LOVE&RESPECT





お互いを護る為にそれぞれの戦いへと赴くその背を見て、愚かだと呟いた。



オプティマス・プライムは執務室の椅子に腰をかけて、小さくため息をついた。窓の外を見る。戦火は遠い。それはセイバートロンに隣接する惑星で起こっている。オプティマスの視覚センサーを持ってしてもそれは見えなかった。
争いは好まない。望んでなどいない。しかしこの場を動くことの許されぬ身が口惜しかった。
無理だと分かってはいても、オプティマスは全てのトランスフォーマー達を助けたいと願っている。兵士達を護る盾となり、侵略者を打ち砕く矛となる。自分にはその力がある。それなのに彼らを、兵士達や民達を護るために就いたこの地位がそれをさせてはくれなかった。国家元首という地位はオプティマスが自由に戦場を駆けることを禁じた。

午後から今回の戦争についての議会が始まる。おそらく何の進展もないままに終わるだろう。だからこそ、彼は行ったのだ。


*****


「もう黙ってはおれん!」
「メガトロン。今日の会議で過半数は賛同してくれるはずだ。だからっ」
「そう言ってやつらは何度手のひらを返したというのだ?オプティマス。どうせまた反対されるに決まっている。やつらは俺達に何もするなと言っているのだ。お飾りでいろとな。何を言っても反対。何をしても批判ばかりだ」
オプティマスの眼前に細長く冷たい指先が突きつけられた。話すうちに落ち着きを取り戻してきたのか声を荒げることは無かったが、逆にそれが彼の怒りの度合いを示していた。
「メガトロン・・・」
オプティマスは言葉無く頭を垂れた。言い返す言葉もなかった。それは彼自身メガトロンに言われるまでもなく知っていることだったからだ。
彼の自由を奪ったのは自分だ。そうでいながら何も与えてやれない。傍にいて欲しかった。彼がその地位に就けばより多くの兵士達を救えると思っていた。
しかし実際はどうだ。何も出来ない自分が恨めしく、もどかしい。
「オプティマス」
メガトロンははぁ、とため息を付いた。頭を垂れ黙ってしまったオプティマスの肩に手を乗せる。
オプティマスはこういう話題になる度に、ひどく自分を責める。
「オプティマス。俺は行く。議会の承諾を待っていては救えるものも救えん」
「・・・」
「代わりに彼らを救い護ってきてやる。お前はここで俺の帰りを待っていろ」
「私は・・・」
「お前は元首だ。誰がどう言おうと、な。お前がここで帰りを待っている。それだけで前線の戦士達は勇気付けられる。彼らは知っているからな、お前の気持ちを。だからそのような顔をせずにしっかりとしろ」
「それはお前だよ、メガトロン。お前の姿に彼らはきっと勇気付けられ奮い立つだろう」
頬にメガトロンの指が触れる。オプティマスはようやくそっと笑った。
「そうであれば良いのだがな。・・・良いのだな?」
「ああ。もう言っても聞いてくれないだろう?」
「・・・お前は何も知らなかった。俺が勝手に行動を起こした」
「そういう訳にはいかない。お前だけに戦わせる訳にはいかない。私も戦うよ」
「オプティマス、お前は」
メガトロンは責を全て自分が負うつもりだった。軍を動かせないのなら己が出るしかないと。この戦争が始まった当初に出したその案は、議会を通るはずもなく却下された。防衛司令官たる貴方が何を言うのかと、議員共はこちらのことを心配しているような面で内心愚か者よと嘲笑っていた。
今回のことが知れれば、連中はここぞとばかりに自分を糾弾してくるだろう。それはオプティマスにも及ぶかもしれない。だからこそ、メガトロンは彼は何も知らなかったということにしたかった。
しかしそんなメガトロンにオプティマスは力強い瞳の煌きで否、と答えた。
「今回のことは私が全ての責任を持つ。国家元首オプティマス・プライムとして、防衛司令官メガトロンに命ず。今すぐに前線に赴き、すみやかにこの戦いを終わらせるのだ」
その迷いの消えた瞳に射抜かれ、メガトロンは恭しく頭を垂れた。これでこそオプティマス・プライムだと胸のうちで密やかに歓喜した。
「御意」
「頼んだ」

一度力強く頷き、メガトロンはオプティマスに背を向け歩き出した。扉に手をかける。メガトロン、と呼ぶ声が扉を開く手を止めた。
「無事で」
それはまるで祈りの言葉のようだった。メガトロンは振り向かず扉の向こうへと踏み出す。お前こそ、と声に出さずに呟いた。

さあ、久方ぶりの戦場だ。この胸のうちに燻り溜まった怒りや苛立ちはさぞかし自分に力を与えてくれるだろう。愚かな侵略者共など一撃のもと葬り去れるほどに。
戦場で暴れまわる己を想像し、凶暴な歓喜を内に秘め、メガトロンは飛び立った。銀色の煌く身体が闇に美しい線を描き、消えていった。


