嘘吐きの嘘と真実
デバステーターはその巨体を台の上に横たえていた。バリケードが胸部を開いても彼は身じろぎひとつせずに大人しい。
デバステーターは何も話さない。バリケードも何も言わなかった。ただ無言のまま、もくもくと手を動かし、作業を続けた。
バリケードは時折、実験と称してデバステーターの身体や回路に手を加えた。今回もそうだ。デバステーターには詳しいことは分からないが、彼が新たに発見した物理法則を元に作ったセンサによるアクチェリータ反応速度の上昇率を見たいという。
デバステーターは動きが早くなるのならば良いと、その実験を受け入れた。なにしろ、デバステーターが一番憎いと思う相手は、小さくてすばっしこい連中だ。弱いくせにちょろちょろと動き回り、鬱陶しいことこの上ない。ああいった連中を見ると、デバステーターは捕まえて滅茶苦茶に引き裂いてぶっ壊したくなるのだ。そしてその為には速度は重要な問題だと分かっていた。
これが他のメンバーからの申し出ならデバステーターは考える間もなく断っている。連中に無防備な姿をさらし、重要な部分を弄られるのはごめんだ。何をされるか分かったものではない。
バリケードだからこそ、受けた。信頼や信用ではない。彼は感情では動かず、損得勘定でのみ動くと知っているからだ。伊達に長年パートナーとして組んでいる訳ではない。彼は自分の利の為に、相手に利を与えることを惜しまない。今回もそうだ。自分が受ける利よりも大きな利を彼は手にするだろう。
何を手にするのだろうか。デバステーターは聞いてみたくなった。少し退屈を感じているのかもしれない。機械がそう思うのもおかしな話ではあるが。
「バリケード」
「・・・あぁ?」
デバステーターが呼びかけると、作業に集中していたせいかワンテンポ遅れて返事が返ってきた。少しの怒気を含んでいるようなのは、集中していたのを邪魔されたからだろう。
自分も無防備な姿をさらしているのだから何も言えないが、作業に集中するあまり周囲への警戒を怠り過ぎではないだろうか。先ほどまでのバリケードならこんな状態の自分でも楽に壊せそうだ。
「おい、デバステーター。話す気が無いならずっと黙ってろ。邪魔だ」
デバステーターが軽く考えていると、いらいらした声がかかった。
「ああ。作業は続けてくれ。話ながらでも手は動くだろう」
お前なら大丈夫だろうと言うと、少し機嫌が直ったようだった。笑いを含んだ声になった。
「ふん。あんまりおしゃべりしながらは好きじゃないんだがな。お前がそう言うのは珍しいから相手してやるよ。失敗しても文句は言ってくれるなよ?」
「珍しいか」
「ああ、珍しい。お前は何時だって余計なことは話さないからな。で、どうした?」
「いや。大したことでは無いのだが」
「なおさら珍しいな。スタースクリームがメガトロン様の為に、と言うくらいに珍しいことだな」
くつくつとバリケードが笑う。そんなにおかしいことだろうか。スタースクリームと比べられるとは、とデバステーターの思考回路は少し複雑な反応を示した。
バリケードは笑いながら、それでもその手を動かすことを止めずに更に言った。
「ああ。ブラックアウトがメガトロン様の時代はもう終わった、と言うくらいかもしれん。」
「ありえないだろう」
「くくく。そうだな。ありえないな。だが言わせてみるのは楽しそうだ」
さぞかし屈辱なことだろう、と言う声は本当に楽しそうで、彼ならやりかねないとデバステーターは思った。
「まあ、するなら勝手にすれば良い」
「そうさせてもらう。で?」
「ああ。今回は一体何をするつもりなのかと思ってな」
「お前の反応速度を上昇させてやるつもりだが?」
「俺のことじゃない。お前だ、バリケード」
「俺?」
「ああ。お前は何を試したいんだ?」
「試す、ねぇ」
「どうせこの後、やり合うんだろうが。お前が俺で何を試すつもりなんだと、なんとなく気になってな」
「いつもは気にしないくせにどういう風の吹き回しだ、デバステーター」
「言いたくなければ良い。それほど知りたい訳ではないからな」
デバステーターは本当にどちらでも良かった。聞かないでも結果を見ればいつも大体のことは分かったからだ。
バリケードを理解するには行動の結果を見るのが一番だった。彼の言動は虚偽にまみれているが、目的を達成するということだけは揺るがない。つまりは目的があってそこへ至る道が、複雑すぎるのだ。彼には本音と偽りの区別が無いと知ったのはいつだったか。
