シンプルデイズ

ジャス、ビー、バリケードたち斥候組の遭難話。
敵はスターシップトルーパーズの虫型エイリアンをイメージ。






生きる為に生きる。単純な話だ。





「こっちだ!」
岩陰から躍り出た影が発した声に、ジャズとバンブルビーは迎撃を疎かにせず、わずかに意識を向けた。敵は数こそ凄まじいものがあるが、一体一体の力は彼らトランスフォーマーにとって大した脅威ではない。しかし決して油断は出来ない。弱いものがその数にものを言わせ、巨大なものを打ち負かすことなど、良くある話だ。
自分達も似たようなものだと、ジャズはひっそりと笑った。声にバンブルビーは酷く驚いているようだった。それでも銃撃の手は止めてはいない。流石だと後輩の成長をスパークのうちで称える。そしてジャズは喧騒の中、叫んだ。バンブルビーと声の主に良く聞こえるように大きな声で。どうせ敵は言葉を理解出来ない。
「視覚をシャットアウトしろ!」
声と共に持っていた閃光玉を投げる。強烈な光が周囲を包む。敵の、原始的生物達の悲鳴が上がる。ギィィィと耳障りな声が光と共に木霊した。

ラチェット特製のその閃光玉は確かに良く効いた。ジャズはそれが誰の手によって作られたものであるのか知っていたので、ほぼ完全に視覚を切っていたが、バンブルビーは目を回してしまっていた。視覚から入った大量の光エネルギーの情報量に回路が麻痺しているのか、ふらふらとした足取りで覚束無い。手を取ると、しっかりと握り返してきた。見えないという事は恐ろしい事だ。特に戦場において。ジャズは安心させるように残った片方の手で頭を軽く撫でてやった。
「しっかりつかまっていろよ」
そして大地を蹴って駆け出した。目指すは声が聞こえた岩陰。よっぽど苦しいのかギィギィと鳴き叫び、甲殻を持つ昆虫型エイリアン達はこちらのことはお構いなしにのた打ち回っている。十分な時間稼ぎになりそうだ。残念な事に試作品だと渡されたそれはおいそれと使うだけの数は無い。全く厄介な星に来ちまった。ジャズは走りながら、溜め息と共にごちた。

岩陰に行くと、声の主が不機嫌を隠さずに二人を迎えた。隠す気の無い舌打ちが響く。バンブルビーよりは症状はずっと軽そうであるが、やはりあの強烈過ぎる光の後遺症に悩まされているようだった。焦点がいまいち合っていない。回路がショートするまではいかなかったが、視覚を奪われ、完全に回復していないのだろう。
彼ら相手ではこの程度か。どうやらディセップ連中相手じゃあ、あまり期待は出来ないようだぜ、ラチェット。ジャズはスパークの内で肩を竦めた。

言いたい事はお互いにたっぷりとある。男は不機嫌であるが、今は口論する気も戦う気も無いようだ。ジャズもそうだ。今は戦うべき時ではない、と理解している。今にも口火を切りそうなバンブルビーを繋いだ手を強く握る事で諌め、ジャズは男の名を呼んだ。
「バリケード、」
「話は後だ。付いて来い」
一応感謝の言葉を述べようとしたジャズを遮って、男が背を向ける。無防備だが、迂闊に手を出せない背だ。その背に付いて歩き出す。

『ジャズ!』
閉鎖回線を使って送られたメッセージは不安と軽い憤りに満ちていた。
『大丈夫だ、ビー。俺を信じろ』
『でも!バリケードだよ!』
『ビー。俺よりお前の方があいつを知っているはずだ。碌でも無い嘘吐きで凶暴で好戦的で最低の性格だってな。目的の為にはなんだって使う』
『あっ』
『そういう事だ』
バンブルビーの回復した視覚センサーににやりと笑うジャズの顔が映った。
不安を退けるような軽い調子で送られるジャズのメッセージの意味を、バンブルビーは理解した。気付いたらしい彼に、ジャズは再び大した奴だと誇らしい気持ちになった。
引き摺るような足取りから、軽やかとまではいかないがしっかりとした足取りになった。二人で並んでバリケードの後に続く。ぽつりぽつりと荒れた大地に影を落とす巨石の影を上手いこと渡り、連中に見つからないように移動する。そろそろ閃光玉の効力も消えるころだろう。どこへ行くにしろ、早く目的地へ行かなければならないが、バリケードはそう急ぐ様子も見せなった。
『あいつにとって俺らは生き延びる為に必要なのさ。なら俺達も利用しない手はないだろう。一人より二人。二人より三人ってな。あんな気色悪いの相手だ。ディセップの手を借りても誰も文句は言わないさ』
『でも油断は禁物、だね』
『そういうこった』

