裏切りについて;野心家と嘘吐き





珍しいこともあるものだ。
フレンジーはブリッジを出て行く二人を見ながらそう思った。
出て行く、と言っても二人は連れたっている訳ではない。ずるずると引き摺られているディセプティコンは無残な有様で、詳細をスキャンしなくともそのダメージの大きさは予測出来た。ちらりと見えたアイセンサーに常の赤い光は無かった。
あの状態からの回復は自己修復では追いつかないかもしれない。出来たとしても相応の時間が掛かるはずだ。
面倒なことだ。フレンジーは周囲を見回し肩を竦めた。ブリッジは酷い有様だ。あちらこちらで煙を上げ火花を散らし、内部を露呈させている。重要な部分がいくらかやられているかもしれない。完全な破壊は免れたようだが、それも少しの気休めのようなものだ。船体は宇宙空間にすっかりと停止してしまっている。よくもまあ、これで無事でいれたものだ。周囲の損害は酷いが、フレンジーや他のディセプティコンは特に重要な損傷はない。これなら船の修復もそう時間は掛からないだろう。

「フレンジー」
これからの修復に掛かる無駄な時間を算出しうんざりとしていると、ブリッジの扉の前に立った男から声が掛かった。威圧的で高慢で甲高い神経回路に触る声だ。
「なんだ、スタースクリーム」
フレンジーは苛立つ感情を抑え、なんでもないように答えた。厭味のひとつやふたつ言いたいところだが、これ以上この男の機嫌を損ねることは愚かな、実に愚かなことだった。フレンジーは己の無礼さが許される時と許されない時をしっかりと弁えている。
「俺が戻ってくるまでに直しておけ」
そう言ってスタースクリームは踵を返した。そのまま扉を潜るかと思われたが、腕をぐっと持ち上げる。引き摺っていた機体が宙に浮いた。フレンジーはこちらに投げるか、と思ったがそれは違った。スタースクリームはそれを肩に担ぎ上げ、歩き出した。
扉が閉まる。フレンジーははぁ、と呼気を吐き出した。ゆっくりとはしていられなさそうだ。

「しゃあねぇ。ブラックアウト。ボーンクラッシャー。デバスティター。首領様の仰せだ。さっさと直すぞ!」
後ろを振り返りそう宣言する。のろのろと動き出す大型機達の姿にさっさとしやがれ!と渇を入れ、フレンジーはまずメインコンピューターの修復に取り掛かった。
そしてそれぞれ修復に取り掛かる大型機を見、その大人しさに微かな違和感を覚えた。こういう時一番に不平を言うブラックアウトですら、黙々と作業に掛かっている。
在りもしない罪悪感でも持ったのか、スタースクリームの常にない異常な剣幕に引いたのか、それともバリケードの切れっぷりに驚いたのか。まあ、どうでも良いことだ。フレンジーは思った。とりあえず今は大人しく修復に掛かってくれるのは有難い。
バリケードの状態は酷いものだが、スタースクリームに任せておけばスパークの保障だけは出来るだろう。彼は自身にとってのあの存在の重要性を知っているはずだ。絶対に必要な訳ではない。居なくともやっていけるだろう。しかしこのネメシスでバリケードを失うと、彼に対する風当たりは今以上のものとなることは確実だった。それを気にするスタースクリームではないが、面倒は避けるに越したことはない。流石に四面楚歌の状態が続くのはまずいと分かっているはずだ。
それ以外の理由の有無はフレンジーにとってどうでも良いことだ。自分にとってもバリケードは価値がある。死んでしまっては困る。死なせない為にスタースクリームに託すのは間違いではない。

まったくどいつもこいつも、厄介な連中ばかりだ。フレンジーは溜め息を付きながら、せわしなく指をコンソールに走らせた。





スタースクリームはラボに向かわずに、自室へと向かった。中に入り寝台へと担いでいた機体を放り投げる。硬い金属同士がぶつかり、がしゃんと音が室内に響いた。寝台の機体はその乱暴な所作にもぴくりとも動かず、だらりと四肢を投げ出していた。視覚センサーに光は無く、身体のあちらこちらで火花が散っている。逆方向に曲がった関節。もげかけた腕。傷付き抉れ壊れた外殻。露呈している内部組織はところどころ焼け爛れ、黒い煙と嫌な臭いを発していた。黒い機体からいくつものコードが飛び出している。破損箇所から零れ出る液体がじわりと寝台を濡らしていった。
壊れた胸部の装甲から、青い光が滲み出ている。酷く弱々しい。スタースクリームはそう感じた。寝台の端に腰を下ろす。バリケードは小さく、寝台には十分な余裕があった。

