お願いバリケード!

バリケードと愉快な仲間達。





あいつらをどうにかしてくれ。
音源は三つのはずなのにまあ綺麗にはもったものだと、バリケードは見当違いの感想を浮かべた。見下ろす三つの顔を見上げ、どうせなら床に転がった首の方が好みなのに、とスパークの内で呟く。表に出さなかったのは、三人の妙な雰囲気に面倒を予測したからだ。余計な事は言うな、と論理回路が警鐘を鳴らす。
俺は何も見なかった、聞かなかった。バリケードは視線をついと逸らし、再びモニターに向かった。
「オイ、コラ、バリケード!」
肩に軽い重みがかかり、次いで甲高い姦しい声が聴覚センサーの直ぐ傍で発せされる。無駄に負荷がかかるので、それは止めろと何時も言っているのに止めやしない。言葉だけでは無く身体にも教えてやっているのに、このちっぽけな、それでいて強かな男は何度も繰り返す。分かっているのだ。彼は許される範囲というものを正確に見極めている。相手が本当に切れそうな時は、自重する事を知っているからこそ、彼はこのひ弱で脆弱な身体で生き延びてきたのだ。

「やかましい」
肩に乗ったフレンジーをバリケードはモニターからは目を離さずに手で払った。無視を決め込むはずがうっかり声を出してしまったのは、やはりキーキーと喚く声が耐えられなかったからだ。コイツが傍に居る時に聴覚をシャットダウンしてしまうのは、少しばかり拙い。
手に当たった感触はあった。しかし吹っ飛ばせた訳ではなかったようだ。嫌な感覚にバリケードがモニターの前に自分の手を持ってくると、そこには器用に張り付いた銀色の物体がいた。笑っている。全く不愉快で不快でしかない声と顔だ。
「ヨウ。無視するなんてヒデェぜ?」
コンソールに手を思いっきり叩き付けたい思いに駆られるが、バリケードはなんとかその衝動を抑える事に成功した。ここでコンソールを壊して後で面倒を被るのは自分だ。そういった妙な理性が彼を今のポジションに付けさせているのだが、残念ながら分かっていてもどうにもならなかった。哀しきかな、これは性格の根本的な問題なのだ。
しかし苛立ちは収まらないので、フレンジーを鷲づかみにし強く握る事にする。何かまたキィキィと喚いているが、無視をしてバリケードはくるりと椅子を回転させた。

どちらも劣らぬ間抜け面が雁首を並べて見下ろしている。
「図体ばかりでかい役立たず共め」
バリケードは性根の腐りきった面と評される顔を歪めて吐き捨てた。
これに怒りで持って応えたのはボーンクラッシャーだ。彼は瞬時に拳を向けたが、それはバリケードに届く前にデバステーターによって遮られた。
「なぜだ!」
ボーンクラッシャーが怒気を巻き散らかす。それは簡単に自分を見上げる男から、拳を掴む男へと矛先を代えた。
「まあ、落ち着け、ボーンクラッシャー」
それを受け止める男は慣れているのか、余裕を持って応えた。特にこれと言った事はしていないが、不思議と彼の言動はボーンクラッシャーを落ち着かせる。今回も今だ不服はあるのだろうが、ボーンクラッシャーはとりあえずは拳を収めた。