「ここだ」
二人の秘密の相談が終わるのを、まるで待っていたかのようにバリケードが振り返った。ビクリと少し反応したバンブルビーを見て、にやりと笑う。全てお見通しだと言わんばかりのそれに、バンブルビーはキッと睨み返す事で応えた。ジャズは肩を竦める。
馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻で笑い、バリケードは自分よりも大きい岩に向かい、それを押し出した。岩はオプティマスやメガトロンと同じくらいの大きさがあり、それに見合った重量を持っているのだろう。小柄な自分達では相当力のいる仕事だ。
彼は手伝えと言わなかったが、ジャズとバンブルビーは隣に立ち押すのを手伝った。一人でも動かせない事はないが、三人だと早い。
「止めろ」
ずれた岩の下にはぽっかりと開いた穴があった。まだ半分ほど岩に隠れているが、自分達が通るには十分な大きさを持っていた。
「まさか、ここに入れって?」
『なに、これ・・・』
ジャズとバンブルビーはお互いの顔を見て、胡散臭そうに呟いた。
そんな二人をちらりと一瞥し、バリケードはさっさとその穴に入っていった。
「良いぜ。連中に食われたいんだったら、好きにしな」
再び、二人は顔を見合わせた。バンブルビーは情けない顔をし、ジャズは空を仰いだ。
すっかりバリケードの姿は見えないが聞こえてはいるだろう。ジャズが穴の中に声をかける。
「これってやっぱり?」
「連中の巣穴だ。お古のな」
「大丈夫なのかよ」
「その場しのぎにはなる。長くはもたんがな」
入って来るのならさっさと入れ。入りたくないなら、さっさとどっか行って食われて来い。
苛立ちと呆れを含んだ声が穴から聞こえてくる。まるで、地獄とやらが手招く声のようじゃないか、とジャズは碌でもない想像をした。しかしこのままでは埒があかないのも確かだ。地上を逃げ回るのも限界がある。バリケードがすんなりと入っていったと言うことは、中は安全なのだろう。エイリアン的な意味で。バリケード的な意味では安全な訳が無い。それでも背に腹は変えられぬ、とジャズは決心し、穴に入ろうとして、まずは俺が先に行くと、振り返った。
「あれ?ビー?」
後ろに居るはずバンブルビーがいない。
『ジャズ!早くしなよ』
穴からひょっこりと顔を出し、聴覚センサーをぴょこぴょこさせている後輩を見た時、ジャズは思わずがっくりと項垂れた。掌に触れる大地が熱い。
「俺って馬鹿みたい」
「今更だな」
可愛い後輩ではなく、憎たらしい敵からありがたいツッコミを入れてもらってジャズはその穴に飛び込んだ。

中は意外と快適だった。
まず照りつける太陽が無いということはありがたい。ただでさせ、戦闘中はフル稼働でボディが熱を持ちやすいのに、そこにあの日差しの酷さは疲労を増長させる。
それに自分達が小柄だからだろうか。あの昆虫共と大きさは変わらないので、広さも申し分ない。自分達以外だと、ちょっと、いやかなり辛いかもしれない。
暗いのは暗視スコープでなんとでもなる。
「これってあっちこっち繋がっていたりすんの?」
っていうか、お前何時からここにいんの。
ジャズはすっかり慣れた様子のバリケードに呆れまじりの質問を投げかけた。そういう彼も床に座り込みぐでっとだらしない格好をしていた。バンブルビーはあちこちを興味深げに眺めている。
「繋がってねぇよ、ここはな。他は知らねぇがな。何時からだと?・・・聞くな」
自分のボディを弄りながら、鬱陶しそうな声でバリケードが答えた。心底嫌そうな声だったので、ジャズは突っ込むのは自重しておいた。する必要など一ミクロンも無いが、ちょっとだけ同情してしまうのは仕方がない事だろう。下手をすれば、簡単に立場は入れ替わっていたのだから。
「おい。てめぇらの通信はどうだ」
バリケードはチッと盛大に舌打ちをし、弄っていた手を止めた。
「通信?」
「上とのだ」
地上じゃねぇ、と言われ、ジャズとバンブルビーは苦い顔をした。それで十分だったのか、バリケードも額を押さえ、再び舌打ちをした。
「自力で脱出は試みたか?」
「いや、まだだ・・・けどその様子じゃあ・・・」
「やってみても構わないがな。てめぇらが自滅する分にゃあ、こっちもありがたいが・・・今はてめぇらでも立派な戦力なんでな。無駄なエネルギーを使うだけだ。やめとけ」
「やっぱ、あの磁気嵐が原因か?」
照りつける太陽と、青空と、そして七色にたなびくオーロラ。非常に綺麗な光景であるが、実際はとんでもなく酷い状況だ。荒れ狂う電磁波が渦を巻いてこの星の表面を覆っている。
お陰で突入時にあちこちに不具合が出るわ、衛星軌道上にあるアーク号とは全く連絡が取れないわ・・・バリケードの言うことが本当なら、自力での脱出も無理っぽいときた。そうとう上手くコントロールして、タイミングを合わせに合わせれば、磁気嵐の隙間を抜けられるかもしてないが、まあ、神業クラスの芸当だ。自分達の出力ではぶち抜いての突破は無理だ。ジャズは早々に諦めた。バリケードの言う通り、余計なエネルギーは使いたくない。

斥候で出た以上、基本的に自分達からの連絡が途絶えても一定の時間が経たないと救助は来ない。最近は年下可愛さに連絡が無かったらすぐに動こうとする連中ばっかりだが。自分が同行したことで、一方的に途絶えても何か理由があると考えしまうかもしれない。そうなると、救助は遅くなる。
ジャズははぁ、と溜め息を吐いた。長い人生こういう事もあるだろうが、出来るのならばあって欲しくないじゃないか。
「バリケード」
声をかけるとじろりと睨まれ、ジャズはああ、怖い怖いとおどけて見せた。
「お前の迎えは何時来るの」
「さあな」
ああ、そうか。こいつはディセプティコンなんだ。迎えなど来ないのかもしれない。ジャズはぼんやりと考えた。
ほんとめんどくせぇ。だらけた格好でふて腐れるように呟いた。

バンブルビー?あいつなら寝てる。意外と肝っ玉の据わりきった奴だからな。





FIN