しばらくスタースクリームはバリケードを眺めていた。
やりすぎたとは思わないが、我ながら良くやったものだ。そういえばブリッジも相当な状態になっていたな。手加減はしなかった。する必要もなかった。なぜなら切れて攻撃を仕掛けてきたのはバリケードの方で、彼は常の冷静さを無くしていた。船内の破壊を止める為、という名目がスタースクリームにはあった。
それに・・・スタースクリームはバリケードが自分に歯向かった時、徹底的にやり込める必要があった。それこそどのディセプティコンを相手にするよりもだ。

スタースクリームはバリケードの胸部へと手を伸ばした。破損の激しいそこは少し力を込めただけであっさりと開き、内部を露にした。スパークは青く輝いている。それには触れず、周囲に渦巻く多くのコードの中のひとつを摘まみ、引き摺り出す。特に太いそれの先には受容器が付いている。外部からエネルギーを摂取する為のプラグだ。
それを右手に持ったまま、左手で自身の胸部を開き、中から同じようなコードを取り出した。両手を近づけ、ふたつのプラグを繋ぐ。しっかりと繋がったのを確認し手を離した。コードが黒い機体に落ちる。やはりバリケードは身動ぎひとつしなかった。
その姿をアイセンサーに映しながら、スタースクリームは内部でエネルギーの精度を高め、それを物言わぬ機体にゆっくりと送った。

しばらくして、バリケードのアイセンサーに弱々しい赤い光が灯った。すこし点滅していたが、すぐに安定する。
「・・・スター、スクリー・・・ム」
その光が隣に居る男の姿を捉え、バリケードはその名を呼んだ。発声装置に損傷があるのか、ひどく掠れノイズの混じった聞き取りにくい声だ。
その全てが弱々しく憐れだ。そして愚かしい。スタースクリームは明確な侮蔑と、憐憫に似たものを感じた。そして口を開く。
「バリケード」
返事は無い。しかし認識はしているだろう。聴覚センサーは無事なようだ。
「何故楯突いて来たかというのはこの際どうでも良い。貴様の考えなど必要無いことだ。貴様がどう思うかなど、関係無い」
バリケードはスタースクリームの言うことに諸手を挙げて賛同することはないが、はっきりした反論をすることもない。他のメンバー全員が異論を唱えるようなことでも、バリケードは少し引いてスタースクリームに同意した。結局のところ、いくらスタースクリームに歯向かったところで、最終的には武力によって捻じ伏せられることをバリケードは理解し、そして彼に楯突くことを無駄なこととしていた。今のところは。
しかし、稀に、ごく稀にだが、確かに譲れないこともあるのだ。今日のように。
それを知っていながら、スタースクリームはあえて言った。無駄なことだと。
バリケードは鈍った論理回路で思った。まったくその通りだと。

スタースクリームは繋いでいたプラグを離した。エネルギー供給が止まる。生命維持には十分な量は与えた。しかし意識を保つには辛いだろう。バリケードのアイセンサーの光がゆらゆらと揺れる。
「バリケード。お前は俺には勝てない。絶対にな」
ゆっくりと赤い光が瞬く。
「お前も勝てないと分かっているのだろう?・・・無駄だと知っているのだろう?」
むき出しのスパークに手を伸ばす。壊れ物を扱うように、スタースクリームはそれにそっと触れた。
「敵わぬものに歯向かうな。お前は俺を裏切るな」
赤い瞬きが速くなる。スパークはほんのりと暖かい。
「お前は絶対に俺には勝てん。だから、裏切るなよ、バリケード」
フッと赤い光が消える。その一瞬、スパークが揺らめき、スタースクリームは手を離した。そしてもう一度見た。それは何も無かったように、変わらず弱々しい光を放ってバリケードの胸部に収まっていた。
再び、手を伸ばした。胸部を閉じる。少しずつだが確かに修復されている。
スタースクリームは胸部に置いた手を破損だらけの機体に滑らせた。特に酷い部分に掌から直接エネルギーを送る。装甲が見る間に癒されいく。
しかしスタースクリームに出来るのはここまでだ。内部はバリケード自身が治すしかない。フレンジーなら内部を治療出来るが、彼は今ネメシスの修理で忙しいはずだ。

「・・・お前は俺に勝てないんだ、バリケード」
装甲の傷に指を走らせながら、スタースクリームは小さく呟いた。
だから俺を裏切れば、お前は死ぬしかないんだ。

「裏切るなよ」





FIN