愛のカタチ





その感情をどのように処理していいのか、オプティマスには解らなかった。明日の戦いを予測するとスパークが打ち震える。
あの男との決着を付ける。それはどちらかのスパークと引き換えにして成される。最早、対話は意味を持たないものと成り果てた。

オプティマスは空を見上げた。荒れ果てた地上と違い、それはかつてのままうつくしい。そして思うのだ。そのうつくしい空を支配するあの男は、何も変わらぬのだろう、と。
人々は言う。彼は変わったのだと。オプティマスはそれに異論を唱えはしなかった。頷く面の裏で静かに思考した。自分達はなにも変わらず、かつてのままに殺し合っているのだ、と。

問題は何も解決せず、ただ大きくなっていった。彼に対する怨嗟の声は日に増し、膨れ上がっている。最早、民衆の中の彼は防衛司令官ではなく、悪である破壊大帝と成った。いずれ、そう遠くないうちにひとつの二つ名は忘れ去られてしまうだろう。人々は忌まわしい記憶として、回路の奥深くに封じていく。
同じようなことはオプティマスにも言えた。オートボッツに組するものが彼に矛先を向けるように、ディセプティコンズに組するものにとってオプティマスは最大の障壁なのだ。彼らは隠すことなく嘲りと侮蔑の言葉を向けてくる。

それで良い。それがオプティマスの思いだった。
最早、相容れぬのならば下手に情を持つことは、哀しい。敵は敵。味方は味方。垣根を越えた先にあるのは悲劇のみ。怒りを向ける方向を間違えてはならない。
そして象徴として膨れ上がった怨嗟と憎悪を受け止めるべく、自分とあの男がいる。彼はそのようなことを考えていないかもしれないが、どちらにせよ、この戦争の決着はどちらかのスパークの消滅で終わらなくてはならない。渦巻く怒り哀しみを道連れにして。
仕方が無いこととはいえ、オプティマスはもう彼に対する醜い怨嗟を聞きたくはなかった。死によって救われるなどとは考えていないが、声を止まさせる為にオプティマスが導き出した答えは、どちらかの死だ。

決着を、付けよう。
私はこの手でメガトロン、お前を殺す。
オプティマスは静かに決意した。
見上げた空は変わらずうつくしく、深い紫紺に煌く光を湛えているのだった。


*****


「オプティマスを知らないか」
アイアンハイドがラチェットのラボを訪れた時、彼はせわしく動いていた。邪魔かと思いながらもその問いは、アイアンハイドにとって何よりも優先すべきことだった。
「お前が探して見つからないのなら、私が知っている訳が無いだろう」
予測していた答えだ。微かなパーセンテージに賭けたがそれはあっさりと破られた。
「・・・そうか」
「ああ。私は忙しい。用が済んだらさっさと出ていけ」
「もうひとつの用がある」
アイアンハイドは溜め息をひとつ付いてから、言葉を続けた。ラチェットが手を止め、振り返る。
「私にか?」
「ああ」
その言葉にラチェットはふん、と呼気を吐き出した。どうせ碌でもないことだろうという態度を隠さずに、腕を組み、背後の棚に軽く凭れる。
「あまり聞きたくはないな」
「そう言ってやるな。予測はついているのだろうが、医療班の連中からだ」
「お前こそ予測はついているのだろう。私が何と返すか、な」
「あまり連中に心配を掛けさせてやるな。・・・どうせまた前線に出るのだろう」
「ふん。私は私を最も必要としている者のところに行くだけだ。他の誰が赴くよりも、私が行く方が被害が最も少なくて済む。チームにとっても、患者にとってもな」
ラチェットの言うことは正論だ。しかし後方に控える者達には解らないだろう。そしてそんな彼らの言うこともまた、正しい。
アイアンハイドは再び溜め息を付いた。
「とりあえず、俺は言ったからな。・・・お前は優秀な医者だ。前線に居てくれて素直にありがたいと思う。しかしいざという為にお前は生きていなければならない、それを忘れるな」
「もう何度目だろうな。数えるのも飽きた。生きるさ。アイアンハイド、お前も生きろよ。スパークを失くした者は私でも助けることは出来ないのだからな」
「生きるさ」
アイアンハイドはそう言い、ドアへと向かった。生きなければならない。しかしアイアンハイドは知っていた。時に死ななければならないこともあるのだと。そういう時が来なければ良い、そう思わずにはいられないほどそれは常に思考に付きまとうのだった。

「アイアンハイド」
背に声を掛けられ、アイアンハイドは足を止めた。振り向きはしない。
「オプティマスはおかしなところが器用だな。昔からそうだった。お前が不器用なのかもしれないがな。彼はちゃんと陣地内にいるから安心しろ。放っておけば良い」
「ラチェット」
「お前は心配し過ぎだ」
「お前は突き放し過ぎだ」
アイアンハイドが振り向いた。二人の視線が合わさる。どちらも動かなかった。じっと睨み合う。しばらくして動いたのはアイアンハイドだった。背を向け、ドアに向かう。開いたドアにその身体を潜らせた時、再び背後から声がかかった。今度は足を止めなかった。ドアの閉じる音が聞こえる前に届いたそれに、アイアンハイドは苦く笑った。
「もう少しで帰ってくるから、大人しく待っておけ」

どうやらオプティマス・プライムは自分のセンサーを逃れる術に長けておられるらしい。
ラチェットの言う通り、心配し過ぎの結果だろうが、きっともう変わることは出来ないだろう。何時だって自分は彼の姿を求めているのだ。
アイアンハイドはオプティマスの私室に向かいながら、本日最大の溜め息を付いたのだった。





FIN