ARCADIA
目指したものは理想郷だった。
メガトロンは長い回廊を足早に歩いていた。その歩みは決して軽やかではなく、重く硬く周囲にその足音を響かせた。彼は怒りをその身のうちに抱えていた。よくも今だ抑えられているものだと、自分の忍耐を称えたくなるほどだった。
メガトロンはセイバートロン星の防衛司令官という地位にある。彼の性質、性格からはとても似合いとはいえない地位だが、その地位における彼の働きは見事なものだった。
彼は誰かに仕えるような人物ではない。それが周囲の見解だった。また何かを護る為に彼が動くなどと誰も思わなかった。メガトロン自身そう思っている。そう、その護るべき対象が彼でなければ、メガトロンは決してその話を振られた時、諾と頷かなかっただろう。メガトロンが傅き護ると決めたのは彼だけだ。
彼――オプティマス・プライムが国家元首となり、そうしてメガトロンに防衛司令官になって欲しいと請うた時、何故だと問うと彼はやわらかく笑み、そうして言った。一番傍に居て欲しいのだと。
それは滅多に口にすることの無い彼の願いだった。そうなるとメガトロンは叶えざるえなくなる。たとえそれが自分の本質を曲げることであってもだ。
今、メガトロンを抑えているのはその気持ちだけで、しかしそれももう限界に近かった。
防衛司令官という地位は国家元首に近く、それは大切だと思う相手をすぐに支えてやれる素晴らしい利点であるが、それ故に見たくもないものまで見えてしまう。
セイバートロン星の中枢は彼が想像していた以上に酷い状態だった。腐っているのではなく、もはや腐りきっていたのだ。議会はろくに機能してはいなかった。中枢の者達は己の権力と保身のことしか考えていない。
防衛司令官たる自分がどれほど防衛の為に軍事面での充実を訴えようと、国家元首たるオプティマスが民の為の政策を提案しようと、彼らは受け付けようとはしなかった。のらりくらしと交わしては、時に苛烈にこちらを批判してみせた。
兵士達は傷付き倒れ疲弊し、民達は理不尽な政策に苦しめられる。一部の権力者達だけが肥え太っている。
連中はメガトロンのことを野蛮で粗雑で愚かだと評し――それだけならばまだ怒りを押さえ込んでいれたかもしれないが、そのことについてオプティマスが言及されているのを見た時、メガトロンはもう黙ってはおれぬと感じた。
自分も貶められているのにも係わらずメガトロンの弁護をする彼のその顔は、プライベートでは決して見せたことのないものだった。彼がそんな顔をして良いはずがないのだ。
彼はその名の下、大いなる理想を求めそうして実現できる者だ。そうして自分はその為ならなんだってしてみせるだろう。共に、と伸ばされ掴んだ手の感触は今なお忘れることはない。
そう。彼の理想の障害となるものは排除すべきなのだ。メガトロンはまだどうにかなるかもしれない、と考えていた自分を嘲笑った。あの薄汚い連中に最早手の施しようなどないのだ。
彼は元首に相応しい権力を得なければならない。そうしてそれを与えてやれるのは自分だけだ。
全てが終わった後に開ける世界はきっと、いや絶対に素晴らしいものだろう。
メガトロンは重厚な扉を開いた。
今日もまたくだらない愚かな会議が始まるのだ。
中央に座するオプティマスがこちらを見た。メガトロンは自分を見つけて穏かに安堵の表情を浮かべる彼に、力強く笑んで答えた。
もうすぐだ。もうすぐ全てをお前にくれてやろう。
メガトロンはそう静かに決意し、ゆっくりと密やかに動き出すのだった。
FIN