冷静なる衝動
※本番有りのバリケード/ブラックアウトです。ブラックアウトが踏んだり蹴ったりな目にあってます。ご注意ください。





無言の背が扉の向こうへと消える。最後にちらりと寄越した視線は何を見ていたのか。あの無機質な光。いっそ侮蔑の色であった方が分かりやすくて良い。例えば、目の前に転がる男や、自分が勝てぬあの男のように。
普段は心地良いはずのデバステイターの無口さが、今は恨めしい。



いらいらする。
扉が閉まり完全に外界と切断されたことを確認し、壁に背を預ける。ずるずると身体が沈み、すぐに尻が冷たい床に触れた。深く呼気を吐き出すか思いっきり舌打ちをするか。それは一瞬のうちに回路を巡り、解を出した。
バリケードはくつくつと笑った。身体が軋み痛覚を刺激したが、止まらなかった。それどころかますます込み上げてくる。その衝動のままに、バリケードは薄暗い部屋で笑い声を響かせた。
高らかに狂ったように笑ったところで、誰も聞くものなどいない。その笑い声はしばらくして、深い溜め息と共に消えた。苛立ちは消えない。

内部構造はほとんど無傷だ。しかし外殻の損傷は相当のものだった。腕を動かす。いまいち思い通りに動かないのがまた苛立ちを助長させた。痛みも腹立たしさに紛れる。
眼前に上げるとその損傷の酷さが形としてあった。途中で失われた指。逆に折れている指。刻み込まれた傷。焼け爛れた手の甲。
腕は全身の縮図だ。どこもかしこも酷い有様だった。見たいとも思わないが、さぞかし自分は醜悪な姿を晒していることだろう。
性質の悪いことに、見た目に反してバリケードの負った傷は大したものではなかった。機能は正常に作動し、回路に異常もない。どれもこれもすぐに修復される程度のものだ。すでに幾つかの傷は消えている。
相手の趣味の悪さが窺い知れるというものだ。バリケードは己のことは棚に上げ、ごちた。手加減したのは優しさではない。これは見せしめだ。小賢しく狡猾なあの男はこういう事に関しては上手い。
今回のバリケードの反抗が、決して自分の意見を否定してのことではないと彼は分かっているのだ。実際バリケードはただ抑えられない苛立ちと押さえ込んでいた破壊衝動のままに、ブラックアウトに便乗しただけだった。ただ戦えれば良かった。スタースクリームに付いてブラックアウトを攻撃するより、ブラックアウトと組んで彼を攻撃する方が楽しめる、ただそれだけだった。
結果など分かっていた。が、止めることは出来なかったし、しなかった。

折れた指が元通りになった。失くした指を再生させるだけのエネルギーが足りない。身体中の欠けた部分を再生させるエネルギーが必要だった。

顔を上げたバリケードの視覚センサーに、薄闇に浮かぶ巨体が映る。同じように酷い損傷を負い、そして彼の場合それは深く内部に及んだ。意識も無く転がるその様は、まさにスクラップだ。弱弱しい生体反応が馬鹿馬鹿しいほど哀れに見える。いっそ殺してやれば良いのにとバリケードは思った。
スタースクリームはメガトロンの影を完全に振り払うまで、決してブラックアウトを殺さないだろう。実力的にどう足掻いてもブラックアウトは勝てない。傍から見れば、彼の命はスタースクリームが完全に握っているのが分かる。しかし、同時に傍観者は気付くのだ。スタースクリームとブラックアウト、両者がその事実に気付いていないことを。だから何時まで経っても愚かで不毛な争いを止めない。
ブラックアウトは知らない。スタースクリームが最も欲しているのが己だということを。彼の理想の部下の姿が自分なのだということを、知らない。