「ふん。俺の出番は無いだろうが」
その様子を見ていたバリケードはさも面白い見世物を見た、という表情で二人を見上げる。フレンジーも掴まれたままの状態で、ニヤニヤとしている。彼は優秀だが、興味の矛先が移り易いのが欠点だ。今も本題を忘れて現状を楽しんでいる。
言外にお前がやれ、と言われているが伝わったのだろう。デバステーターが渋い顔になった。
「あいつらとボーンクラッシャーを一緒にするな」
明らかに面白がられているのは不満だが、バリケード相手にこんな事でいちいち反応していたら、色々なものが持たない。伊達に長年バディを組んでいた訳ではない。知能が劣っていようと、いい加減学習するのだ、自分も。
デバステーターは分かりきった事を言うな、とばかりに盛大に呼気を吐いた。
「あいつらは全く俺の言葉など聞かんだろうが。お前やボーンクラッシャーは多少耳を傾けてくれるが、あいつらときたら…」
一から十まで聞き流しやがる。なあ、ボーンクラッシャーと同意を求めると、彼はこくりと頷いた。
「まあ、そうだな」
バリケードも同意を示した。
「俺の意見も聞かん」
そう言ってばっさりと切り捨てる。これで終わりだとばかりに再び背を向けようとした時、手から甲高い音が響いた。
「ソレは違うゼ!」
そう言えば忘れていた。バリケードは舌打ちをして、ソレを投げ出した。ポイッと無造作に投げられたソレは、綺麗な放物線を描いてデバステーターの手に収まった。特等席とばかりに高みからバリケードを見下ろして、どこか満足そうな表情を浮かべている。
「何も違わん」
だから関わらせるな。バリケードは心底うんざりとした顔で言った。フレンジーにそういった感情を悟られるのは拙いと分かっているがどうしようもない。今更隠す気にもならない事だ。ネメシスに居る誰もが知っている。
「よっく言うゼ!」
ケタケタと笑いながらフレンジーがあれやこれやと事例を持ち出して話をし出した。
曰く、前回の惑星探査の時にスタースクリームがお前だけに意見を求めただの、この間進路を決める時にお前に声を掛けていただの、先日ブラックアウトがスタースクリームに噛み付こうとしたのを収めていただの、反対する為に良くお前に同意を求めているだの、良く二人の仲裁に入っているだの、どうやら彼にしてみるとネタに事欠かなかったようで、次々と滑らかに、そして実に楽しそうにその口は動いた。
よくもまあ、見ているものだとバリケードは呆れ半分で聞いていた。事実というなら事実だ。ブリッジの主と化している現状と、二人がそこでぶつかる確立が最も高い事を度外視するのならば、の話であるが。
航路の話を艦長と操縦士がするのは当然の事だ。役割に不満は多分にあるが、他に適任が居ないので仕方が無い。しかもスタースクリームは科学の道ではエキスパートだが、物理に関してはバリケードの方が専門だ。昔からの付き合いだ。それは彼も認めているようで、少なくともその分野では頼りにされているのは分かる。ブラックアウトが自分に同意を求めるのは、これが原因だ。唯一意見に耳を傾ける(と思っている)バリケードに反対されるとより効果的にスタースクリームを貶められると思っているのだ。
スタースクリームが自分に反対されたくらいで挫けるような奴か。そんな事ならとっくに大人しくなっている。バリケードは過去の議論でお互いの意見が対立する確立をはじき出した。9割。素晴らしい数字じゃないか。
二人の仲裁をするのはここで暴れられると、後々面倒を被るのは自分だからだ。外でやるなら誰が仲裁などするものか。壊れたブリッジを自分以外の誰かが完璧に修復するのなら、バリケードはむしろ喜んで一緒に暴れてやると思っている。

「お前だって意見を求められる事があるだろうが」
面倒なので反論は最低限に止め、バリケードは頭上のフレンジーを見上げた。
情報に関する事はフレンジーには誰も勝てない。
「オイオイ、ンな訳ネェだろ。ありゃあ、結果を求められているダケ。俺様の意見は無しヨ。議論スル余地なんざ、ネェ!ってナ」
勿論、俺様が仲裁に入ろうものなら、一瞬でぺっしゃんこだぜ。何が面白いのか、フレンジーはけたたましく笑い出した。流石に掌で喧しくされて苛立ったのかデバステーターが手を握り締めた。ギャッ!と潰れた蛙の様な声がブリッジに響く。ギブ!ギブ!と笑い混じりに金切り声が上がっているので、平気だろう。

