嘘吐きと卑怯者





「ブラックアウト。離せ」
怒りの波長を存分に含ませた声音と視線。これで彼が行為を止める確立は半々だが、どうやら今回は止める気はないようだ。掴まれた腕の関節部分がぎりぎりと軋みをあげている。
戦闘中ならまだしも、圧し掛かられては倍以上の体格差を容易に返すことはできない。全力で抗えばそれも十分に可能だろうが、ここはネメシス号のブリッジだ。自分が倒されているのはコンソールの上。抵抗すればブラックアウトは必ず問答無用で武力行使をかけてくるだろう。もちろんバリケードは自分が負ける気は無いが、なにぶん場所が悪い。ブリッジを戦闘の場にしようものなら後が面倒だ。

変なところで思考回路に制御のかかってしまう自分が恨めしい。こうなったのもスタースクリームのヤツがしっかりとしたリーダーシップを取らないからだ。俺がリーダーだと威張り散らかすのならもっとそれらしくしろと言いたい。ブラックアウトもブラックアウトで二言目にはメガトロン様が、メガトロン様を、メガトロン様なら、だ。涼しい顔をして煽るフレンジーやそ知らぬ顔で一言二言多いボーンクラッシャー、傍観しているだけかと思えばしっかりと暴れているデバステーターにスコルポノック。本当にろくなヤツがいない。もう少し回りを見ろと言いたい。時と場所を少しは考えろと。いや、言った。聞く耳を持つヤツがいなかっただけだ。
こういう時、バリケードはメガトロンというひとの偉大さを思い知るのだ。よくもまあ、こんな連中を纏め上げていたものだ。メガトロンが再び自分達を率いる時がくるのであれば、あまり馬鹿なことをしないようにしよう、とバリケードはひっそりと思った。

そろそろ自分の下敷きになっているコンソールが悲鳴を上げそうになっている。
バリケードは苛立ちを隠さずに、もう一度ブラックアウトに離せと言った。

「離せば逃げるだろう?」
不満たっぷりの声に、腕を掴む力が増す。
「逃げれるなら逃げてやるさ。容易いことだ。なんならお前をぶっ壊してやっていい。お前がそのご自慢の武器を披露しないってならな。ここをどこだと思っている」
「ふん。ネメシス号のブリッジだな」
「分かっているなら離せ。こんなところで遠慮なしで暴れるほど愚かにはなれん。・・・相手をしてやるよ」
暗に貴様は愚かだとの意を含んだ言葉だったが、ブラックアウトは気付いていないのか、今は流すことにしたのか――おそらくは後者でしかも根に持つだろう――引き千切れないぎりぎりの力で掴んでいたバリケードの腕を握り、離した。
「チッ。体格差を考えろ、この馬鹿め」
自由になった腕を回して損傷の有無を確かめる。どこもいかれてはいないようで、少しの痛みはあるが普通に動いた。コンソールの方もどうやら無事なようだ。
確認の為に色々と弄くっていると、再びその腕を掴まれた。そしてそのままバリケードはずるずるとブラックアウトに引っ張られた。
「おい」
「お前の席に俺は座れん」
「少しは待てんのか」
「黙れ」
メインコンソールの前がバリケードの常の席だ。ネメシス号のほぼ全ての計器機器が集中しているその席を、バリケードは長い年月をかけすっかりと自分用にカスタマイズした。その席は自分にはぴったりでも、ブラックアウト達には小さく、フレンジーには大きい。ぎりぎりでなんとか他の者が扱えるが使いにくことこの上ないだろう。

バリケードが引っ張るなと文句を言うと、ブラックアウトはとりあえず強引に引き摺るのは止めたが腕は離さなかった。体格差の為、バリケードは少し足早にならなくてはならなかった。ブラックアウトの席に行くのだと分かっているのだから、いい加減離せば良いものを、とバリケードは内心で思いっきり舌打ちをした。ここまできて逃げるのは馬鹿らしい。

「ブラックアウト」
席に座ったブラックアウトの膝に乗せられ、バリケードはその眼前に指先を突きつけた。丁度良い場所だ、となんとなく思った。
「なんだ」
「お前に付き合ってやるんだ。後で俺にも付き合えよ」
その時のバリケードの顔は、にやりという形容が似合うものだっただろう。彼本来の実に意地の悪い顔だ。
「なにをだ」
その顔に少し、認めたくないが少しだけ嫌な感じがしたブラックアウトだが、もちろん表に出すような真似はしない。いかにも面倒だ、という音声で返した。
「決まっている。最近身体が鈍って仕方がないからな、次の交代で休眠に入る前に外へ出るぞ。分かっていると思うが・・・逃げるなよ?」
「誰が逃げるかっ!良いだろう、相手をしてやる。お前こそ逃げるなよ」
「なら良いさ。ここのところ船で待機が多かったからな。暴れ足りん」
「ええい、もう黙れ。バリケード」
このままバリケードの言動に付き合っていたらすっかりやる気も削がれてしまう。それにヤツの実に嬉しそうで嗜虐的な顔と言ったらとんでもないものだとブラックアウトは思った。時々忘れそうになる。バリケードがこういうヤツなのだということを。

