クレイジー・スター





静かだ。バリケードは思った。このような場所にあって静けさを感じることなど有り得ないことである。しかしここは確かに静かだった。誰も何も言わず、身動きひとつせず、ただ固唾を呑んで目の前の光景を見ている。否。魅入っていた。
バリケード達はディセプティコンズとオートボッツがぶつかり合っている戦場より少し離れた巨大な岩陰に居た。彼らはスタースクリームの救済に来ていたが、メガトロンの合図があるまで待機を命じられていた。彼らより戦場に近い上空には空中破壊兵コンドルがおり、つぶさに戦況をメガトロンに伝えていた。

バリケード、ブラックアウト、ボーンクラッシャー、デバステーター、フレンジー、スコルポノックはスタースクリームをリーダーとしたチームを組んでいた。組んでいたというよりは組まされていた、と言った方が良い状態で、衝突の耐えないチームだった。
壊滅的にチームの連携が取れない。今までなんとか任務を全うしてこれたのは、個々の能力の高さだけで、それももう激化してきた戦いに通用しなくなってきている。
しかしそれよりも先に同士討ちでチームが壊滅する方が早いかもしれない。特に険悪なふたり、スタースクリームとブラックアウトはお互いにそろそろ限界が近いようだった。そしてふたりが本気でぶつかった場合、他のメンバーはブラックアウトに付くだろうと、バリケードは考えていた。

そもそも最初からスタースクリームはその力を認められてチームリーダーになった訳ではなかった。開戦前からメガトロンの副官であったから実力も無いのに航空参謀という地位を与えられている、というのがディセプティコンズでの彼の評価だ。彼の前歴が科学者であったということも、軍人や荒くれ者が多くを占める組織では余計に軽んじられる要因のひとつだった。
それはバリケードも同様ではあったが、彼はそれなりの要領の良さがあり、あまり周囲との諍いを起こすのを良しとしなかった。戦うのは好きだが、面倒事は御免だった。彼の思考回路は喧嘩と軋轢をしっかりと区別していた。
しかしスタースクリームは違った。彼は火種を自分から大きくしている。確かに人付き合いの下手な男ではあったが、ここまで酷くなかったと、バリケードは思った。
環境が違いすぎるのだ。昔と今では。科学者であった頃や、軍に入ったとはいえメガトロン付きの副官をしていた頃は、周囲はスタースクリームのことを性格には難があるが非常に優秀な奴だと認めていた。その頭脳の優秀さは勿論のこと、厭味な物言いや慇懃無礼な態度も能力のひとつとして認められていたのだった。
しかし今は違う。それらは全て裏目に出ている。ディセプティコンズの多くは良くも悪くもシンプルな思考回路を持っている。強さを至上とし、戦いこそが全てを決める手段だ。そんな彼らにスタースクリームは異質な存在として映った。彼と戦闘に出て力を見極めようとする者もいたが、彼らは一様にそこまで評価されるような力はスタースクリームには無い、と嘲るのだった。
そしてスタースクリームは自分を理解、評価しない彼らに隠しもせずに見下した態度を取っていた。
溝は深まり、壁は厚く高くなるばかりだった。
そしてそれは今のチームに配属されても変わることはなかった。

仲が悪いのは構わない。私情を挟まないで欲しい。それがバリケードのささやかな願いだった。誰が死のうと構わない。しかしこんなことでチーム全体が壊滅に陥ったり、ディセプティコンズが不利になるのは愚かしすぎる。
バリケードがメガロトンに進言したのはつい先日のことだった。
配属を変えて欲しい、若しくは連中に何か言ってやって欲しいと言ったバリケードにメガトロンはアレも困った奴だと言い、そうして頷いたのだった。

