ALIENS
あるのかな?
あるよ。きっと。だから付き合ってよ、アニー。
「なんというか、本当にあるものなんだな」
それにしても人が多いところは疲れるよ、とソファーに体を投げ出したアナキン・スカイウォーカーが感心したように呟いた。ソファーは何の動きも見せない。
「だから言ったじゃないか。探せば絶対にあるって」
よいしょ、と少し大きめの肩掛けの鞄を床に下ろしたルーク・スカイウォーカーが、嬉しそうに言いながら彼の隣に腰を掛けた。大きめのソファが一人分の重みを受け、ゆっくりと沈む。
二人は顔を見合わせ、笑った。
「疲れたって大丈夫?」
笑いを収めたルークが少し真剣な表情でアナキンの顔を覗き込んだ。フォースを調節した右手を半透明の彼の頬に添えながら問う。
無理をさせてしまったのだろうか。半ば強引に付き合わせた自覚がルークにはあった。
そんなルークにアナキンは柔らかく微笑んで大丈夫だよ、と答えた。頬に触れる手の上に、彼もまた手を添える。
確かに人が多い場所はフォースと同化している今のアナキンには少しばかり辛い。少しでも波長が合うと、誰かしらの感情が流れ込んでくるのだ。良い感情ばかりではない。寧ろ、良くない感情の方が多い。無意識の感情とは表に出されないもの、つまりはダークサイドであることが多い。人はそれらを裏に押し隠して生きている。
まだ心配そうな顔をしてるルークにアナキンはもう一度大丈夫だよ、と言って頭を撫でた。
「お前が居るからね」
自分を包み込んでいるフォースをアナキンはずっと感じていた。それは間違いなくルークのもので、それによってアナキンは守られていた。人々の無意識のダークサイドに感化されることがないように。
「本当に?」
「勿論。ルーク、お前は?疲れてないかい?」
「全然平気。それよりも嬉しいよ。この星を見付けられて、この星に来ることが出来て、それも父さん…アニーと一緒だなんてほんと夢のようだよ」
ルークはにっこりと笑ってアナキンの頬にキスをした。彼はやんわりと咎めたが、その顔は全然怒っているものではなくて、ルークは益々嬉しくなって調子に乗り沢山軽いキスを送った。
ソファーの上で二人がじゃれ合う姿に一体誰が親子であると思うだろうか。
ここでは二人は唯のルークであり、アナキンなのだ。
誰も知らない。ルーク・スカイウォーカーとアナキン・スカイウォーカーという英雄も、ダース・ヴェイダーという恐怖も、ここに住む人々は知らない。
ルーク達から見れば原始的な、未開の星。だけれどもルーク達が快適に過ごせる程度には発達している。ここに住む人々は共和国も帝国も知らない。他の星々に生命が溢れていることをまだ知ることが出来ない、そこまでの文明と交流を持たない星。
まさか本当にこんな星が存在しているとは。
ルークは0%以下の確立に賭けて、飛び出した。誰も自分達を知らない場所へ、だけれども人の生活している星へ。アナキンを強引に連れて半ば逃げるように飛び出した。そして見付けたのだ、この奇跡のような星を。
この星は今まで見付からなかったのか、それとも何者かによって干渉を禁じられているのか。恐らく後者なのだろう。
だけれどもそんなことはどうでも良いことだった。
ルークが望んだものがここにある。それはルーク自身にとっても、アナキンにとっても喜ばしく素晴らしいことなのだから。
束の間のことであったとしても。
ルークは疲れていた。元々彼は内に溜める傾向がある。あの戦いの後は特にそうだった。
帝国の支配から銀河を救った英雄としてのルーク・スカイウォーカー。
唯一のジェダイマスターとしてのルーク・スカイウォーカー。
復活した共和国の象徴としてのルーク・スカイウォーカー。
元老院の要となったレイア・オーガナの双子の兄としてのルーク・スカイウォーカー。
先の英雄アナキン・スカイウォーカーの息子としてのルーク・スカイウォーカー。
そして、知る者は数少ないが、ダース・ヴェイダーの息子としてのルーク・スカイウォーカー。
何処の星に行っても、皆、彼を知っていた。向けられるのは過剰な敬意と好意、滲み出る好奇心と探求心、秘められた妬みと嫉み。
彼の生活は管理され、監視されていた。少なくともルークは自分が自由を失ったのだと思っていた。
それでも、それは仕方が無いことなのだ、とルークは常に笑顔で優しく柔らかく人々に接した。
もし、彼に彼が愛している人が居なければ、ずっとそのまま耐え切れただろう。その生活を当たり前の自分のものとして受け入れられただろう。
あるいは、その愛している人が彼でなければ。
それらをルークは否定する気も、後悔する気もなかった。ただ。ただ少しばかり疲れたのだ。
いくら英雄などと謳われようが、彼はまだ二十代の青年である。それもつい最近まで、辺境の星で素朴な暮らしを営んでいた、ごく普通の若者であったのだ。
ほんの少しでいいから静かに暮らしたい、と願ったとて何の不思議も無く、至極当然のことであった。ただ、それを許されぬ立場になってしまっただけのことだ。
こっそりと降り立ったこの星では、彼らは唯の人だった。その実、異星人であり、英雄であり、元悪意の象徴であり、肉体を持たない者であったが、誰も知らないのだからそれらの符号には何の意味も無い。
人の群れを逆流しようが、洒落た店を冷やかそうが、公園で木陰に隠れてキスをしようが、誰も彼らを特別なものとは思わない。
ルークはアナキンを抱きながら真実癒される自分を感じた。
なんて幸せなのだろう、と。
しかしルークは知っていた。これが一時のことであることを。そしてこれは決して長く続けてはいけないことであると。
だからこそ、ルークは思った。今、全身でありったけの幸せを感じるのだと。
アニー、と呼ぶ。
何時もなら、嬉しそうでありながら咎める表情をするのだが、今は違う。本当に嬉しそうに笑ってくれる。ルーク、と何時もと違う声色で呼んでくれる。
涙が出た。そっと頬に唇が触れ、優しく吸われる。顔を上げて向かう合う顔を見ると、その頬もまた、濡れていた。
開け放した窓から少し強い風が入り、外の灯りを遮っていた布が舞う。
隠す必要など、ここでは無い。
そっと二人の唇が重なり合う。差込む光とはためく布は何も隠さず、全てを浮かび上がらせた。
本当にあったな。
あったね。
帰ったら怒られるな。
怒られるね。でも大丈夫だよ。また頑張れるから。
そうか。
そうだよ。
FIN