やわらかくさえた夜の話







まどろみから覚める瞬間というものは、忌々しくも愛しい。



クワイ=ガン・ジンはぼんやりと重い瞼を開けた。
意識はいまだ半覚醒状態にあり、すぐにでも再び深く寝入ることが出来るだろう。
シーツの中、もぞもぞと寝返りを打つ。
そして何の障害も無く引き寄せられたシーツに、クワイ=ガンは隣の人の不在を知る。意識はぼんやりと、しかし確かに覚醒した。

ああ、またか。
クワイ=ガンはゆっくりと半身を起し、立てた膝に肘を付き、窓の傍にあるカウチに視線をやった。些かばかり腰が鈍い痛みを訴えたが、支障は無い。
腰に申し訳ない程度に掛けられたシーツが描く線が、彼が何も衣服を纏っていない状態であることを示す。恥じらいなど彼には無い。
覚醒した意識とは違い、いまだ少し重い瞼を瞬く。その視線の先に居る人を見るために。

カウチに腰を掛け、窓の外に視線と意識を向けている人は、外からの灯りでくっきりと暗い室内に浮かんでいる。
ゆったりとしたローブを纏い、深く腰掛けたその姿は実に様になっており、クワイ=ガンはそれを見るのは嫌いではなかった。
そしてそれを見ることは、クワイ=ガンが目を覚ました時、彼が隣に横になっている姿を見るよりも容易かった。

そこに感傷の入る余地は無い。寂しいだとか、哀しいだとか、そういったものをクワイ=ガンは感じなかった。仮にも肌を重ねている相手であるのに、だ。
始まりは何時であったか。何故であったか。きっかけなど、思い出せないほど些細なことであったに違いない。ただ、直接的な行動を先に起したのは彼であったことは覚えていた。そしてそれを受け入れた自分。
ジェダイのマスターとパダワンの繋がりとしては不適切で不自然であろうこの関係は、だけれども自分達には適切で自然であった。ただ心の繋がりに、体の繋がりが付加されただけのことだ。
肌を重ねたとしても、二人のあり方は何も変わりはしなかった。だからこそ、二人のあり様は自然であり、歪みを持たない。



彼ら師弟はジェダイの異端であり、異質なるものであった。
ドゥークーは理想主義者である。確たる己の信念を持つ彼は、ジェダイとしては異端であった。彼は評議会に従うが、殉ずる気は無かった。
そして彼のパダワンであるクワイ=ガンは理想主義では無いが、異質であった。ドゥークーは彼の持つ資質が全くの自由であることを知り、それを己をも含めた何物かに染めることを良しとせず、ただ磨きあげることを良しとした。
そんな彼らのあり方は評議会との意見の食い違いを避けられず、しばしば衝突を繰り返した。しかし彼らは余りにも優秀であり、敬愛するに足りえる人物であったから、彼らの資格を剥奪することなど誰も考えもつかなかった。
またこの規格外な師弟も、彼らから離反することは考えてはいなかった。今はまだ、彼らは敬愛するに足るものであった。



クワイ=ガンとてまだ若く多感な年齢である。
初めの頃はこの関係に何かしらの意味を考えていた。何故、抱くのか、何故、抱かれるのか。
情欲というには穏やかすぎる。性欲処理というには深すぎる。そして恋愛というには冷ややかすぎた。
しかもクワイ=ガンの中でドゥークーはどこまでも師であり友でしかないのだ。恋人や愛人になりたいなどと考えたことは無かった。彼がなりたいものは、あの背を預かるに足りえる友であった。
だが、深層ではどうか。クワイ=ガンは思考のくせとして、必ず逆の可能性を考える。つまり、そういう関係になりたいと思う自分がいるのではないか、と。
しかしそれを認めるには、クワイ=ガンは些か強情であり、夢を持ちすぎていた。彼の中で愛は崇高なものであった。
そして彼はドゥークーも愛を崇高なものとしており、欲に穢されるのを厭っているのを知っていた。愛情の業の深さと醜さを知ってしまった故の、理想だ。

二人の関係を大人の付き合いというものもいれば、児戯に等しい関係であるというものもいるだろう。
相手への尊重と愛情に溢れているともとれるし、相手への猜疑心と己の臆病さに苛まれているとも取れる。
それは一本の細い細い糸が実は二本の更に細い糸が縒り合わさっているのと同じことだ。 どちらも真実であり、欠けてはならないものだった。

思考に沈むものは現実の周囲への警戒が疎かになる。それはジェダイであっても同じだ。
クワイ=ガンは気付いていない。カウチに腰掛けているドゥークーが彼をじっと見つめていることを。そしてゆっくりと立ち上がり、近付いてくることを。それが素晴らしく優雅な仕草であることを。

「マスター」

気が付けば隣に感じたドゥークーの気配にクワイ=ガンはゆっくりと顔を向けた。驚きはない。何時ものことであり、余りにもそれは自然になされるからである。

「起してしまったかな」

口髭を撫でながら、肩を竦める仕草に言葉とは裏腹に少しも悪いとは思っていないのだろうことが判り、クワイ=ガンは笑った。全くいつもと同じパターンだ。まるで恒例の行事のようにそれはなされる。言葉遊びとして。

「別に。勝手に目が覚めただけですよ。私もね」
「寂しくてかね」
「私は私も、と言ったのですよ、マスター」
「なるほど。では違うな」

ええ、マスター。私は決して寂しいなんて思いませんよ。

「でも冷えました。貴方も冷えている」

手を伸ばし触れたローブは暖かで、彼が寒さを感じていないことは明らかだ。クワイ=ガン自身も寒さは感じていない。
だけど、彼は冷えている、と言うのだ。

「そうだな、私のパダワン。明日もまた早い」
「朝は何時だって早いんです。さっさと寝ましょう」

そう朝は早急に訪れる。夜は短く一瞬で終わる。
ドゥークーはローブに触れる手を取り、その甲に一つ、口付けを落とした。まるで紳士が淑女にするようなそれをクワイ=ガンは受け流した。彼にとってはもう慣れたことだった。
そして二人は同じベッドに横になった。クワイ=ガンは横臥し、ドゥークーは仰向けに。触れ合う部分は無く、二人の間でシーツが浮いている。



まどろみに落ちる瞬間というものは、恐ろしくも幸福である。










FIN