スイートバレンタイン
一週間遅れのバレンタイン話。ラブラブ。あまあま。デレデレ。バカップルなメガオプとスタバリ。
この話ではトランスフォーマー達は地球人に認知されています。完全では無くて、まだまだ見たことも無い人も多く、ほとんどの人は半信半疑の夢物語としていますが。少なくとも彼らの居住地であるフーダーダムあたりでは当たり前に受け入れられてます。






「それを」
こちらを見ずにただそれと示されたが、オプティマスは迷う事なくひとつの器具を選び取り、彼に手渡した。流れるような所作で受け取り、作業を続けるメガトロンを見、オプティマスはほうっと溜め息を吐いた。
「いかん。格好良いな」
スパークの内で呟いたはずのそれは、どうやら声に出してしまっていたらしい。先ほどからこちらをちらりとも見なかったメガトロンが振り向きニヤリと笑う。
「惚れ直したか」
「いいや」
「ほう」
寄越された軽口に否定で答えてやると、あからさまに不機嫌を滲ませる。特製のボウルを腕に抱え、泡だて器をカチャカチャさせながらでは全く迫力などなく、可愛らしいとしかオプティマスは思えなかった。
抱えるボウルと泡だて器に手を伸ばし、彼がしていたように出来る限りの丁寧さで扱う。少し心配そうに見ている顔にこのくらいなら、と笑いかけた。
「壊すなよ」
「大丈夫」
多分、とはスパークの内に留めておく。きっと彼は分かっているのだろうが、諦めたように別の作業へと戻っていく。
心配性だなぁ、と思いつつ、メガトロンがこの一連の作業をやる原因は流石に分かっているので何も言えないオプティマスであった。

お菓子作りをするメガトロンなんて、一体誰が想像し得ただろう。流石のオプティマスの出来なかった。それは嬉しい発見でオプティマスは幸せな気分になった。





「おい」
「・・・なんだ」
「通信を切るな」
「必要な回線は繋げている」
スタースクリームが声をかけると鬱陶しさを隠さない声が返ってきた。
負けず劣らず不機嫌な声でお前が悪いのだと非難の色を滲ませると、これまた碌な答えが返ってこなかった。スタースクリームは苛立ちを抑えるのに苦労した。
「大体こんなところで何をしている」
「日光浴だ。日向ぼっことも言う」
似合わない。思わず口に出てしまった。

彼、バリケードが居たのはフーバーダムの一般に開放されている駐車場だった。ビークルモードだったが、彼の周りは空いている。そう混んでいる訳ではないので、あえてポリスカーの近くに寄りたい物好きもいないのだろう。
しかし流石にF-22が飛んできて彼が何者か分かったのだろう、観光客達が騒ぎ出した。スタースクリームがトランスフォームし、ロボットモードになるとざわめきは更に大きくなった。
「何をしに来た。邪魔をしに来たのか」
「いや、違う。別に邪魔をしに来た訳ではないぞ」
明らかに不機嫌になった声が問う。
普段のスタースクリームならバリケードの不機嫌など構う事は無いが、今回は少しばかり事情が違った。調べた限りでは相手の機嫌を損ねてはいけないとあったのだ。
「なら何をしに来た」
機嫌が直ったのか、それとも何か別の興味が沸いたのか、バリケードは少しだけ態度を和らげた。何か含みを滲ませた声ではあったが。
「お前、何か俺に渡すものがあるだろう」
スタースクリームはこういう時、直球である。彼の姑息で周到な知恵はこういう事には使われないらしい。
バリケードは分かっていた。彼が何を言いたくて、何を求めているかを。しかしそ知らぬふりをする。折角気持ち良くなっていたのに台無しにしてくれた礼だ。
「何がだ。解析を頼まれていたデータは昨日渡しておいたはずだぞ」
「違う。そうじゃなくてだな!」
「なら何だ」
「今日!俺に!渡すものがあるはずだろうが!」
「今日?・・・ああ、確かバレンタインとか言ったか?昨日あたりバンブルビーとジャズが煩くしていたな。ああ、オプティマスもか」
なんかくれくれと煩かったから、今朝、自分の好みの音楽を入れたデータをやったな、と呟く。
そして、そういえば昨日オプティマスも世話になっている人間達にお菓子を作ってあげたいとか言っていたな、とバリケードは思い出した。朝から見かけなかった。メガトロンも。
そう言って、だからどうした?と問うと、スタースクリームはなんでこそまで言って分からないんだ!と喚き出す。バリケードは笑いを堪えるのに苦労した。