その結果が現状だった。
スタースクリームは満身創痍になり酷い有様だった。すっかりオートボッツの軍勢に囲まれている。すでにスタースクリーム以外で動いているディセプティコンズはいない。皆、倒れ伏している。壊滅状態だった。それはそうだろう。今回の作戦はあまりにも無謀だった。大帝自らが立案したものでなければ誰も従わなかっただろう。無謀ではあるがそれだけに見返りも大きい。
スタースクリームを隊長にしたごく少人数で、オートボッツのある一大隊を相手にしろというそれは、簡潔に言うならば玉砕しろというものだった。非常に結束力が固く統率が取れており強いと評判のその大隊に、何度ディセプティコンズは煮え水を飲まされたことだろうか。
その命令が下された時、ほとんどのディセプティコンはメガトロンがスタースクリームを見限ったと思い、歓喜した。隊を組まされた者達は絶望した。
当然、ブラックアウト達も喜んでいた。あからさまに嘲りの言葉を投げかけたが、その時不思議なことにスタースクリームはそれを受けて流していた。バリケードはそれをメガトロンに何か言われたのだろうと、静かに見ていた。
彼が生還したら、きっと何か言ってくるに違いない。それをバリケードは少し聞きたいと思った。叶うかどうかは分からなかった。

咆哮が響いた。はっとバリケードは意識を戻した。
オートボッツに囲まれていたスタースクリームが上げたその咆哮は、それなりに距離の開いている彼らにも届いた。巨岩がビリビリと震えている。
みなの見ている視線の先で、スタースクリームは動いた。機体のあちらこちらが損傷し、装甲は剥れ、内部組織がすっかりと露になっている部分もあった。何の液かもう分からないほどあらゆる部分からオイルや潤滑油、冷却水などが流れ混じり滴っている。駆動系統にも障害は出ているはずだ。千切れ飛び出たコード類から火花が散っている。重症、と言っていいだろう有様だったが、それからのスタースクリームの動きは凄まじかった。
たった一機である。相手は歴戦のつわものとして評されている連中だ。それらが次々に壊され倒れていった。
スタースクリームはまず変形し、上空へと駆け上がった。有り得ない速さだった。とてもではないが追いきれるものではない、とバリケードは思った。他の連中もそうだろう。
オートボッツの攻撃は的を捉えきれず空しく虚空へと消えた。そしてそんな信じられないような速度を保ったまま、スタースクリームの放つ攻撃は次々に命中していく。凄まじい射撃精度だった。一体、二体、とオートボッツがスパークを散らしながら倒れてゆく。
そうやって上空から全て消し去るかと思ったが、やはり相手は相当手強かったようだ。その速度に慣れたのか攻撃がスタースクリームを掠めだした。すでに損傷の激しかった右翼を重点的に狙われ、とうとうスタースクリームは飛行形態を解き、地上に降りた。その顔に全く悲壮感は無かった。その手でぶち壊す為に降り立ったのか、と思うほどの表情だった。
オートボッツはすでに10を切っている。先に動いたのはスタースクリームだった。彼は地上においても優れたスピードを誇っている。一見無茶苦茶に動いているように見えるが、バリケードには彼が計算して動いているのが分かった。自分の得意な戦い方だからだ。スタースクリームは冷静だった。オートボッツが一体、一体、その数を減らす。
後、四体。オートボッツはもう容易に彼に近づかない。
スタースクリームは使い物にならなくなった左腕を引き千切り、一体のオートボットに投げつけた。オートボットが避ける。その隙をスタースクリームは逃さず距離を一気に詰めた。胸の装甲を貫き、スパークを抉る。ほんの一瞬の出来事で、他のオートボッツが反応出来たのはスタースクリームが死体を盾にした後だった。盾にしたまま、また一体、その胸のスパークを正確に撃ち抜いた。
後、二体。怯えの入った一体は呆気なかった。逃げようと背後を見せた瞬間に撃ち抜かれた。しかしスタースクリームも無事ではなかった。残りの一体の攻撃が右脚の関節部分を撃ち抜いた。ぐらりと身体が崩れる。行くべきか、とバリケードは構えを取ったがすぐにそれは解かれることとなった。
スタースクリームは体勢を崩しながらトランスフォームし、今にももげそうなぼろぼろの右翼といくつかの穴の空いた左翼のまま急上昇した。そして残りのオートボットの攻撃を食らいながら急降下し、砲撃を浴びせる。オートボットの砲撃はすぐに止んだが、スタースクリームの砲撃は彼が地上に降りるまで止まることはなかった。その着地はほとんど激突だった。離れた位置にいるバリケード達にもその着地が酷いものだとよく分かった。