*****


議会の承諾を得ずにメガトロンを送り出したことについて責を負うことに、オプティマスは後悔はない。
彼はメガトロンが無事に帰ってくることを心配し、少しでも多くの兵士達が帰還することを願い、そうして自分の力不足をただ悔やむのだ。
力を求めたとて意味のないことだと分かっている。それでも求めてしまうのは己が未熟なせいだ。オプティマスはそう考えている。それは彼の素晴らしい長所であり、同時に欠点でもあった。

考えに沈むオプティマスのセンサーが新たな来訪者を捉えた。軽く居住まいを正すと、来訪者はそれを察知したかのように声をかけてきた。
「閣下。スタースクリームです。入室の許可を」
「ああ、すまない。入ってくれ」
失礼します、と言って入ってきたのはスタースクリームという青年将校だった。彼は元は科学者であったが、今はメガトロンの副官をしている。メガトロンは良くオプティマスに彼のことを話す。そのほとんどは愚痴のようなものだが、それ故にオプティマスにはメガトロンが彼のことを高く買っているのだと分かった。
今回のこともきっと彼は知っているだろうと思って呼んだのだ。

「スタースクリーム。メガトロンがどこにいるか知っているかい?」
「何を言っておいでですか、閣下。貴方もご存知なのでしょう?」
「では君も、なのだね?」
「不本意ながら」
自分を前に不機嫌を隠しそうとしないスタースクリームにオプティマスは彼に分からないように小さく笑った。この男は自分に対し他の誰とも違う態度を取る。それをオプティマスはどこか嬉しく感じるのだ。
「で、なんの御用ですか、閣下」
「これから始まる会議で、軍部は今回の件に関して一切関知していない、ということにして欲しいのだが」
「閣下。確かにそれですと一見こちらに責が回ってこないかのようにみえますね。しかしですよ。そうなると我々は自分達のトップの行動の把握すら出来ない能無しだと言われかねません。議会は何時だって我々のことを攻撃する機会を伺っているのです。目障りな連中だとね」
「ふむ」
よくもまあそれだけのことがすらすらと口をついて出てくるものだと、オプティマスは変なところで感心した。しかし確かに彼の言うことは一理ある。議会はなかなか自分達の思うように動かない軍部を煙たがっている。
ではどうすればいいか、とオプティマスはスタースクリームに訊ねた。彼は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに得意そうな顔に変わった。ややこしいことに巻き込まれるのはごめんだろうが、それでも頼られて嬉しいのだろう。
「そうですね。別にそう難しいことではありませんよ、閣下。貴方とメガトロン様がお決めになられたことだと言えばよろしいのです。軍部は止めようとしましたが、国家元首と防衛司令官の命には逆らえません。いかがです?」
「それは違うぞ、スタースクリーム。私一人の命だ。メガトロンは私の命に従ったまでだ」
「閣下。もう答えは出ておられるではありませんか」
「そう・・・なのだが」

うむ、と言って黙りこくってしまったオプティマスを見て、スタースクリームは苛立ってくるのを感じた。
スタースクリームは国家元首という地位にありながらその権力をろくに使わないオプティマスのことが嫌いだった。彼は何時だってスタースクリームを苛立たせるのだ。
同様に直接の上官であるメガトロンもまたスタースクリームを苛立たせた。彼のことは認めてはいるが、どうしてオプティマスに仕えているのかさっぱり理解出来ないのだ。彼の方が国家元首という地位にふさわしく思う。どちらにしてもいずれは自分がその地位に就くべきだとスタースクリームは思っている。その権力を一番上手に使えるのは自分なのだ。
今回のことだってそうだ。国家元首でありながらオプティマスは議会に遠慮しすぎている。たった一言、彼が命令だと言えばそれで全て済むことなのだ。自分ならもっと上手くやれているだろう。
さっさと失脚でもなんでもすればいい。そうしてメガトロンにその地位を譲るべきだ。そうすれば自分は防衛司令官になり、また一歩トップに近づく。

「スタースクリーム。ありがとう。君の意見に感謝する」
その言葉と添えられた笑顔に、スタースクリームの苛立ちは加速した。しかし彼も愚かではないのであからさまに表情には出すことはない。
恭しい仕草で頭を垂れ、礼をする。
その姿はいかにも慇懃無礼といった様であったが、オプティマスは静かに頷き、もう一度ありがとうと言った。彼はやはりこの不遜な青年が嫌いにはなれないのだ。そのあまりある自信を分けて欲しいとさえ思える。自分に何の疑問も抱いていないその純粋さが羨ましい。
彼や、そしてメガトロンのような溢れんばかりの自信が自分にもあればもっと上手くやれただろうか。オプティマスはそう思い、そして愚かなことをと自分を叱咤するのだった。

「さて、スタースクリーム」
「なんです、閣下」
「そろそろ会議の時間だ。よかったら一緒に行かないか?」
「貴方がお望みならば、閣下」

オプティマスはゆっくりと立ち上がった。これから彼は戦いに赴くのだ。オイルが流れず、身体の部品が壊れず、スパークの煌きが飛び散らない戦場ではあるが、厄介なものであることには違いない。
しかし。オプティマスは窓の外を見た。見えないはずのその勇姿を脳裏に描く。逃げる訳にはいかないのだ。大切な彼の為にも。

スタースクリームとオプティマスは揃って歩き出した。踏み出す足取りは決して軽いものではなかったが、留まることはなかった。





FIN