あまやかな夜の話





「疲れているのか、オプティマス」
連日の激務で疲れていないはずがない。更に今日はあの愚かしい議員共相手の会議があったのだ。それでもメガトロンはそう問い、寝台に腰をかけるよう促した。
オプティマス・プライムはそんなことはないと言い、ゆっくりとした動作で寝台に腰をかけた。メガトロンは片手に持っていたグラスを渡す。

彼が大人しく弱音を吐く訳がない。分かっていたことだが、メガトロンは胸の内で苦く笑った。自分には吐いても良いだろうと思うのだが、以前それを言った時、お前はどうなのだ、と問われ答えに窮したことがあった。
確かに自分も滅多にオプティマスに弱音を吐かない。たとえ辛い時であろうと彼にはそんな姿を見せたくないとメガトロンは思っている。
つまりはそういうことなのだ。自分も同じなのだ、とオプティマスは告げていた。
見栄っ張りで強情で愚かなことだ。弱いところを見せたところで嫌うはずもないのに、お互いにそれをどこかで恐れているのだ。そのくせ相手の弱さを欲している。
その矛盾と強がりが愛しく、哀しかった。

オプティマスの隣に腰をかけ、メガトロンは持っていたグラスを煽った。中身は上質のエネルギー触媒だ。蒸留に蒸留を重ね、高濃度の純粋なエネルギーの塊であるそれは燃料としてだけでなく、体内に取り込むと心地良い熱と酩酊感を与えてくれる。
内部をゆるゆると焼きながら流れてゆく熱を感じながら、メガトロンは隣を見た。オプティマスは俯いていたが、こちらの視線に顔を上げほんの少し笑って同じようにグラスを煽り、ほぅと息をついた。

「美味い、な」
「貰い物だ。スタースクリームからなのだが、また一体何を考えているのやら。こんな高価なものをあやつから贈られて疑うなと言う方が間違いだというものだ」
「そんなものを私に飲ませてくれたのかい?」
オプティマスが楽しそうに笑う。
「なに、共犯者になって頂こうと思ってな。国家元首様がお飲みになられるのなら誰も文句は言うまい?」
メガトロンは少しおどけたような仕草をしてみせ、そうしてくつくつと笑った。
「スタースクリームはそれを見越しているのかもしれないな」
「かもしれんな。しかしそうでなければ張り合いがない」
「楽しそうだな」
オプティマスはとても嬉しそうに笑い、グラスを煽る。それを見てメガトロンは内部を巡っているエネルギーの熱が上がった気がした。
「さあな。あれを楽しいと言っていいのかどうか。まあ、退屈はせんな」
少し素っ気無い音声で返し、メガトロンはグラスの残りを一気に煽った。更に熱は上がった。

「メガトロン」
オプティマスがそっとメガトロンの頬に手を添える。無骨な機械の指が繊細な動きを見せた。
「お前の方こそ、辛くはないか?」
近づいてくる瞳は青く輝き、エネルギー触媒の酩酊感と熱からか少し揺らめいているように見えた。吐き出される息が常より熱を帯びていることを、センサーが伝えた。
それらは自分を心配する憂いを帯びた表情に艶やかな色を添えていた。
「オプティマス。それは愚問だ」
メガトロンは同じように彼の頬へと手を伸ばした。金属と金属が触れ合うそこには何の意味も熱もない。それでも触れることによって生まれる何かがあった。
自分の瞳も同じように赤く揺らめいているだろうか。呼気は熱を帯びているだろうか。

二人は額を合わせた。赤と青の光が一瞬交ざり、ふっと消えた。触れた部分から緩やかな信号をメガトロンは送った。同じような信号がオプティマスからも送られてくる。
混ざり合う信号に、酩酊感は更に増した。ただただ柔らかく優しいだけだったそれが、徐々に欲と熱を帯びてくる。全ての回路を絡め合い共有し、そしてそれらが加速し始めているような感覚は初めこそ奇妙なものだが、やがてぞくりとした快感に変わる。
回路を巡り、巡られる。相手の全てを手に入れ、そうして自分の全てを明け渡すかのようなこの行為を、メガトロンはオプティマス以外の誰とも行おうとは思わない。彼が他者を相手にする時の行為は一方的なものでしかない。オプティマス以外を己の内部に受け入れるなど屈辱でしかないのだ。意味の無い信号ならば受け入れることはあるが、そこに相手の意思があることをメガトロンはひどく嫌う。
それはオプティマスも同じだった。彼の場合はメガトロンほどの拒絶は無いが、それでもここまで深く重なることを許しはしない。ここまで溶け合うことはきっとこれから先、メガトロンを相手にする以外無いだろうと思っているのだ。

オプティマスのもうひとつの手がメガトロンの胸部に触れる。決して容易には開くことの出来ないそこをオプティマスはゆっくりと開いていった。スパークの収まったそこをこうもあっさりと開いてくれるメガトロンに、オプティマスは言い様のない悦びを感じた。 そうして同じように触れる指を迎え入れる為に、胸部を開く。恐れはない。
二人は更に深く重なり合う為に、お互いの感覚回路の端末を探した。それはすぐに見つかったが、しばらく色々なコードに触れては撫ぜた。あっ、と艶やかな声を上げたのはどちらだったろうか。その声が合図であったかのように、メガトロンとオプティマスはお互いの回路の末端を繋げた。

更にお互いの意識が重なり合う。どろどろに溶けて交じり合う。しかし完全に同じになることは出来ず、それがもどかしい。メガトロンはこの行為をする度に、決して自分達は同じものにはなれないのだと思い知らされた。しかし彼は知っている。同じものになってしまうとこの快感は決して得られないのだと。二人が別の存在であるからこその快感と充足感。心地良さ。

二人の限界は同時に訪れた。胸の奥のスパークが全く同じように瞬いたのを知るものはいない。
荒い息を付き、二人はどさりと寝台に倒れた。端末は繋がったままだ。顔を見合わせ、再び熱い視線を交わす。
二人に与えられた自由はまだ残っている。





FIN