微妙な空気が流れた。ボーンクラッシャーは元々あまり喋らない性質だ。バリケードはデバステーターを見上げた。
「で?」
言いたい事はこれで終わりか、と顎をしゃくって会話の終わりを促す。
「あいつらをどうにか出来るなら、とっくにやってる。無駄な事をさせるな」
もしかしたら自分達はあいつらをどうにかする為に、メガトロンを探しているのかもしれない。そんな馬鹿馬鹿しい考えすら浮ぶ。
諦めろ、そう含ませ背を向ける。姦しい声がまだ何か言っているが、今度こそ無視をする事を決めた。
「バリケード」
だが、姦しい声でなければどうか。恐らく声の主はこういった時、どの様な音で、どの様に声をかければ良いのか知っている。それは本人が無自覚に算出した統計に基づいている。
これだから長い付き合いの奴は嫌いだ。バリケードは軽く呼気を吐き、これで最後だと殊更ゆっくりと振り返った。
「デバステーター」
「俺たちも出来るだけ協力しよう。だからやってみるだけ、やってみてくれないか」
バリケードは笑った。ディセプティコンのくせに「くれないか」だと。どの口がそんな事を言うのか。
しかし同時に彼は知っていた。デバステーターが頼む、と口にするのは、自分以外にいないという事を。
沈黙が落ちる。どうやらデバステーターの手の中のフレンジーは伸びているようで、静かになった。うっかり力を入れてしまったのだろう。そっけないふりをして、それなりに緊張しているようだ、とバリケードは小さく笑う。そして肩を竦め、小さく溜め息を吐いた。
「で。俺のメリットは?お前らは何をしてくれるんだ?」
「やってくれるのか?」
ボーンクラッシャーが嬉しそうに口を開いた。戦い以外でそんな喜色を表に出すのは珍しい。これはよっぽど溜まっていたのかもしれない。
「上手い事いくかどうかは保障出来んぞ」
「構わん。とりあえずやってみてくれるのなら、有難い」
「ギャッ!オイ!デバステーター!力を弱めろ、この馬鹿力!」
更に力を込めたのか、痛みに覚醒したフレンジーのキンキン声がブリッジに響いた。反響して聴覚センサーに嫌な余韻を残す。
「すまん」
慌てて手を離し、フレンジーが床に落ちた。更にギャーギャーと文句を言っているので、バリケードは足で器用に救い上げてやった。
もっと丁寧に扱え!と膝の上で喚いているが、無視をする。
「見返りはなんだ」
唯で頼まれてやる訳が無い。デバステーターとボーンクラッシャーが顔を見合わせる。
「俺様は取っておきノ情報をくれてヤルゼ!」
罵るのを止めてフレンジーが応える。流石に彼はちゃっかりとしているようで、用意してあったらしい。
バリケードはそれにまあ、良いだろうと頷いて、視線を上に向けた。お前達は、と二人を見るその視線はどこか楽しげなものだった。向けられて良い感情の湧かない類のものだ。
「まあ良いさ。そうだな、少しばかり付き合ってもらうとするか」
「分かった」
何にだ。デバステーターがそう問う前に、ボーンクラッシャーが答えてしまった。途端、見上げている赤いアイセンサーがすっと細められる。デバステーターは少し早まったかもしれないと思いながら、その赤い光の異様な威圧感から頷いてしまった。頷かされた、と言っても過言ではないかもしれない。
「まあ、あまり期待はするなよ」
今度こそ本当に話は終わりだと、バリケードはフレンジーを再びデバステーターに投げつけ、三人に背を向けた。

モニターに向かった背を前に三人は顔を見合わせる。もう恐らく何を言っても無駄だろうと、デバステーターは軽く肩を竦め、フレンジーは彼の手から肩によじ登り、ボーンクラッシャーは出口に向かって歩き出した。

彼らはこれから少しでも状況がマシになる事を願っている。願いは叶わないと論理回路のどこかが言っているのは、この際無視をしておいた。





FIN