STRANGE LOVE
題名は名珍訳:Dr.Strangelove、博士の異常な愛情より。
バリケードの執着の形。バリケード→スタースクリーム、犠牲者ブラックアウト。多分、スタバリでブラバリ。






ブラックアウトは室内に入り、そうしてそこにある小さな背に声をかけるかどうか逡巡した。
来訪に気付いているくせに反応を見せないのは、機嫌の良さを表している。機嫌の悪い時は、まず室内に入る事は出来ない。
機嫌は良いが、それはブラックアウトに対してではない。故に彼は迷った。急を要する用件があった訳ではない。バリケードの不機嫌を導く事が得策でないことぐらい、彼にも分かっている。もっともブラックアウトは本人の意図しないところで、バリケードの怒りを買う事は多いのだが。

暗い室内の唯一の光源であるモニターの前に座る背は小さい。ブラックアウトがその内容を知るのに何の障害にもならなかった。自然と視覚センサーはその映像を拾う。

まず、ブラックアウトはそれを見た事を後悔した。そのモニターに映し出されていたのは、彼がオートボッツを除いて今最も許し難い存在だったからだ。
面倒ではあるがバリケードへの用は後回しにして、早急にその場を立ち去ろうとしたが思い留まった。
この男の為に何故自分が面倒な事をしなくてはならないのか。ブラックアウトの中の男への対抗意識がふつふつと浮かび上がる。それは自分でも制御出来ない感情だ。
いつだってこの男はブラックアウトの論理中枢を狂わせる。メガトロンへの忠誠のように、男への対抗心はあまりにも自然に根付いている。
モニターから視覚センサーを背けろという論理中枢からの命令を、感情のパルスが邪魔をする。やがて諦めたかのように命令は止まった。

モニターの前に座るバリケードはにやりと笑う。
背中越しにも感じるブラックアウトの葛藤は面白い。機械生命体のくせにブラックアウトの感情は実に分かりやすく、周囲にダダ漏れなのだ。もはや見ずとも分かる。そのくせその感情がどのような行動と結びつくか予想が付かないのは厄介なのだが。今回は予想通りの行動を示したが、それはブラックアウトに突飛な行動を取らせる原因が実物ではないからだろう、とバリケードは分析した。
まだ声をかけるのは早い。そうしてバリケードは再び意識をモニターに向けた。

モニターの向こうでは、スタースクリームがひとり広い空間で舞っている。
それは武道の型をなぞっているだけだが、彼の洗練された動きとそのスピードが華を添え、見事な舞踊に見えた。
スタースクリームの動きは指先ひとつまで制御されている。まったく無駄の無い滑らかな動き。重心移動、足捌き、何をとっても完璧だとバリケードは思った。あまりにも完璧すぎてお手本にはならない、ただの観賞用だと笑う。
自分ではああも見事に出来やしないが、ここまでくるともはや嫉妬すら起こらないものだ。
スタースクリームがひとつひとつ完璧に型をなぞる度に、バリケードのスパークは疼いた。
彼はバリケードの理想を実現してくれる。バリケードは自分の機体の特性を良く分かっている。どう望んだところで出来ない事があるのだ。
統計学や物理学、運動生理学などを駆使し、戦闘のありとあらゆる型を新たに創り上げたところで、自分だけではその全てが実現可能とはならない。自分に合うものだけではバリケードの探究心は収まってはくれない。
スタースクリームが彼の創り上げたあらゆる型をなぞらえる姿は、優雅で美しくそして力強い。
素晴らしい実験体だと、見るたびにバリケードのスパークは悦びに打ち震えた。

「見事だろう?」
声をかけられ、ブラックアウトは我に返った。そうして気付く。自分がモニターにすっかりと魅入っていたのだと。瞬間激しく自身を嫌悪した。
ぐう、と唸り先ほどまでとは違った強さでモニターを睨みつけるブラックアウトを見、バリケードはくるりと椅子を回転させた。ブラックアウトとモニター、両方を視界に収め、にやりと厭らしい笑みを浮かべる。
「お前に合う型、創ってやろうか?」
豪快で雄雄しいタイプを考えるのも楽しそうだ。
薄笑いを浮かべそう嘯くバリケードに、ブラックアウトは自身へ向けていた怒りの矛先を変えた。ふざけたことを、そう怒鳴るつもりであったが、その言葉は声にならずに彼の中へと消えていた。

モニターを見ているバリケードの浮かべる表情を見て、ブラックアウトの感情回路は怒りよりも不快感に塗りつぶされたのだ。
あれは生理的に受け付けない。そう瞬時に彼の論理中枢は拒否を示した。理解出来ない。いや、理解したくない。そういうものだ。
うっとりとした恍惚の表情は、普段自身に向けられるものであれば快く受け入れられるものだ。それがスタースクリームに向けられていれば怒りを感じる。
しかしこれは違う。こんなものを向けられたら、きっと二度とバリケードを抱こうとは思えなくなるだろう。
ブラックアウトはバリケードがこういった表情を浮かべているのを見たことが無い訳ではない。だからこそ、強い嫌悪感が沸き起こる。
あれは彼が研究対象を見ている時の顔だ。捕虜への拷問や、実験の被検体として扱う時に偶に見せる。自らの行いにか、その結果にか、あの顔で笑うのだ。
その表情を今、バリケードはモニターの男、スタースクリームに向けている。彼の全てを否定しているような眼差し。愛しさすら感じるがそれはあくまでひとつの作品としてだ。そこにスタースクリームという男は存在しない。
ブラックアウトはそう感じ、嫌悪感からかバリケードの姿を視覚センサーから外した。そして全てに背を向け、扉へと向かった。

「強く、なれるぞ?」
背後からかかる声を無視し、ブラックアウトは扉を開いた。声は楽しげで甘い響きを含んでいたが、今はただ不快にしか感じなかった。
扉を閉める。廊下の明るさが眩しい。ブラックアウトはほうと溜め息を吐き、歩き出した。
まさか、自分がスタースクリームに同情を感じるとは。バリケードのあの興味の対象が自分で無いことに、ブラックアウトはオールスパークとメガトロンに感謝した。





FIN