ブラックアウトは性急に行為に移った。手加減する気は全くなかった。もとよりそんなものは無かったが、更に攻め抜かなければならない。この後のことを考えると十分にバリケードを弱らせておかなくてはならないのだ。

向かい合っていた体勢から背を向けさせた。バリケードは力を抜いて凭れかけてくる。背後から腕を回し、硬い胸の装甲に指をかける。そこにバリケードの意思が無ければかなりの力を込めなければならないが、今はあっさりと開く。複雑で繊細な内部がさらされる。その奥には青く輝くスパークがある。それが見えないことをブラックアウトは少しだけ残念に思った。しかし思う。それはまた次のお楽しみにしていれば良いのだと。

ブラックアウトは複雑で繊細で柔らかい部分に指を二本潜り込ませた。傷つけないように――以前傷つけて凄まじく怒られ本気で壊されかけてから注意をするようになった――中を探る、その動きに膝の上の小柄な身体が時折ビクリと跳ね、殺し損ねた声が洩れる。
その姿と声はブラックアウトを煽った。バリケードの全てを支配したかのような感覚に愉悦を感じる。
ゆるゆると内部を探っていた指先から微量の電流を流し込むと、バリケードの反応が激しくなる。そのままの指先で見つけたバリケードの感覚中枢の末端に接続させた。電気を帯びた状態での接続はやはり負担が大きいのか、バリケードの身体はがくがくと震え出す。しかしそれが苦痛ではないことは、荒い呼吸に抑えきれない喘ぎが混じっていることが証明していた。
「ずいぶん気持ち良さそうだな、バリケード」
「黙っ・・れ。うっ・・・くぅ!」
ブラックアウトは電流を止め、接続した末端から信号を送った。自身の分身のようなその信号はバリケードの感覚中枢を駆け巡り内部を蹂躙し、ブラックアウトに戻る。戻ったその信号はブラックアウトの感覚中枢で快感として変換された。それはたまらなく気持ち良いものだった。
ブラックアウトはその信号を幾度も流し込んだ。バリケードが制止の声を上げているが、そのような声音ではとても止めてやることなどできない。信号は強弱を変え、振幅の幅を変え、リズムを変え、バリケードの内部を駆け巡った。

「あっ・・・あ・・・あぅ・・うぁ」
最早バリケードの音声は全く意味を成してはいなかった。機械の身体が小刻みな痙攣を繰り返す。快楽の許容範囲を超えているのかもしれない。
ブラックアウトももう限界に近かった。最後にと、一際大きく強い信号を送る。
それを受け、悲鳴に近い声を上げてバリケードは一瞬己の全機能を停止させた。すぐに動き出したが、暴走しかけた感覚中枢の名残りで身体は震え、普段鋭い光を宿す瞳はぼんやりと淡く瞬いていた。
ブラックアウトもまた、返ってきた強烈な信号に感覚中枢が焼き尽くされるような快感を感じた。バリケードのように機能は停止させなかったが、やはり反応は鈍い。荒い息を付く。胸部から指を引き抜く。その動作にバリケードの身体は再び跳ねた。

ブラックアウトはバリケードの焦点の定まらないような瞳を見、再び欲が湧き上がるのを感じた。今だ小刻みに震える身体に電流を纏わせた指を這わす。金属の身体に小さく火花が散り、その度に大きく跳ねた。その様を見て、ブラックアウトは愉悦の笑みを浮かべた。

これだけやれば十分だろう、とブラックアウトがバリケードを解放したのは見張りの交代が来る少し前だった。
「さあ、もうすぐ交代の時間だ、バリケード。逃げるか?」
ぐったりとしているバリケードに、今回はもうこれから手合わせをするのは無理だろうとほくそ笑む。やったとしてもこの状態のバリケード相手なら負けるはずもない。
そう思っていたブラックアウトに、膝の上でぐったりとしていたはずのバリケードがにやりと笑った。
「まさか。なんの為にお前の相手をしてやったと思ってるんだ?」
バリケードはそう言って、膝から降り、あの酷く根性の曲がった性質の悪い笑いを浮かべた。
「ボーンクラッシャーとフレンジーが来たらすぐに行くぞ」
ブラックアウトは半ば呆然と、事後の疲れもなにも見せずに軽やかに自分の席へを戻っていくバリケードの背を見つめた。
そうして思い出したのだ。バリケードは、あいつはひどく好戦的で短気で、人を欺くことに快感を覚えるようなヤツだったのだと。
これで何度目だろうか。ブラックアウトは何度もバリケードの普段見せるどこか真面目で苦労人な顔と雰囲気に騙される自分を思いっきり殴りたくなった。
「ブラックアウト。逃げるなよ?」
ブリッジの中央の席からバリケードが楽しくて仕方がないというような声を投げかけてくる。
「逃げるかっ!バリケード、貴様をぶっ壊してやる!」
ブラックアウトはこれ以上無いような不機嫌な声で怒鳴った。その声に楽しげな笑い声が重なり、ブラックアウトの機嫌が更に悪くなったのは当然のことだろう。





FIN