秘め事
※OP/MGです。たまに抑えきれない感情に潰されそうになるOPと、それを受け入れるMG。
オプティマス・プライムはひとり、彼に与えられた執務室で戦地より送られてくるデータに目を通していた。
片は付いた。しかし綺麗にとは言えない。戦いで付いた決着というものは、泡沫のものでしかない。たとえ小さなものであれ禍根は残り、そして年月を経て大きく育つのだ。終われないのか、終わらないのか、オプティマスがこの世に生を受けて以来、戦争が絶えることは無かった。戦争があり、束の間の平和がある。そしてまた戦いが起こるのだ。その繰り返しが続く。
時々、声高に問いたくなる。全てに向かって、何を望むのかと。
思ったところで言えるはずもないことだった。それは決して口に出してはいけないものだ。
ふう、と小さく溜め息を吐く。視線を宙に彷徨わせ、深く椅子に腰掛ける。体重を受け止め、無駄に上質のそれは微かに軋んだ音を小さく立てた。
しばらくすると付けっ放しにしていたモニターから、傍に居ないはずの男の声が聞こえてきた。記録だけして、意識を向けていなかったそれはセイバートロンの全都市国家を結ぶネットワークテレビジョンだ。ただあるがままのデータを発信するだけでなく、そこに誰かの、なんらかの意思や思惑が介入した情報を流している。娯楽モノという括りではもう収まらない巨大な力を、オプティマスはそこに見ていた。
意識してセンサーを向けると、モニターには久しく会っていない銀色の機体が、その輝かしい姿を堂々と晒していた。
今日、帰ってくることは知っていた。まず士気を高める為に民衆の前に姿を見せることも分かっていた。それを指示したのは他ならぬ自分だ。
民衆の煌びやかな賛辞と敬意、興奮が直に伝わってくるような映像。普段彼に向かう恐れや、腫れ物に触るかのような畏敬の念は今は影を潜めている。無くなった訳では無いが、それを上回る羨望に人々の眼差しは浮かれていた。
くすんだ空の下、多くの民衆に囲まれ傅かれる銀色の放つ光がオプティマスの視覚センサーをじわりと灼いた。痛みなどありえぬはずなのに、それを感じるのはどこか感覚神経がおかしくなったか、それともそう感じたいだけなのか。
オプティマスは行儀悪く肩肘を付き、じっとその映像に見入った。
穏かな喧騒、と。そうとでも表現すべきか。モニターに映る絵は静かさとは無縁で、そして破壊や暴力を見出すことは出来ない。単純に評するならば、平和と言える光景だった。
数多の命を奪って帰ってきた英雄を迎える民衆の姿に、平和を見る。オプティマスは今の自分の思考回路の方向性があまりよろしくないのを知っている。知りながら、その方向へと進む。たまに寄り道をしないと、本当に想像の域を超えてしまいかねない危うさを、彼は自覚していた。
戦争によって平和はその輝きを増す。美しく人々を導く光となる。そしてその平和は手に入れるとどうなるのか。歴史がそれを余さず示していた。
戦う為に生まれた。ならばそれを嫌う気持ちは何なのか。そして厭いながらも望むこの矛盾。
こうやって長くデスクに縛り付けられると、かつて駆け巡った鈍色の戦場の記憶が華やかに蘇る。それは決して美しいものでも正しいものでもない。オイルのぬめった感触と硝煙の臭いと無残な残骸の欠片と、あの恨めしげな眼差し。忘れることも、消し去ることも出来ない。
それでもまざまざと凪いだスパークの海を荒立たせる。その忌避すべき記憶の中に戻りたいと思うのだった。
あの銀色の輝かしさが、それを導き出させるのだ。戦いこそが術。戦いこそが道。戦いこそが全てだと。
責任転換も甚だしい。これは唯の嫉妬だ。決して自由では無い男に自由の影を見出し、憧れ、そして妬んでいるのだ。彼を縛ったのは自分で、そして自分は己から縛られたというのに。
オプティマスはゆるく笑った。誰にも見せることの出来ない暗い笑い方だ。そして燻ったものはそう簡単には消せそうもないな、とごちた。
モニターの向こうで男は祝辞を述べられ、それを尊大な様子で受けている。数多に傅かれようと、傅くことはない。そう。彼は誰にも膝を折らない。
ああ。オプティマスはそれを改めて思い、スパークの奥底で燻る闘争本能が、別のものに形を変えたのを知った。
神経系を巡るパルスが波長を変える。足りない、と。自分とは違ったパターンで綴られるパルスと絡まり交じりあいたいと、求め始める。そしてその求めるパターンを持つ相手は決まっている。
数多の民衆に畏れ慕われ傅かれる男が唯一その膝を折るのは誰だ!王のような男が誓うのは誰だ!
オプティマスは身の内に渦巻く欲望の醜さを笑った。崇高な男を傅かせ、全てを蹂躙してやりたい。煌く全てを汚してやりたい。これは自分のものだのだと、声高に叫び主張してやりたい。
普段なら気付かない、出さない、抑えきれるはずの感情が止まらずに湧き出てきた。自覚していながらに目を逸らしていたそれらは、確かにオプティマスの持つものだ。
称えられるような聖人君子では無い。人の影を知り、またそれに手を染めもした。おおよそ人が持つあらゆる煩悩欲望を持っている。
それは私のものだ!
立ち上がり、声に出さずに叫ぶ。辛うじて残った理性が寸でで声帯を切り、音とならずに空気を震わせた。
来い!私の元へすぐに!すぐに戻って来い!そして跪き頭を垂れ、その身を差し出せ!
叫ぶ。声にならない叫びは誰に届くでもなく、オプティマス自身のスパークを抉った。はあ、と息を吐く。そして倒れ込むように椅子に腰を降ろし、デスクに肘を置き頭を垂れた。
「メガトロン」
彼の名が声帯を通り、音となり口から零れ出る。
『なんだ』
応えなど返ってくるはずは無い。しかし返ってきた応えにオプティマスは眩しそうに視覚センサーを瞬かせた。当然、どれほどセンサーの精度を高めても目の前に彼の姿は無い。二人だけの閉鎖通信回路で会話は続く。
メガトロンの声がオプティマスを穏かにさせた。燻る欲望はそのままに。
『・・・おかえり』
『ああ。そちらに向かっている。すぐに着く』
『なあ、メガトロン』
『なんだ、オプティマス』
『会えば手酷く抱いてしまいそうだ、と言ったらどうする?』
彼にしては珍しく言葉に詰まったようだった。すぐに返事は返ってこない。どのような顔をしているのだろうか。想像すると自然と暖かな笑みが浮かんだ。
『・・・馬鹿め』
そしてそれだけ言って彼は通信を切ってしまった。オプティマスの笑みは消えず、その視線は重厚な扉へと注がれている。
その扉が開いたら、貴方を手酷く抱こう。唯一、この身の内の醜さを知る貴方は私のものなのだから。今は。
全てが終わった後、メガトロンは思った。
彼の醜さをぶつけられる悦びを彼は知らないだろう、と。おおよそ似合わない嫉妬や支配欲の向かう先が自分であることの意味。
唯一の執着を向けられて、それを厭う理由など有る筈も無い。唯一の執着の対象なのだ、彼は自分にとって。歓迎こそすれ、不快になるはずもなかった。
笑う。全く、愚かなことだと。自分も彼も、誰も彼も愚かだ。
FIN