酔っ払いの優雅な午後の話
※ビージャズ、スタバリ前提の、ジャズとバリケードの話です。二人は全くそういう関係ではありません。清い関係(笑)です。




目が覚めたら隣に見知らぬ男が。もとい、オートボッツ副官ジャズが居た。
バリケードは上半身を起こし、周囲を見渡した。見慣れないが、見知らぬ訳ではない光景。隣で眠る男の部屋だということはすぐに知れた。
頭部集積回路を襲う鈍い痛みと、あちらこちらに散らばった大量の空の瓶、そして嗅覚センサーがいかれそうなほどの濃い酒精の香り。上手く作動しない論理回路でも十分に状況が把握できた。

何時、寝入ってしまったのかは覚えていない。メモリーを探れば出てくるだろうが、それを今行うには色々と無理があった。というか、したくなかった。
とりあえずバリケードが覚えているのは、連日ラチェットとラボに篭りある研究をしていたこと。一段落着いたところで――実際はオプティマスに半ば強制的に休まされたのだが――自室へと帰る途中にジャズに会い、酒と音楽に釣られ彼の部屋で二人で飲み始めた・・・。
元々ハイなジャズと、所謂ライナーズハイという状態だったのだろう自分。美味い高濃度エネルギー触媒と70−80年代のロックミュージック。あえて好みのハードなものを避けてのその音楽のチョイスに、そつの無いスマートな男だと妙に感心した。趣味の合う気安い相手。考えれば考えるほど、今の状態は当然の結果だ。
ジャズとバリケードは嗜好品の趣味が似ている。全体的な美的感覚が近いのだ。
普段のバリケードはそういう話はあまりしないのだが、この時は違った。覚えている部分だけでも、ジャズに負けないほど饒舌になっていたようだ。
色々な意味で頭が痛い。バリケードは溜め息を吐いた。怒りよりも呆れが勝るとはこのことだ。

それにしてもだるい。常に無い回路の反応の悪さに苛立つよりも、倦怠感が勝る。どれほど飲んだのか確認するのも馬鹿馬鹿しかった。バリケードとジャズはトランスフォーマーの中で特に酒に強い部類に入る。かつてはそうではなかったが、付く任務故かそれとも周囲の環境故か、いつの間にかトップクラスのアルコール分解機能を得ていた。その小柄な体躯に見合わない量を摂取することが出来る。

だるい身体を叱咤し、バリケードは寝台から立ち上がる。疼くような鈍痛が頭部に収まった回路を苛むのが酷くなった。覚束無い足取りで、備え付けられた換気ダストへと向かう。
取り合えずこの空気をどうにかしたかった。生命維持の為に必要不可欠なものではないが、この部屋に充満する空気は気分的にも機能的にもよろしくない。
なんとかダストの出力メモリを最大にし、寝台に戻ったバリケードは倒れこむようにジャズの隣に転がり、今日の予定は何の無かったはずだと再び眠る体制に入った。
意識を手放せばこの頭痛もだるさも感じなくなる。その後の事はもうどうでも良かった。とりあえず、この時バリケードの優秀な頭脳は寝ることしか考えていなかったのだった。


*****


それから約二時間後、ジャズが目を覚ました。のろのろと上半身を起こし、隣に感じる気配を見、苦笑する。笑うとズキズキと頭が痛み、思わず呻く羽目になった。
昨夜のことを思い出しながら、ジャズは立てた膝に肘を置いた。ジッと隣の男の寝顔を眺める。くるりと丸まって寝ているのがらしいと思った。
起こすべきか、そのままにしておくべきか。ジャズは一瞬迷ったが、放っておくことにした。予定があるのならば、この時間まで寝ているはずはない。そういうところはきっちりしている男だ。共に暮らすようになって知った、その妙な律儀さにジャズは親しみを覚えたのだった。勿論、彼のほとんどは律儀とは反対の性質で出来ていることは忘れてはいない。それも含め、彼は実にジャズの興味を引く存在だ。

しかし飲み過ぎた。昨夜の酒量を正確に測定するのは少し怖い。酔い潰れ、翌日に響くほど自分達が飲んだのであれば、ストックしていたエネルギー触媒は全滅している可能性が高い。頭痛が増した気がした。

しかしそろそろ起きないと、とジャズは起き上がり寝台から下りた。昼前だ。予定は無いが、昼を過ぎてまで寝ているのは勿体無い。
痛む頭部を宥めつつ、重い身体を引き摺り備え付けの貯蔵庫へと向かう。ほんの短い距離が無駄に長く思えた。
うん、と伸びをしてから、貯蔵庫を開ける。中に入っていたはずの相当量の酒類は綺麗に無くなっていた。残っているボトルを手に取る。中身は非常に濃度の薄いオイルで、人間の言うところの水のようなものだ。そのまま口を付け、一気に煽る。酒焼けした頚部や消化器系の部品に心地よく沁みた。
喉を鳴らして煽っていると、寝室の方からゆるやかな音楽が流れてきた。ジャズはボトルの口を含んだまま、そちらに向かった。どうやらバリケードも起きたようだ。
寝台に乗ったまま、少しぼんやりとした様子でいるバリケードに声をかけ、飲みかけのボトルを放り投げる。蓋の無いボトルは、一滴も中身を零すことなく彼の手に収まった。ジャズが口笛を吹くと、じろりと睨まれる。それに笑って返した。

