Beautiful Dream
機械生命体は夢を見ない。見るとすれば望みも願いも含まないただの記憶だ。起こり過ぎ去っていったかつての事実が、静かに淡々と再生される。
・・・過去が美しければ、彼らの夢は美しい。
「オプティマス」
呼ぶ声が違う。
ああ、そうか。オプティマス・プライムは自分が過去のメモリーを再生させていたのだと知った。そうして自分の現状を把握する。酷い有様だった。
明るい部屋だ。白い。何度か訪れたことのある。その度にこの声の主が居た。そう。今も、心配そうにしかしその目に怒りを滲ませて自分を見下ろしている。
再起動し、目を覚ました自分を見て、彼は大げさに息を吐いた。
「ラチェット」
ゆっくりと彼の名を呼ぶ。発声回路は無事のようだ。しかし続く言葉は無い。いつもそうだ。こういう時、何を言って良いのかオプティマスには分からなかった。謝罪の言葉は違うともう随分前に諌められてしまった。
「ご加減はいかがですかな?」
「ラチェット・・・」
「貴方を発見し、ここまで運んできたのはアイアンハイドとその部下です。心得たもので人目にはほとんど付いていない」
「そうか」
オプティマスは少しだけ安堵した。オートボッツの総司令官としてこのような姿をあまり晒すべきではない。上に立つ者のこのような姿は、苛烈な戦いを生きる者達をいたずらに不安がらせてしまうだろう。
「なら・・・良かった」
「何も良くはありません。ご自身の有様をご覧ください」
「そうだな。・・・しかし生きている」
オプティマスはそう言い、少しばかり微笑んでみせた。ラチェットは再び大げさに溜め息を付いた。
「全く。・・・当然のことですが、これだけの損傷です。リペアに時間がかかりますがよろしいですね?」
「嫌だと言っても聞いてもらえないのだろう?」
「当然です」
ラチェットはにこりともせず頷いた。しかし機嫌は回復したようだ。それが表面的なものであっても。
「腕の再生を先に行うので、オプティマス。もうしばらくお休みください」
ラチェットがそう言い、もがれた腕を見せた。それは存外に綺麗な状態だった。彼の手にかかればすぐに元通りになるだろう。
しかしオプティマスはその言葉に首を振った。
「いや・・・それはもう必要ない」
オプティマスは視覚センサーを落とした。消えた青い光は何を見ているのか。ラチェットはそれを知っているが、何も言わず次の言葉を待った。あまり良い予測は出来ず、出来るのならばこのままオプティマスを強制的に休眠状態にしてリペアしてしまいたかった。しかしそれも出来るはずもなく、光の消えた瞳をじっと見つめていた。
しばらくして光が灯る。その輝きを見て、ラチェットの論理中枢はひとつの結論を導き出した。諦め、である。
「その腕はもう良い、ラチェット。丁度良い。・・・強化、しよう」
「・・・賛同しかねます」
「ラチェット」
「今更私が言うことではないでしょうが、すでに貴方の武器システムは許容をオーバーしてます。これ以上は危険過ぎます。医者として許すことは出来ません」
ラチェットはつい口調をきついものにしてしまった。しかしオプティマスの言ったことは本当に危険なことだ。出来ることならば阻止したい。
そんなラチェットにオプティマスはただ首をゆるく振ることで答えた。
「これ以上のシステムの搭載は確実に命に関わります。負担が大きすぎる。適応率も下がるばかりです。我々の身体は万能ではありません。・・・限界は超えられないのですよ」
「命に関わる、か」
「ええ。ですからおやめください。・・・貴方は十分お強い」
「ラチェット。この有様を見てそう思うか?」
「オプティマス・・・」
「私はすでに死んでいる。殺されたも同然だ。生きているのは・・・気紛れでしかない」
確かにその通りだろう。ラチェットの論理中枢はその言葉に同意した。しかし当然のように感情を司る部分が否定をする。高度な機械生命体である彼らは矛盾した感情すら持つ。
そして思考するのだ。気紛れ。果たしてそうだろうか、と。メガトロンは気紛れでオプティマスを生かしたのだろうか。ラチェットは思う。きっと違うだろう。そしてオプティマスはそのことに気付いている。認めはしないだろうが。
これは不幸か、もしくは幸福か。幸福であれば良い。
「例え気紛れであろうとも貴方は生きておられます。このような状況にあって言うことではありませんが。・・・その命どうか大切にしてください」
「勿論だ、ラチェット。勿論だとも。だからこそ、私は強くならなければならない。このままでは勝つことは出来ないだろう。そしてそれは私の死を意味する。・・・私は強くならねば・・・駄目なのだ」
「・・・」
「大丈夫だ。私の身体はまだ耐えられる。両腕を・・・そうだな、パルス砲は強化することすれば少しは負担もマシになるだろう」
なあ、ラチェット?
その声は反則です。ラチェットは思った。オプティマスは決めてしまった。普段見せる少しばかりの優柔不断さは消え、もう何を言っても意思を曲げることは無いだろう。
こうなるとこちらが折れるしかない。ラチェットは過去の経験から嫌という程知っていた。
すでにラチェットの演算回路は素晴らしい速度であらゆる可能性を探る為に働き出している。オプティマスを生かす最良、最善を求める。
「駄目です、と言ってももう貴方は聞いてくれないのでしょうね」
「・・・すまない」
その顔は深い憂いに満ちていた。ほとんど表情など変わらないはずなのに、オプティマスは驚くほど豊かに表現してみせた。
ラチェットは再び溜め息を付いた。表に出さずスパークの中でこっそりとだ。
そしてぴしゃりと言った。
「謝罪はいりません」
「・・・」
「アイアンハイドに相応しいものを探させましょう。彼なら最も負担の少なく、最も強力なものを探し出してくれるでしょう」
「ああ」
「彼のお相手は貴方がしてください。きっと盛大に説教されることでしょう」
「そう・・・だな」
「ちゃんと聞いてやってくださいよ」
「ああ。勿論だとも」
「・・・負担をかけるものは出来る限り排除させていただきます。腕は・・・しばらくの間そのままでいていただくことになるでしょう」
「大丈夫だ」
「いいえ。いいえ、オプティマス。貴方にはこのまま休眠していただきます」
「ラチェット」
「私は言いましたね。負担をかけるものは排除する、と」
「どうしてもか?」
「はい。・・・これは譲れません」
「・・・問題が起きた場合は」
「本当はそれでも眠っていていただきたいのですが、起こしましょう。必ず」
「・・・頼む」
「はい。しばらくの休息を」
ゆっくりとオプティマスの身体から力が抜けてゆく。スリープモードに入りかけの彼にラチェットは語りかけた。聞いているのか、聞いていないのか。どちらでも良かった。独り言のようなものだ。
「私は貴方を生かす為に貴方の無茶を聞いたのです。死なす為ではありません。・・・死なせはしない。たとえそれを貴方が望もうとも。それは許しません・・・オプティマス。どうか生きる為に生きてください」
オプティマスの両目はすっかりと光を失っていた。その痛々しい無残な姿と相まって、まるで死んでいるようだった。
こんな姿は見たくはない。例え生きていようとも。しかしラチェットは分かっていた。自分が自分である限り、これからも数限りなく見るのだろうと。
溜め息を付く。今度は呼気として外に出した。軽く頭を振りかぶり、扉に向かった。灯りを消した部屋は真っ黒だ。視覚センサーがぼんやりとオプティマスの姿を捉える。一度その姿を見、ラチェットは部屋を後にした。
古き友の下へと向かう足取りはどこか重かった。
FIN