バリケードは再び肩を震わせ笑った。声を出さずくぐもった呼気が口から漏れる。笑いを収めぬまま彼は立ち上がり、黒い巨体に向かって歩き出した。
いらいらする。感情回路をどす黒く重い信号が巡り渦を巻いている。この感情のままに暴れまわれば、さぞかし素晴らしい快感を得られるだろう。考えるだけでぞくぞくとしたが、あいにく相手がいない。ブラックアウトを破壊の対象にするのは流石に拙い。だから、バリケードは別のやり方で渦巻く衝動を吐けることにした。少しはこの苛立ちもマシになるだろう。

性質の良くない笑みを浮かべたまま、物言わぬ巨体に手を伸ばす。反応は返ってこない。当然だろう。生体活動の負荷に耐え切れず、生命維持の為強制的にシャットダウンせざる得ない状態に陥っているのだ。今のブラックアウトは真実唯のガラクタだった。誰にだって簡単に止めを刺せる。
しかしそれでは面白くない。バリケードの不満と苛立ちを解消するには、物では駄目なのだ。生き物でなければならない。更に言うならば、知能のあるモノが好ましい。

ひらり、とバリケードは軽やかな仕草で巨体の上に飛び乗った。小さく金属がかち合う音が響く。チッと舌打ちをする。音を立てるつもりは無かったが、やはりまだまだ全快にはほど遠い状態のようだ。上手く衝撃を吸収することが出来なかった。
もとよりその状態の酷さは分かっていたが、改めてよくもまあ、生きているものだとバリケードは呆れるように感心した。ブラックアウトの丈夫さにか、スタースクリームの匙加減の上手さにか。どちらにしても愚かなことで、もっと他に有益な使いようがあるだろうと嘆息する。しかし同時に思った。これもまた、ある意味で有益なのだろうと。そう思わずにはおれないだけかもしれないが、今更何かを騙すことになんの戸惑いはあろうか。例えそれが自身であってもだ。
「ブラックアウト」
返ってくるはずのない呼びかけに、やはり応えは無かった。シンとした室内に微かに響く駆動音だけがその存在の全てだった。

バリケードは巨体に跨り、その体中に刻まれた無数の傷に指を這わせた。抉れ穿った外殻から指を挿し入れ内部に触れても身動ぎもしない身体は面白みの無い、つまらないものだった。
指を這わしながら、徐々に身体を後退させる。左脚の腿の部分に身体を落ち着かせた。腰の位置に指を伸ばすのに丁度良い距離だ。股関節部分をそろりと撫で探る。目当ての受容器はすぐに見つかった。幸いその部分に損傷は無く綺麗なものだった。
そこは存外あっさりと開いた。覆っていた外殻が消え、内部の繊細な部分が露になる。一気に大量のエネルギーが補給出来る箇所であるとはいえ、些か無防備なものだ。それは己の例外ではなく、自分達の脆さを垣間見た気がして良い気分ではなかった。
舌打ちをし、そこから手を離した。胸部か腰部か。少し迷い、そして胸部に手を伸ばす。開けた部分から一本の太いプラグを取り出した。ずるずると引き摺り出す感覚に快楽中枢が疼く。さぞやいやらしい笑みを浮かべているだろう、とバリケードの冷静な部分が嘲笑う。
晒されたインターフェイスにぐっと先端を刺し込んだ。内部の柔い部分が締め付けてくるような感覚。そんなはずなどないというのに。反応を返さない身体を見下ろし、もう一度バリケードはその名を呼んだ。

量を調節しながらエネルギーを送ると同時に、ある種の信号を送り込む。機能の停止している回路を刺激しないようにと、それはごく微弱で繊細なものだ。しかし確実にブラックアウトの眠る神経回路と感覚中枢を絡め取ってゆく。器用で狡猾な手管。ブラックアウトの最も嫌うやり方だ。そしてバリケードやスタースクリームの好む手法だった。



