賢者の孤独








私はようやっと気が付いた。
真実、愚かなのは己だったのだ、と。
せめて、私と同じ愚の轍を踏もうとしている哀れな子に何か。
そう思うも、最早私に何一つ出来ることは無かった。
崩れ落ちる体が、酷く遠い。





呼ぶ声がする。
懐かしい、失って久しかった声。それは記憶に留めていたものと寸分も違わず、まるで全てが夢か錯覚であったような気をドゥークーに起させた。
マスター、と。彼が自分を呼ぶそれは、他の誰のそれとも全く違っていた。自分にもたらすものが全く違っていたのだ。
それに気付いたのは、失った後であった。結局のところ、気付くのは何時だって失った後なのだ。
生き物は死して全ての真実に気付くのだ。

「…クワイ=ガン」

呼ぶ声の方を見れば、穏やかな表情をしたかつてのパダワン、かけがえの無かった友が立っていた。
思わず顔を逸らして、一呼吸おいて再び、彼の顔を、姿を見た。

「マスター。いえ、我が友、ドゥークー。お久しぶりですね」

穏やかな表情の中に悪戯好きの子供の顔を覗かせる。相変らずの彼。何百年ぶりに見るような、数時間ぶりに見るような、奇妙な感覚がドゥークーを襲った。
その奇妙な感覚を振りほどき、ドゥークーは努めて冷静に、まず知らなければならないことを口にする。その表情は少しばかり苦々しいものがあった。


「ここは一体どこなのかね?そして、何故、私と君が居るのかね?」

ここがどこであるのかはおおよその予想は付いていた。フォースそのものである空間なのであると。 ドゥークーが理解出来ず、知りたいのは、何故、シスとジェダイが同じフォースに存在しているのか、ということであった。
自分は紛れも無くダークサイドに堕ちたものであったのだ。
そしてクワイ=ガンは最後までライトサイドであり続けた。
何故、この暖かで穏やかな光の世界に、己は存在しているのか。ドゥークーは自責の念を知らず篭めて、問うた。

「ここは貴方が思う通りの世界です。フォースの表の源流の中。貴方は還ったのです、こちらに」
「私はシスだ。還るところは闇でしかない」
「いいえ。貴方は理解した。最後のあの時に。あの瞬間、貴方はジェダイマスター・ドゥークーに還ったのですよ」

最後の瞬間。シスの真実と、そして裏切りの瞬間。ああ、確かに私は理解した。ダークサイドは救いではないのだと。
しかしこれとそれとは違う。
ドゥークーの眉間の皺が深くなった。還ることが出来たことを素直に受け入れる性格であったなら、彼は決してダークサイドに堕ちはしなかっただろう。
ドゥークーは大きな溜息を洩らした。
その姿は全てに疲れきった老人のようで、彼らしからぬ姿であった。

「私に還る資格などあろうはずもない。私は許されてはならぬのだ」

ドゥークーはそう言うと、首を振り、小さく呟いた。すまない、と。

長身をピンと伸ばし、じっとその姿を見つめていたクワイ=ガンはゆっくりとその手をドゥークーの肩に置いた。

「ドゥークー。マイマスター・ドゥークー。私は貴方を許しません。勘違いはしないでください。私は全てを視ていました。そう全て。我々は誰も許すことは出来ないし、許されることもない。許しを与えられるようなものはいないのですよ。ただ、我々は知らなければならないのです。自分の意味を。我々の罪は償いきれるものではありません。誰でも。償うなどと思い上がってはいけません。貴方は貴方に還った、と、それで良いのです」
「しかし」
「私も罪にまみれている」
「何をか。君が罪などと」
「私は死んだ。貴方より先に、貴方の知らぬ場所で。それが貴方をダークサイドへと導く切欠となった。ええ、少しくらいは自惚れも入ってますよ、マスター。そしてあの子を渦中へと連れ出したのは紛れも無く私です。そうでありながら私は死んだ。私の死はあの子とオビ=ワンが親子となるのを妨げる要因となった。そしてそれが……予言が成就へと向けて動き出す最後の後押しになるでしょう。全ては哀しいほど見事に連鎖しているのですよ」

ここにきて初めて、クワイ=ガンの顔に翳りが浮かんだ。
そう、世界はバランスを取り戻そうとしている。

「我々は気付けなかった。あの世界は光が強すぎたのだと、誰も気が付かなかったのです。バランス、という言葉の意味を自分達の都合の良いものとした。光が強い世界では、闇に傾かねばバランスは取れないというのに。だからあの子は…」
「…堕ちるしかない、ということか」
「ここでは色々なことが見え、知ることが出来ます。過去も未来も何もない。そしてそれを彼らに伝えることは出来ない。決して。ただ見て知るだけなのです。……マスター。正直貴方が来てくれて私は嬉しかった。不謹慎なのは判っています。ですが嬉しかった。…これから起こることを一人で見るのは…正直辛い」

これから起こることはあまりにも残酷だ。悲劇の時代。たとえそれが再生の為の破壊であったとしても。産みの痛みであったとしても。クワイ=ガンといえど、直視するには辛すぎるものだった。

ここはあまりにも残酷な空間なので、皆、すぐにフォースへと溶け込んでしまう。クワイ=ガンは幾人ものジェダイ達を見送った。これからもっと多くの者達を見送るだろう。それでもクワイ=ガンはここに留まることを決めていた。しかし挫けそうでもあったのだ。そんな時にドゥークーが還ってきた。

「すまなかった。いや、勘違いはしてくれないでおくれ。この謝罪は過去へのものでは無い。今、そのような話をさせてしまったことへのものだ。…私はここに居てもよいのだろう。君の傍に」

ドゥークーは改めて自分のパダワンであったクワイ=ガン・ジンという人の強さを思った。
そして締め付けられるような切なさを感じた。昔のように抱き締めても良いだろうか。かけるべき言葉など自分にあるはずもない。せめて、抱き締めてやりたい、と。



ドゥークーはクワイ=ガンをそっと抱き締めた。昔日の思い出より互いに年老いているが、その実何も変わってはいないように思えた。

抱き締め合う二人の輪郭がぼやける。昔日の姿が重なるように。










FIN