月の美しい夜に








ハン・ソロはタトゥイーンに居た。
彼の親友であるルーク・スカイウォーカーは数ヶ月に一度、忙しい合間をぬぐい故郷であるこの星に戻ってくる。それにハンはしばしば付き合っていた。
今回も、そうだ。
別にハンはルークの身を案じて付き合っている訳でもない。すっかり成長したルークという青年は、ジェダイという銀河最強を謳われた騎士であり、交渉能力に長けた政治家――というよりは企業家に近い――だ。彼と彼の妹は、両親の能力を余すところ無く継いだのだろう。そんな彼に自分が出来ることは、守るとかそういうものでは無く、出来る限り、傍にいてやることだろう、とハンは思っていた。
だから、ハンはしばしば付き合うのだ。自身の息抜きも兼ねて。



不毛の惑星、タトゥイーン。
この星は全てが不毛だ。大地も、そこに住まう者達の営みも。
奴隷は今も嘆き、一般市民は枯れた大地を暗い瞳に映し、権力者は富を独り占めして豪遊し、ならず者達は格好の隠れ家とばかりに集まってくる。
酒場に行けば喧嘩や血を見ながら飲む羽目になり、通りを歩けば死体に躓く。
何も、変わっていなかった。この星は。
ルークが育ち、ハンがならず者として訪れていた頃と何一つ。いや。ルークの父が居た頃もそうだった。
旧共和国であっても、帝国であっても、新共和国であっても。
それを流れから逃れている、というのか、それとも流れから取り残されているというのかは、分からない。
だが、ハンは思った。ルークがこの星の改革に着手するのは、出来たら最後にしたい、と願った意味は、きっとそこにあるのだろう、と。

どうも、最近、色々と考えすぎている。
ハンは苦笑し、横になっていた上半身を腹筋でゆっくりと起した。
タトゥイーンの一般的な家は、地下に生活空間がある造りになっている。砂漠の過酷な気候に合わせているのだろう。外から射し込む光が無いので、灯りを消すと本当の暗闇が広がる。
手探りで枕もとに置いてあったライトを灯す。小さな光が周囲をぼんやりと照らした。ハンにはそれで十分だった。
隣で寝ている青年を起さないように、静かにベッドを降り、サイドテーブルに置いてあったビンとグラスを片手に、ハンは地上への扉のある方へと歩き出した。
青年の規則正しい寝息を背に、扉の傍にかけてあった外套を掴み、扉を開けた。



外は思ったより明るかった。月だ。月が煌々とその存在を主張しているから、これほどまでに明るいのだ。
大気が薄い為、雲の少ないこの星で、空から降り注ぐ光と熱を塞ぐものは無い。そしてそれを留めておく術も、無い。
夜の砂漠は酷く寒い。明るく輝く月が更に熱を奪っているような気になった。
ハンは外套の前をギュと合わせ、適当に転がっている岩を背に座った。砂の上に、持っていたビンとグラスを転がす。
こんな時、チューイがいればさぞかし暖かいだろう、と思い笑う。彼は今、レイアの傍にいる。

ビンの中身をグラスに注いだ。トロリとした液体がグラスを満たす。
本当はもっと冷やした方が旨いんだがな。一人ごち、ハンは液体を嚥下した。
冷えた体に、熱い液体が塊となって落ちていく。それは喉を、胃を焼くような痛みと心地良さを与えた。
本来それはストレートで飲むものではない類の酒だ。だがこういう場所で飲むのはこういう酒が良い。レイアに知られれば絶対に怒るのだろうが。あまり強い酒を飲むな、と。彼女の言うことも分かる。だからハンは普段、こういう飲み方はしない。だが彼女がいないところぐらいだったら良いじゃないか。言い訳のような自分の思考にハンは笑いながら、またグラスを傾ける。



隣に影が落ちた、…ような気がした。
それは間違いではない。影は実際に無く、しかし、ハンの凭れている岩の傍には人が立っていたのだから。
正確には人、では無いが。
淡い青の光の塊。それが人型を取っている、というべき存在。それが見えるということはフォースが強いということだ、と言われたが、ハンにとってそれは意味を持たなかった。ハンはジェダイになる気も、フォースを操りたいという気も無かったからだ。
ハンにとって問題はフォースが、では無く、見える、ということだったのだ。
見えるということは存在する、ということだ。そしてその存在が誰であるか、ということだ。
かつての暗黒卿であり、恋人と親友の実父という存在。あの双子の父というだけでなくとも、ハン個人にとっては因縁浅からぬ相手だ。
色々と知ってしまった今はもう、何も言及する気も無かったのだが。

