。彼女は怯えていた。
たった一言がなかなか出てきてくれなかった。

ごくり、と唾を飲み込む音がいやに響いた。
ぎゅっと手を握った。整えられた爪がレースごしに掌に食い込む。
そうして、レイアは自分の手に違和感を感じた。違和感を感じた左手を目の前に掲げ、ああ、と吐息を漏らした。
それは人工の光を受け、純白のレースの間できらりと光っていた。
そうだったのだ。自分は受け入れたのだ。そしてあの人も受け入れてくれた。卑怯で愚かな自分をそれでも、それだからこそ愛するのだと笑って抱きしめてくれた。自分は自分と向き合えたではないか。ならば、もう大丈夫なはずだ。
レイアは小さく深呼吸をした。そして中空を見詰める。その瞳に惑う色は無かった。

「アナキン・スカイウォーカー。わたくしのお父様」

呼びかける。会いたいと、願いを込めて。
情けなくも声が震えた。

お願い。応えてください。お父様。



*****



空いた椅子の上で空気が青く陽炎の様に揺らめき、それがレイアの前で徐々に人型を成していった。
それは深くローブを被っており、レイアから表情を全く伺えないようにしていた。レイアはそれが悔しくもあり、有難くもあった。きっと彼がどんな表情をしていたとしても、レイアは自分の心が掻き乱されるであろうことが判っていたからだ。笑っていても、泣いていても、取り乱していても、穏やかであっても。・・・全くの無表情であっても。

視界が潤む。丹念に施された化粧が崩れてしまう、と思いながらそれは止められなかった。折角の衣装を濡らしてしまう、と思いながらも頬を流れる暖かさが、緊張と恐れを崩していくのをレイアは感じた。

「お、とうさ、ま」

震える唇で彼を呼んだ。
滲む視界に映るひとは、俯き、肩を、全身を震わせていた。小さく何度も首を横に振りながら。何かを呼びかけようとして、すぐに止めてしまう。
その何か、をレイアは判っていた。

「呼、んで、ください・・・」

呼んでください、私の名前を。貴方が名付けたこの名を。



「・・・レイア」










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