行くぞ。
バリケードは隣に居たブラックアウトの肩を叩き、駆け出した。メガトロンの命は無いが、問題ないだろう。他の連中も皆、付いてくる。メガトロンの命に忠実なブラックアウトとスコルポノックの気配だけがその場から動かず、バリケードは肩に乗せたフレンジーに向かって苦笑した。フレンジーはやれやれと肩をすくめた。

スタースクリームの状態は案の定、酷いものだった。両翼は最後の無茶でもげてしまっている。左腕は無い。そこら辺のスクラップに交じっているだろう。右脚も膝から下が無くなっていた。機体の損傷は激しく自己修復は無理だろう。声帯もやられているかもしれない。バリケードはとりあえずスタースクリームに話しかけた。
「生きているか、スタースクリーム」
「・・・ギッガッガ・・みれば、わか、る・・・だろう・・・ガッ!」
「非常に残念だが、見たところで生きているようには思えん」
「いいたい・・・こと、ある・・あと、だ・・・グッ」
「そうだな」
バリケードはスタースクリームとの話を中断させて周囲を見回した。誰かに運ばせなければならないが、誰が良いだろうか思案する。
「俺が連れていこう」
ボーンクラッシャーだ。
「ひとりで大丈夫か?」
スタースクリームはかなり大柄だ。ボーンクラッシャーひとりではこれ以上損傷を広げずに運輸するのは難しく思えた。
「俺も手伝おう。一番の適役はアレだからな」
デバステーターが手を貸す。ふたりの大柄なディセプティコンによってスタースクリームがゆっくりと比較的丁寧に運ばれていった。
一番の適役と呼ばれたブラックアウトがのろのろと岩陰からこちらへ向かって来た。メガトロンの命が出たのだろう。バリケードの隣に立ち、じっと三人を見ている。

その姿を見、バリケードはああ、これがメガトロンの本当の策だったのだと知った。
スタースクリームに本気を出させ、その力を彼を侮っている連中に見せ付ける。これからは周りの評価は変わるだろう。まあ、彼の性格からして別の問題が持ち上がるまでの僅かな時間だけかもしれないが、それでも効果はあるだろう。
バリケード自身、今回のことに関しては感心していた。あれほどの強さを誇るとは知らなかった。
しかし力を見せ付けるのは好きなくせに、全力を出すのを嫌うスタースクリームを動かすにはこうするしかないとはいえ、ずいぶんとメガトロンも無茶をするものだ。それだけメガトロンはスタースクリームのことを買っているのかもしれない。
ならば口に出して言ってやって欲しいものだ、とバリケードは肩をすくめた。隣で何も知らないはずのフレンジーが同じように肩をすくめて笑う。
「やれやれダナ」
「全くだ」

瓦礫の山となった戦場跡を見回す。僅かながら生命反応がいくつかあった。ディセプティコンズのものだ。今回の作戦の犠牲者の何体かは生きているようだ。
さて、連れて帰るべきか、放っておくべきか。放っておいたらその内死ぬだろう。
バリケードはメンバーのデータを引き出した。なるほど、放っておいた方が良さそうだと、メガトロンの人選に納得した。改めて見事なものだ、と感嘆する。

「さあ、俺達も帰るぞ。ブラックアウト、乗せていけよ」
にやりと笑いかけると、ブラックアウトはふんと鼻を鳴らした。
どうやら先に行った三人より先に戻れそうだ、とバリケードとフレンジーは顔を見合わせ笑った。





FIN