「おはようさん」
「・・・飲みすぎた」
バリケードも相当頭が痛むのだろう。額に手を当てながら、ボトルを傾ける。一気に飲まず少しづつ摂取している様子に、ジャズは彼の方が酷い状態なのだと知った。ラチェットとラボ篭りをしていたのは知っているが、そういえば何時から姿を見なくなったのかと記憶を探り、ジャズはスパークの内でこっそりとバリケードに謝った。
「まあ、それ飲んでちょっとぼうっとしてたら少しはマシになるだろ」
くるりと背を向ける。バリケードは確かに酷い状態だが、ジャズもまた相当なのだ。相手にする前にとりあえず熱い湯でも浴びてすっきりしたい、とシャワールームへと向かう。全身が酒臭いのもいただけなかった。

バリケードは常に無いぼんやりとした様子でそのふらふらと覚束無い後ろ姿を見ていたが、シャワールームにジャズの姿が消えたのを見て、動き出した。
相変わらず頭は痛く、身体はだるいが数時間前よりはマシになっていた。手にしたボトルの残りを煽り、空になったそれをそこら辺に転がっている酒瓶の山に放り投げた。立ち上がり、伸びをする。ぎちぎちと関節が変な音を立てるので、いっそのこと引き千切ってやろうかと思った。が、自分の身体だと思い出し、やめた。
そしてやはりのろのろとした動きで、バリケードもシャワールームへと向かった。

「おい、入れろ」
「返事聞く前に入ってるし。まあ、良いけど」
シャワールームは小柄な二人が同時に入っても大丈夫だが、決して大きいものではないので窮屈さは否めない。自然とあちらこちらが触れ合う形になった。
「狭いし」
ジャズが笑って抗議すると、バリケードはすました顔で我慢しろと答える。ジャズの笑い声が反響し、煙に消えていった。
勢いを上げた湯が二人の身体を万遍なく打つ。銀と黒のボディを無数の水滴が覆い、伝い落ちていった。
「あー・・・生き返る」
「貴様が言うと洒落にならんな」
「言えてる。しっかし飲んだよなぁ」
「チッ・・・まだ消化してねぇ気がするぞ」
「だなぁ。あれ、もう出るの?」
しばらく他愛も無い話をしながら暖かい湯に打たれていた二人だったが、バリケードが先に出た。
ああ、とだけ言い残しさっさと出て行ったその黒い背に、ジャズは確かジャパンの諺とかで烏の行水ってのがあったよな、となんとなく思った。そして続くようにジャズもシャワールームから出たのだった。

先に出ていたバリケードが勝手に拝借したらしいボトルを煽っている。そしてジャズに気付くとそれを放り投げた。
二人共まだ半乾き状態で、あちらこちらに水が滴っている。ぽたぽたと床を濡らしながらお構いなしに歩くバリケードにジャズは苦笑した。座り心地の良い皮張りのソファではなくスツールに腰をかけたのは一応の遠慮だろうか。いや、きっと濡れた身体に皮が気持ち悪いからだとジャズはひとり納得した。
、 なんとなく注意する気も無く、同じように床を濡らし、隣のスツールに座る。
言葉は無くぼうっとしているが、身体中の器官が元通りになりつつあるのを感じる。目覚めから一時間ほどかかってしまった。新記録かもしれない。しかし悪くはない。ジャズはそう思った。

ゆるやかな音楽が流れている。午後のひとときに相応しいそれはボサノバと呼ばれるものだ。歌詞に目を向けるとその内容は決して穏かなだけではないが、それでもその旋律は穏かで優しく美しい。
まさかディセプティコンとこんな時間を過ごすことになるなんて、一体誰が想像し得ただろうか。

そんな酔っ払いの優雅な午後のひとときは、バンブルビーの来訪で綺麗に砕け散った。
何を勘違いしたのか、ジャズがバリケードの身体に付いた埃に気付き、悪戯混じりに顔を近づけふっと息を吹きかけた瞬間を見たバンブルビーは怒り出し、素晴らしい速度で部屋から遠ざかっていった。埃が付いていたのが肩口なのが更に拙かった。
「・・・確実にあれはおかしな勘違いをしているぞ、ジャズ」
バリケードが呆れた、馬鹿にした目を寄越すがジャズはそれどころではない。
バンブルビーは酷く怒っていたが、それ以上に哀しんでいた。ジャズは彼を哀しませることだけはしたくはなかった。それなのに、偶然とは言え、哀しませてしまった。
呆然としているジャズにバリケードは溜め息を吐いた。そしてどうして自分が、と思いながらも背を押してやることにした。とばっちりは喰らいたくない。
「さっさと追いかけて誤解を解いてこい、この馬鹿め」
そして文字通り、その背を思いっきり蹴ってやる。無様に転がって、そのまま部屋を飛び出していった銀色の機体を見送り、バリケードはスツールから立ち上がった。
「帰ってもう一眠りするかな」
酔いはすっかり醒めたが、流石にラボ篭りの疲れは取れてなかった。
音楽も灯りも付けっ放しで、ドアも開けっ放しにして、バリケードはジャズの部屋を後にする。



誤解の解けたバンブルビーに、バリケードがスタースクリームとの関係をしつこく聞かれ付き纏われるのは、もう少し後の話。





FIN