狂人の宴
ギャグなのかシリアスなのか、判別に困ります。





眼下に広がる光景に、バリケードは高揚する気持ちを抑えきれず低く笑った。
近頃は情報参謀の下での任務が多く、戦場へ赴くのは久しぶりだった。単身敵地へ潜入し、いかに速やかに鮮やかに目的を達するか、愚かなオートボッツを出し抜き欺き翻弄する、そのスリルと興奮、達成感は悪くはないが、やはりバリケードの好むのはこちらだ。思いっきり自己を主張し、破壊衝動の赴くまま戦う事こそをバリケードは愛する。
特に今回は何の手加減もいらない。彼の主が命じたのは全ての破壊だ。両脇に立つ大柄なディセプティコンをみやる。その圧倒的な火力と武力で知れた者達だ。相性は最悪としか良いようのないもので、終わった後には自分も含め一悶着あるだろうが、バリケードは今は戦いへの甘美なる予感に全てを委ねることにした。
援軍の要請に無能者はいらぬ、とあの偉大な指導者は自分達を送り込むことで応えた。
破壊大帝の忠実なる僕と、有能なる航空参謀。そして戦いに飢えた戦闘狂。普段から味方であろうと容赦はせぬと、忌み嫌われ恐れられている三体の派遣。その意味をこの戦場のディセプティコンはすぐに知るだろう。

ぬるい風が吹く。硝煙と油の臭いが嗅覚をくすぐる。ああ、と戦いの予感にスパークが打ち震え、喘ぎにも似た声をバリケードは漏らした。
感覚神経が研ぎ澄まされ、感覚器がその精度を上げる。身の内を巡るオイルが燃え上がったように熱を孕み、放出の時を待っている。理性を司る回路と感情を生み出す回路が激しく鬩ぎ合う。中枢からの命令を待ちわびる運動器系が神経を刺激し疼かせる。
全身が叫んでいた。早く、早くと。暴力と殺戮への飢えを満たさんと、その渇きを哀れな犠牲者のオイルで潤いたいと叫んでいた。

愚かで哀れなオートボッツ。膿み穢れたそのスパークを終わらせてやろう。自由を、平等を説くのならば、自分がそれを賜ってやろうではないか。死と絶望は誰にだって平等に齎されるのだ。略奪者からの蹂躙は貴賎を問わぬ。お前達の掲げる理想とは紛れも無く虚無なのだと、教えてやろうではないか。
この場のトランスフォーマー達に絶望と恐怖を。死と虚無を。その果ての安らぎはさぞや心地よかろう。

ふわり。戦いの予感に熱を帯びるバリケードを慰撫するように風が舞った。
スタースクリームがいっそ優雅な所作で戦闘機へとトランスフォームし、しかし飛び立ちはせずに、ゆらゆらと中空に浮く。一見冷静なように見える彼も、その身の内に燻る熱を持て余していた。幸か不幸か気付くものはいなかった。
すましたものだとスパークの内で軽く悪態を吐き、ブラックアウトも同じようにトランスフォームし、その大柄な身体を輸送機へと変える。優雅とは程遠く、荒々しい変形だ。そして唯ひとり変形していないバリケードに手を伸ばす。輸送機から奇妙に生えた腕は、小柄な身体を軽々と抱え込み、それを確認したスタースクリームが高らかに宣言する。
「ディセプティコン、アタック!」
ごう、っと轟音を立て、戦闘機が飛び立つ。見る間にその影は小さくなり、そして戦場に新たなる火柱を生み出していった。

「この辺で良いな」
遅れて戦渦の上空へと到着したブラックアウトが返事を聞く前に、掴んでいた者を離す。否やと言うつもりはなかったが、その行為はバリケードの怒りに簡単に火を着けた。
それが起爆剤となった。正に戦いの中心地、敵も味方入り乱れた狂気の渦に降り立ったバリケードは悦びの咆哮を上げ、目の前にあるものを全てを破壊せんと動き出した。
ブラックアウトは闇雲に見えて恐ろしいほど計算されつくしたその動きを上空から眺め、ふん、と鼻を鳴らした。まるでバリケード自身が渦まく戦禍だ。
さらにスタースクリームの爆撃は止むことなく降り注ぎ、爆炎はブラックアウトにまで届いている。
狂ってやがる。ブラックアウトは忌々しげに呟いた。普段からいけ好かない連中だが、やはり録な奴らではない。

ブラックアウトは中心から少し離れ降下し、ウェポンモードへと移行した。眼前に現れた黒い影に慌て慄く同胞に笑う。ローターブラスターを薙ぎ払う。哀れに引き裂かれ飛び散り消えゆく悲鳴や罵声のなんと心地よいことか。瓦礫の山を作り出し、自身にとっての安全圏を確保したブラックアウトは最大の武器を起動させた。聴覚センサーを切る。この武器は彼の誇るべき、愛すべきものであったが、ただ一つ、センサーをシャットダウンさせなければならないことが難点だった。
無音の世界のなか、視覚センサーに映る戦場はより鮮やかに彩られている。さらに彩りを添えるべく、ブラックアウトは最大出力でサンダークラップ衝撃キャノンを放った。敵しかいない戦場だ。躊躇いも遠慮も無い。戦禍の狂人が巻き込まれたのなら、それまでの奴だということだ。上空の蝿が巻き込まれたのなら、それは僥倖というもの。続けざまに何度もキャノンを放つ。衝撃が荒ぶる波となって周囲を飲み込んでいった。ブラックアウトは大きく円を描く様に歩み、衝撃波を巻き散らかしていった。

あらかた屑山となった周囲を見渡し、ブラックアウトは連続して放出していたキャノンを止めた。その瞬間、まさに一瞬の隙を狙って上空から銃撃が降り注ぎ、そしてブレードディスクが首筋を掠めていった。
「何をしやがるっ!」
ブラックアウトが叫ぶ。
「何をするかだって?ふん。バリケード、手を出すなよ。この愚か者は俺の獲物だ」
スタースクリームがこの戦場へ来て初めて地上に降り立った。全砲門を開き、照準をブラックアウトへと向けている。
「生憎だがな、スタースクリーム。それは聞いてやれんな」
ぎちぎちと指を鳴らし、バリケードが歩をゆっくりと進める。戻ったブレードディスクが猛烈な勢いで回転して空気を切り裂いている。
二人は顔を見合わせ、頷く。偶には手を組むのも悪くはない。次はお前だ、とお互いに思っていることなどおくびにも出さず、獲物に向き直った。

その戦場の生体反応は三つ。その中のひとつは儚くなりつつあった。





FIN