ブラックアウトが意識を覚醒させた時、全てはバリケードの手中にあった。鈍った感覚中枢は快楽しか拾わない。送られてくる淫猥な信号に相手の望むまま反応を返すしか出来ない。快楽に紛れて浮き上がる怒りも、すぐに塗り替えられる。罵る為の言葉は、ただの喘ぎとして吐き出された。抵抗するだけのエネルギーも、体力も無かった。
「アッ・・・クッ・・・バリ、ケードッ!」
「ああ、やっと気付いたのか?」
辛うじて吐き出した悪態に、バリケードが笑う。快楽に歪んだその顔を視覚センサーに映すと、ブラックアウトは犯されているのは自分だと言うのにまるで犯しているような感覚に陥った。そのことで更に快楽が増幅され、言葉にならない音が口から漏れるのを止めることが出来なかった。
「気持ち、良いだろう?」
くつくつと笑ってブラックアウトの快楽に連なる回路を器用に刺激するその手管。普段とは逆の立場。自分とは正反対の犯し方。例え途方もなく感じてしまっていても、それを是と認めることはブラックアウトには出来なかった。
「だ、まれッ!・・ッ・・」
「偶には・・ッ、こういうのも、良い、もの・・ンッ、だな」
いやらしい笑い声に聴覚センサーを犯され、押し寄せる淫靡な信号にブラックアウトの意識が混濁していった。



再びシステムダウンしたブラックアウトを見下ろし、バリケードは満足気に笑った。尾を引く快感と、流れ込んでくるエネルギーが体内の駆け巡り満ちていく。欠けた指が再生してゆくを眺め、ほう、と息を付いた。
バリケードはただブラックアウトを犯した訳ではなかった。過度の快感を与えることによって回路を暴走させ、内部エネルギー精製機構をオーバードライブさせたのだ。そのことによって予めバリケードが送り込んだエネルギーが倍以上になって戻ってきた。勿論、ブラックアウトに掛かった負荷は大きい。が、バリケードがそのことに何らかの罪悪感めいたものを感じることは無い。ただ搾取するだけでなく、代わりに気持ち良くさせてやったのだ。しかも生命活動に必要なエネルギーは残してやっている。感謝してもらっても良いぐらいだ。感謝するどころか怒り狂うであろうと知っていながら、そうバリケードは考えた。

ブラックアウトは与えられる快楽に弱い。だから常に送る側に立ちたがる。ボーンクラッシャーやデバステイターにはそこまで拒絶はしないらしいが、バリケードやスタースクリーム相手に受け手に回ることを激しく嫌っている。バリケードはそれを知り、普段は受け手に回っている。
しかし偶にこうやって攻め手に立つ。その時のブラックアウトの反応は実にバリケードの嗜虐性を満たした。慣れられてしまってはつまらない。屈辱を忘れたようなタイミングで仕掛けるのが良いのだ。そんな碌でもない理由で自分の要求が受け入れられていることを、ブラックアウトは知らない。仮に知っていたとしても、意味は無かった。ブラックアウトが好き勝手するように、バリケードもまた己の衝動のまま動くからだ。ディセプティコンとはそういうものだった。

しばらく余韻に浸っていたバリケードだったが、すっかり再生した指でコネクターを引っこ抜く。潤滑油と冷却水が混じり合わずそれぞれの存在を主張している。ぽたりと黒い外殻を濡らし、つるりと重力に引き寄せられていった。
跨った巨体から床に飛び降りる。音は立たなかった。バリケードは満足気に笑った。そして床に腰を下ろし、巨体に凭れ掛かった。触れた背中から、熱が伝わってくる。未だ冷めることの無いその熱の高さに、ブラックアウトの目覚めが遠いことを知る。数時間、バリケードがその背を預けたところで、それをブラックアウトが知ることは無いだろう。
目覚めた時にはすっかりと修復が済んでいることだろう。スリープモードに以降してゆく意識の中、スタースクリームがこの場に現れるのは拙いかとぼんやりと思い、そしてまあどうでも良いことだと考えることを放棄した。





FIN