僕達は溺れるように空を歩く








大好きだよ、と囁くと微かに頬を赤くして、はにかみ、笑う。
そうして貴方は私もだよ、と言い、そっと触れるだけのキスを頬にくれる。

僕達はお互いの好きの意味が違うことを知っている。
僕の好きと、貴方の好きは曖昧に、だけれども決定的に違うのだと。
僕の真実を告げた時に、知った。





ルークはずっとずっと父親というものに強い憧れを抱いてきた。
父――アナキン・スカイウォーカー――を知っている人たちは皆、口を噤んでいたこともあって、少年の豊かな想像力はほんのわずかな情報を元に、色々なアナキンを作り出していった。どんな顔なのか、どんな姿なのか、大男なのか、小男なのか(これはちょっと嫌な想像だった)。
優秀な飛行士であり強かったと聞いていたから、不毛なタトゥイーンに収まりきらず、宇宙を自由に飛び回り、あらゆる星、星系、銀河で活躍する父…その姿は何時しか自分の成長した姿になっており、ルークは自分の父への憧憬の強さを思い知らされるのだった。

友人達の父親自慢話を聞くたび、養子であることを馬鹿にされるたび、産みの父母の愛を疑われるたびに、ルークは想像し、自分を慰めていた。自分の立場は決して惨めなものではない、と。
ルークはそういう風に育っていった男だ。人よりも親という存在へのコンプレックスは強い。所謂ファーザーコンプレックスである。

ヴェイダーが父であると聞かされた時、衝撃と混乱の後、父は生きていたんだ、ということだけがルークの中に残った。不思議なことに怒りや憎悪などは一切無かった。腕を切られたことに関してもだ。
ベンとヨーダにそれが真実であることを確かめた時、正体がどうというより、どうして隠していたのか、という気持ちの方が大きかった。
とても言いたくても言えやしないだろう事実だけれど。

強い憧れである父と、強い怒りの対象であったダース・ヴェイダーが一本の糸で繋がった時、ルークの中に生まれたのは、彼らへの強い憧れと、彼らを取り戻したいという願いと、彼らを倒して彼より強くなってみせるという欲求だった。
それは男が父へ抱く感情そのものだ。男は父に憧れ、その腕の力強さに安心し、敵わぬことに苛立ち、やがて父に挑み、倒し、倒した父をその背に負うことを無意識に願う。
強い父を夢見ていたルークにとってダース・ヴェイダーは、その意味では理想だったのだ。

そしてルークはとうとう父を越えた。
普通であれば受け入れられないようなことも、柔軟かつ前向きで健やかな精神によってルークは認め、更にはそれを糧とし前に進み、結果、父を越え、そしてその手に取り戻したのだ。

外した仮面の下は醜く、想像していた男前ではなかった。かつての強さも威厳も無く、酷く惨めな姿だ。だが、ルークにとっては父であり、紛れもないヒーローだった。自分を守ってくれた。こんな姿を息子に曝したくなど無いだろうに、更には仮面を外すと確実に死んでしまうと分かっているだろうに、自分の顔を見たいと言って。

初めて見た笑顔が死に顔になった。笑顔と言ってもそれとは分からないようなものだったが、ルークにはそれが微笑んでいるのだと分かった。
小さな幸せを噛み締めるようなその顔に、ルークは泣いた。怒りも喜びも悲しみもあらゆる感情が全部全部ごちゃ混ぜになったようだった。
そうしてそれらの感情を溶かして吐き出しているような涙は中々止ってはくれなかった。
最後にルークの中に残ったのは、やはり父への強い憧れと、静かな敬意と愛だ。

ルークの父はアナキンであり、そしてまたダース・ヴェイダーも彼の父なのだ。





そしてそれはやってきた。

全てが終わった後、再びルークの前に父が現れたのだ。ルークが初めて見る姿で。
ベンの隣に立つ、年若い男。直感的にそれが父だと分かった。
穏やかに微かに浮かべたその笑みは、ダース・ヴェイダーの最後の笑みと同じだった。フォースもまた、雰囲気は違えど、本質は同じものだった。
思えば、その時だったのかもしれない。
強い憧れが恋に変わることなんて、どこにでもあることだ。
ルークの場合、その対象が実父であるのだが、親子として過ごした時間も無きに等しい。そして極めつけは、その姿だ。自分より少しばかり年上の外見、しかも贔屓目を除いても整った容姿、完璧なスタイルをしていた。

