歌とロボット





ソファに腰を掛ける。手作りのそれは、オプティマスの重量を受け止め、たっぷりと沈み込んだ。
オーディオをオンにし、視覚センサーを閉じる。室内をゆるやかに音が流れ出す。

オーディオはあの陽気な副官が用意したものだ。彼はご丁寧にも全員分を揃え、私室に設置していった。それぞれが好みそうな音楽が入ったデータファイルを添えてあり、彼がいかにこの星の音楽を気に入っているのかが窺い知れた。
オプティマスに贈られたものは、所謂クラシックと言われるジャンルのものだった。今流しているものは、その中でも人の声を主体としたものだ。独唱、アリア。一つの声帯しか持たぬ人間がそれだけで歌い上げる。もっと複雑でもっと洗練された音楽を知るオプティマスだが、それに引けを取らぬ感銘を覚えた。
聴覚センサーが拾う音は、決して完璧ではない。しかしどうだ。この心地良さは、うつくしさは。スパークが穏かに共鳴するようではないか。
オプティマスは音に身を任せた。落ち着いたテノールが神経回路を抑制し、様々な中枢回路の働きを緩やかなものにしていく。この星に来て、ようやく手に入れた安寧の時間だ。

それは人間で言うところのまどろみに似ていた。



男が来たことにオプティマスは気付いていた。鈍ったセンサーがそれでもその存在を感知し、それが彼であることを伝える。だからこそ、オプティマスは警戒をせず、何の反応も見せなかった。
男もそれを知っているのか、何も言わずオプティマスの隣に腰を下ろした。大きめのソファが二人分の重みを受け軋む。

「Nessun Dormaか」
「素晴らしいだろう」
何気なく呟いた言葉に、穏かな声が返った。隣を向くと、視覚センサーに微かな光を灯らせたオプティマスが自分を映している。
「よくもまあ、あんな単純な構造しか持たぬ身体でこのような音を出せるものだな」
感心しているような呆れたような言葉に、オプティマスは微笑んだ。彼としても複雑なのだろう。なにせ彼の一度目の死は、その単純な構造の生命体によって齎されたといっても過言ではないからだ。
「また余計な事を考えているのか」
「いや。ただ、お前にしては珍しく人間を認めているなと思っただけだよ、メガトロン」
「ふん」
「・・・いくらでも正確な音を出すことは出来ても、このような音は出せない。そう聴く度に思うよ。ジャズが気に入るのも良く分かる」
「アレは度が過ぎている。少しは黙らせろ」
あちらこちらで煩くてたまらん。そう言って視覚センサーを閉じ、深くソファに沈むメガトロンを見、オプティマスもセンサーを閉じた。
「確かにジャズの好む音楽はどうかと思うが・・・それでもそれが無ければこんな時間も無かった。そう目くじらを立ててくれるな」
「お前の甘さは分かっていたつもりだったがな・・・」
かつて流れていた沈黙の代わりに、テノールが室内を流れた。

再び、まどろむ。今度は二人でだ。僅かにあった緊張感が徐々に解けていく。
余韻を残し、曲が終わる。少しの空白の後、別の曲が流れ出した。



ジャズがメガトロンに贈ったデータは、オプティマスのものと全く同じものだ。しかしメガトロンはひとりでそれを聴くことはない。彼がそれを聴くのはオプティマスと居る時のみだ。
「なかなか良いもんだろ?オプティマスが気に入ったもんだからな」
同じものを二つ用意したジャズは全て知っているのか、笑ってそう言う。
「小賢しいまねをしてくれる」
メガトロンはにやりと笑い返し、その場を後にした。





FIN