青年の姿をしたそれは、じっと大きな月を見つめていた。見つめていた?いや、ぼんやりとただ見ているだけかもしれない。
ハンは何をしに来たのか、と問うタイミングを逃したと感じた。手持ち無沙汰に青年を見る。何度見ても、若い。これがあいつらの父親だなんて誰が思うだろう。兄で十分通る。

造作が似ているか、と言われれば、どうだろうか。似ている部分があると言えばあるが、全く似ていないと言われればそうかもしれない。
ああ、でも。性格や性質は似ている。かつて彼を取り巻いていた人たちから聞いた彼と、自分が共に居る彼らは怖いくらいに、似ているのだ。
以前、そういうことを青年の前で考えていたら、青年は苦笑しながら、大丈夫だ、とだけ言って消えたことがあった。
見透かされた悔しさとかよりも、心が軽くなるのを感じ、ハンは知らぬ間に最悪の事態を考えていた自分に気付き、消えた青年に向かって、苦笑した。
大丈夫だ。その言葉に込められた意味は余りにも多い。

しかし、まあ。ハンは青年を見ながら思った。
綺麗な男というのは本当にいるものだな、と。
ルークも造作は整っているが、彼のは愛嬌のある男前、といえるだろう。綺麗というよりは、本人は怒るだろうが、可愛い顔立ちだ。
まあ、男に向かって綺麗も可愛いも無いだろうし、言われたくも無いだろう。

月明かりに照らされ、月を見上げている、しかも本人自体淡く発光しているという状況ではたいしたことのない造作であっても良く見えるかもしれないが。
そこまで考えて、ふと、ハンはあることを思った。
青年はヴェイダーであったのだと。では、もしかして、ヴェイダーがこういう風にして佇んでいたら、それもまた綺麗だとかなんとかに見えるんだろうか、と。
頭の中で一瞬出来たヴィジュアルに、ハンはグラスを落としそうになった。
そしてそのヴィジュアルを追い払おうと、グラスに残っていた液体を一気に煽った。少し咽返りそうになったが、全部胃に追いやる。
十分に鑑賞に堪え得るかもしれない、などと。その恐怖を拭いやれば、だが。
ハンは思いっきり溜息を付いた。アルコールの混じったそれは熱を孕み、夜の砂漠の冷気に絡んだ。

無言でいるから、こんなどうしようもない考え事をしてしまうのだ。そう、誰に対してともつかない責任転換をし、ハンは顔を上げた。
強い酒はいける口なのか、などと考えながら。
そして口を開こうとして、ハンの時は止った。

「お前の考え、全部筒抜け」

くぐもったコホーコホーという思い出したくも無い音に交じって、重圧のある掠れた、だけどどこか面白そうな声がそう言った。
ハンの視線の先には、先ほどの青年が月明かりに照らされていた。真っ黒な甲冑に包まれて。



「全く…やりすぎだ」
「お前、驚きすぎだから」

あれから、ハンがこちらに戻って来るのに少し時間がかかった。あれは驚きというより条件反射なのかもしれないな、と思いながらハンは戻って来た時には、青年は元の青年に戻っており、隣に腰掛けていた。手にはしっかりグラスが握られていたが、自分のグラスはちゃんとあるので、一体それが何なのかは聞かないことにした。

「そういえば、アンタ、大丈夫なのか?」

青年のグラスに酒を注ぎながら、尋ねた。この酒はかなり強いぞ、と。
それに笑って、青年は知っている、なにせそれは故郷のものだからね、と答えた。

「あまり強くは無いけど、ここのは別なんだよ。体質に合うのかな。子供の時から母さんの目を盗んでは良く飲んでた。それで自分は強いと思ってたらさ、マスターに隠れてこっそり他の星の飲んだら、見事に酔っ払って思いっきり怒られたことがあったよ」

どこか遠い目で、そう言ってグラスを傾け、コクリと液体を嚥下し、ああ、懐かしいなぁ、としみじみと呟いた。
懐かしい、という言葉は酒に対してか、昔日の思い出に対してか。
そうか、とぼんやりと答え、ハンもグラスを煽った。
というか、ちょっとアンタオヤジっぽいぞと心の中で呟いたが、それに関しての反撃はなかった。

「父親にはなれなかったけど、オヤジにはなっちゃったのかなぁ」

そんなことを言うものだから、ハンは思わず言ってしまった。

「その面で良く言うよ」

アンタはちゃんと父親だよ、あいつらの。父親には見えないけど。

答えは返ってこなかった。
隣を見ると、カラになったグラスが彼が居た場所にポツンと転がっていた。



さて、飲みなおすか。
ハンは一人、月を見ながら、グラスに酒を注いだ。

あの体で飲んだものってどこにいくのか、などと馬鹿なことを今度は考えながら。









FIN