ルークはファーザーコンプレックスだ。親子の間に親子として過ごした時間は無いに等しい。憧れは容易く恋に変わる。

ルークはやはり持ち前の柔軟で前向きで健やか…とは言えないかもしれない精神でその気持ちを受け入れた。受け入れてしまった。





ルークは知っている。
アナキンが自分を思いを受け入れているのは、息子への愛情と負い目、そして今尚愛に貪欲で、得たものを失うことを酷く恐れているからなのだと。
それで良いと、ルークは思った。今はまだ、それで良いんだと。
皇帝と同じでは無いのか、とベンに言われたことがある。ルークはそれは違う、と静かに否定した。何が違うのか、言及されて上手には説明出来なかったが、ルークは確信していた。自分とシディアスのアナキンへの思いは確実に違うのだと。
ベンは納得したようなしていないような顔をしていた。そして溜息を一つ付いて、あの子をもう追い詰めないでやってくれ、と一言零してルークの前から消えた。それ以降、この話はベンとはしていない。

全ては変わる。全ては二面を持つ。自分は、自分達は身を以って体験した。
白は黒になり、また白くなる。光は闇に染まり、闇は光に染まる。
憧れは恋になる。愛は憎しみに変わる。そして憎しみもまた愛になる。
ならば、父の子への愛と贖罪が、いずれそれを越えることも有り得るのだ。愛は確かにそこにあるのだから。形が少し違うだけで。





ルークはアナキンに口付けた。
舌を入れると、アナキンの体がビクリと震えるのを感じる。キスに慣れていないはずの無い彼がそうなるのは、自分が相手だからだ。
その事に少しの淋しさと、不思議な悦びが湧く。
迷いながら逃げる舌を追い、捕まえ、優しく絡め取った。
そうすれば、彼は逃げられないのをルークは知っていた。



アナキンは深く口付け優しく絡んでくる舌に応えながら、自分の情けなさに泣きたくなった。
こんなことは良いはずが無いのだ。父と子なのに。
それなのに息子に望まれると振り切れない自分がいた。息子の願いは叶えてやりたい、与えれなかった愛情を一杯与えてやりたいという思い。そして子供達にしてしまったことへの拭いきれない後ろめたさ、負い目。
そしてもう一つ。彼には彼特有の恐れがあった。 アナキンには分からなかった。父を知らない。子の幼い日々を知らない。愛情の与え方が分からない。加減が分からない。
望まれて、与えられる愛情しかアナキンは知らないのだ。そしてそれを何時だって強く欲している。
シミも、パドメも、オビ=ワンも、一杯愛情をくれたが、アナキンが返した愛情が強すぎて殺してしまった。今になってアナキンは少なくともそう思っていた。自分の愛は強すぎて人を殺す、と。シディアスですら、そうなのかもしれない。

いずれ、ルークも殺してしまうかもしれない。それは恐怖だ。

ルークの愛情を拒めない。負い目と否定される恐怖から。
ルークの愛情を受け入れられない。父と子である事実といつか自分の愛情で殺してしまうかもしれない恐怖から。

アナキンは泣いた。官能からではない。
その涙を見て、ルークは口付けを解いた。ゆっくりと離れてゆく二人の唇の間に唾液の糸が架かり、そして切れた。

「父、さん」

ルークの手がアナキンの頬をゆっくりと撫で、そこに伝う涙に濡れる。

「違う…違うんだ」

その声に含まれた哀しさに、伝わるフォースの辛さに、アナキンはルークが思い違いしているのを知った。
違うんだ、この涙は。
どうして自分はこんなに息子を哀しませるようなことしか出来ないのだろうか。

「違う。それは絶対に違うんだ」

決して、ルークとの口付けが嫌で泣いている訳じゃない。寧ろ、近頃では嬉しいとすら思い始めている。
だけどアナキンは分からなかった。それを伝えても良いのか。その気持ちを伝えるにしろ、伝えないにしろどういう風にどう言えば良いのか。

ふと頬に添えられていた手の温もりが消えたかと思うと、強く抱き締められた。

「父さん。うんん…アナキン。大丈夫だよ。僕を愛して」
「ルー…ク」
「大好きだよ、アナキン」

ルークはそう言って微笑み、アナキンの頬にキスをした。
嗚咽交じりにアナキンは私もだよ、と言ってそっとルークの頬にキスをした。





間違っているなんて言わないで欲しい。
僕は父さんを本当に愛しているのだから。










FIN