「おい、スタースクリーム」
地面を壊さん勢いで地団駄を踏みながら何か喚いているのを、面白いからと言って放置しておくのは流石に拙い。周りに集まっている人間達が悲鳴を上げている。このままでは一緒に怒られるのは目に見えていた。それはごめんだ。
「なんだ!」
この星に来てオートボッツと和解してから、スタースクリームも随分を丸くなったように思う。自分もだがこの状況、以前なら確実に周囲は火の海になっていたはずだ。
「バレンタインだから、何かくれというのだろう?」
「そうだ!」
バレンタインは恋人がプレゼントを贈り合う日だと、バリケードのデータベースにあった。家族や親しい人同士でも行われるとあるが、スタースクリームが言いたいのはこちらのはずだ。地域によっては男が女に、女が男にと変わるがそういうことで間違いないだろう。
意外とイベント好きなスタースクリームだ。人間の文化を馬鹿馬鹿しいと言いつつ、しっかりと感化されている。
バリケードは大袈裟に溜め息を吐き、イライラした様子のスタースクリームに言った。
「お前は俺に何もくれないのか?」と。
少し愁傷な態度でそう言ってやれば、スタースクリームが目に見えて動揺した。その動揺しっぷりにバリケードもまた少し動揺してしまった。
「・・・欲しいのか?」
変に真面目な声で聞いてくる。バリケードは妙に恥ずかしくなった。思わず小さくなってしまった声で肯定の意を伝えると、スタースクリームは即座にトランスフォームし飛び立っていった。周囲の人間達が歓声をあげる。悲鳴を上げたりと忙しい連中だとバリケードはぼんやりと思った。
抜けるような青空に白い雲を描きながら、遠く消えて行く。本当に彼は何かくれるつもりなのだろうか。
騒がしい周囲にこれ以上ここに居るのは嫌だと、日光浴を終了させ、バリケードはフーバーダムの基底部入り口へと向かった。妙に暑いのはきっと日に晒され続けていたせいだと思うことにした。





オプティマスはダムで働いている人達に作ったお菓子を配っていった。彼らは一様に驚き、そしてとても喜んでくれた。
「貴方が作ったのですか?」
そう聞かれるとオプティマスは笑いながら私はどうもこういう作業は向いてないらしいと言い、誰が作ったかはやんわりと隠した。こういうサプライズは時間が経った後の方が面白いのだ。

人間達に配り終えた後、オプティマスは仲間達に配った。こちらはエネルギー物質を甘く味付けし、形を整えたものだ。
オートボットのメンバーは誰が作ったものなのか分かっていたようで、しきりに感心したりしている。
「ラチェット。アイアンハイドはまだ帰らないのか?」
「ええ。今日はもう帰って来ないと思いますよ。なにせ可愛い可愛いお姫様に会いに行ったのですからね」
朝から、というか数日前から何を贈ったら良いのかとずっと付き合わされてきたとラチェットは少し呆れた口調で言った。しかしその声は柔らかく、優しい。
「そうか」
きっと今頃レノックス宅で起こっているだろう、レノックスとアイアンハイドの戦いを想像し、オプティマスは笑った。

「おいしー!」
「すげー!」
バンブルビーとジャズが早速お菓子を頬張って歓声を上げている。美味い美味いとそれなりにあったお菓子がどんどん彼らの口に消えていった。
そんな二人を微笑ましく思いながら、合ったら礼を言うようにと告げ、オプティマスはディセプティコンのメンバー達にもお菓子を配っていった。

彼らは一様に怪訝な顔をしつつ、それを受け取った。そんな彼らを見てオプティマスは誰が作ったのか明かしてやる。
凄まじい絶叫がリビングルームのように使っている一室に響いた。きっとダムの外にも木霊しているだろう。
その場に居る者達は皆、聴覚センサーを一時的に麻痺させられ、その音源を気持ち悪いものを見るような目で見た。
「ブラックアウト・・・落ち着いてくれ」
お菓子が入った小箱を握り締め、全身を震えさせながらまだおかしな声を出しているブラックアウトにオプティマスは恐る恐る声をかけた。
しかし聞いていないのか、聞こえていないのか、ブラックアウトはブツブツと呟きながらあっちの世界に行っているようだった。メガトロン様が、メガトロン様が、と壊れたようにそればかり繰り返しているので、オプティマスは話しかけるのを諦めた。
ボーンクラッシャーやデバステーター、バリケードも感動しているようだが、ブラックアウトが異常な反応をしたせいでかなり落ち着いていた。

「スタースクリームはどうした?」
「・・・何故俺に聞く」
渡した時の反応が楽しみだったスタースクリームの姿が見えないので、バリケードに訊ねると、案の定少し不機嫌に返される。
理由はまあ色々とあるのだが、言えば確実に機嫌を悪くするのは分かっているので、オプティマスは笑って誤魔化した。流石に何十、何百とこの短い期間に経験すれば鈍く天然気味なオプティマスも学習するのだ。
「・・・昼間にどこかへ飛んでいったきり見ないな」
仕方が無いとばかりに答えるバリケードにそうかと返し、オプティマスはスタースクリームの分だと小箱を渡しその場から離れた。背後から聞こえる罵声は聞こえないふりをして、出来るだけ速やかに去るのがコツだ。そしてそのまま残ったひとつを抱え、彼の部屋へと向かった。





スタースクリームはこの時ほど自分の身体の大きさを呪ったことはなかった。
この国の、特にこの地域ではトランスフォーマーの存在は親しまれているので、彼らは街に行って買い物をしたりする事も出来る。しかしそれは小型機や中型機までの話だ。スタースクリームのような大型機では街に降り立つ事ができない。出来たとしても、周囲を破壊しないように動く事はほぼ不可能だった。
とりあえず、バリケードに何か買ってやろうと飛び出したのは良いが、街に入れないのは誤算だった。カー製品をと思っていたのだ。彼はあのビークルを気に入っているらしく、最近では外装だけでなくインテリアも凝りだしていた。バンブルビーやジャズと共に買出しに出かけては何か買っては満足げにしているのをよく見かける。
こんなものもあるのだと渡されたコックピットで揺れる芳香剤は、バリケードの形をしていた。
こうなっては自分が持っているものしかないか、とダムへ進路を取りながらスタースクリームは考えた。何があったか。彼が喜びそうなもの・・・まあ、自分がやるのだ。何であっても嬉しいはずだが、どうせならと思う。
共通の趣味である科学分野の研究データ。これは渡したら最後、当分引き篭もって出てこなくなるので却下だ。
こっそり開発した強化パーツ。これも解析だの開発だのなんだので引き篭もられる。
あれやこれやと自室のデータを引っ張ってくるが、どれもこれもいまいちだった。喜ぶだろうが、その後がいけないものばかりだ。
そうして結局彼が出した結論は、とっておきの上質エネルゴンだった。





「皆喜んでいたぞ」
「ふん。お前からと言っておけば良いものを。煩くて仕方が無かったぞ」
「私が作ったものはこれだけだからな」
メガトロンの私室で、オプティマスは彼の寝台に座り持っていた小箱のラッピングを解いていった。メガトロンは向かい合う形で椅子に座っている。
「我ながら美味くできたはずだぞ」
「ほとんど俺が作っただろうが」
「仕方が無い。何故か私が作ると食べ物ではなくなってしまうのだ」
オプティマスは小箱の中からハート型のエネルゴンをひとつ摘まみ、メガトロンの口元へ持っていく。空いた口にそれを放り込み、自分もひとつ摘まみ口に含んだ。
「大体、形に入れて固めるだけなのにどうしてああなるのだかな・・・」
「ははは。不思議な事もあるものだ」
「お前が不器用すぎるだけだ。馬鹿者」





「ほら」
バリケードの私室を訪れたスタースクリームは、何だと問う彼に手に持っていたビンを投げた。綺麗な弧を描き、それを受け取ったバリケードはにやりと笑う。
「やる」
ぶっきらぼうな口調に思わず笑い声が漏れた。そしてスタースクリームの手の中のものを見て笑みを深める。どうやらやっと気付いたらしい。朝からスタースクリームの私室にあったその小箱はバリケードが置いたものだった。
「座れよ」
椅子を勧めて、バリケードは自分は寝台に腰をかける。座ったスタースクリームにオプティマスから預かったものを渡してやる。
「ハッピーバレンタイン、だとよ」
オプティマスからだと言ってやるとあいつは何を考えているんだとブツブツ言いながらも、どこか嬉しそうにその小箱を弄っている。なんだかんだと好意を寄せられるのが好きなのだ、スタースクリームは。何せ自分が大好きなヤツだから。
「ちなみに作ったのはメガトロン様だからな」
残さず食えよ、と言うと箱を弄るのをやめ複雑な表情をし固まってしまった。そのうち再起動するだろうと、バリケードは立ち上がりグラスを取りに行った。二人分だ。スタースクリームが自分のプレゼントを空ける前にさっさと飲みきってしまおう。

箱の中身が紙切れ一枚だとばれないうちに。





FIN