「まあ、別に言って減る訳じゃないしな。装甲を少しばかり強化したんだよ。ついでにマーシャルアーツの新しいパターンも考えたから試してみたい。それには、まあ、少しばかりお前の速度強化が必要だったって訳だ」
「強化しなければ負けていたとでも言うのか?」
バリケードの言葉にデバステーターは怒りを感じた。声に怒気が混じる。侮辱かと感じるのは、彼の性格上仕方がないことだった。
「怒るなよ。お前だって速度が上がって悪いことはないだろう?このセンサを作るのは結構大変だったんだ。ありがたく思えよ」
バリケードがにやりと笑いながらデバステーターの胸の装甲を閉じた。どうやら作業は終わったらしい。
「・・・む」
「さ、終わったぞ。動いてみろ」
どうせバリケードに口で敵う訳がない、とデバステーターはこれ以上の議論は諦めた。確かに反応速度が上がるのはありがたい。
まず腕を動かし、ついで上体を起こした。動きに今のところ何も問題は無かった。改めて腕を動かす。二、三、拳を突き出す。なるほど、確かに速くなっている。こうやってゆっくりとした動作でも十分に感じられるということは、相当上がっているのかもしれない。
早く試してみたい、とデバステーターは思った。逸る気持ちに呼応するかのように、スパークが疼いた。
デバステーターはバリケードを見た。彼は挑発的な光を宿しこちらを見ていた。台から降りその傍に寄る。
「慣らさなくて良いか?」
見上げる顔が実に好戦的だ。
「ふん。お前も早く試したいだろう?」
見下ろして鼻で笑った。挑発的な言葉にバリケードは違いないと笑った。
バリケードの実験室からネメシス号の出入り口はそう離れていない。足早に向かう。早く外へ出てしまわないとここでやり始めそうだった。
歩くと違いが良く分かるとデバステーターは思った。初めこそ少しの違和感を感じたが、すぐに馴染んだ。おそらく、これもバリケードがやったことだろう。予め予測される差異を入力していてくれたらしい。少しの動きで数値の変換を出来るようにと。
全く、そつの無いことだとデバステーターは思った。デバステーターの為のように見えるがそうではない。全部バリケード自身の為だ。きっと逸る気持ちを抑えられないのは彼の方だろう。
後ろを歩く彼は小さい。しかし本当に侮れないのだと、デバステーターは知っている。
外に出てすぐに二人は戦い始めた。ネメシス号は停止している。見張りで起きているスタースクリームとフレンジーがモニターでその様子を見ていた。
「またか」
スタースクリームが苦い顔をしながら言うのを見て、フレンジーはまたスタースクリームの機嫌が悪くなるかもしれないな、と思った。しかし思ったところでそれを収めようとは思わない。面白くなれば良いと思うだけだ。
「またかってスタースクリーム。オマエとブラックアウトよかはマシじゃねーか」
「黙れ。あんなのと一緒にするな」
「そうだよな。オマエラと一緒にされたらバリケードがかわいそうだ」
「フレンジーッ!」
「おーこわっ」
スタースクリームの怒りもフレンジーには効かず、彼はからかうようにブリッジを飛び跳ねた。スタースクリームはよっぽど撃ってやろうかと思ったが、彼なりに耐えた。それよりもモニターの映像が気になった。
小柄なバリケードが大柄なデバステーターと互角以上の戦いをしている。相性の問題もあるが、彼の強さはスタースクリームに取って認めたくない脅威だった。
バリケードは接近戦ならスタースクリーム相手でも引けを取らない。マーシャルアーツの達人であるというだけならば、そこまで梃子摺らないだろう。それほどまでにスタースクリームの強さは抜きん出ている。
バリケードの強みは、元々が物理学者であったということと、その装甲強度だ。セイバートロンで発達した物理学の全てを修めたと聞いた。今でも時折、新しい理論や原理、法則を見つけ、それを研究している。
物理学と戦闘は実に相性が良い。スタースクリームは特に自身が科学者であったから良く分かるのだ。専攻は違えどもそれなりに物理学も修めているし、戦闘中それに頼ることもままある。
物理法則に則ってあらゆるものは動く。その法則をほぼ把握しているバリケードは、つまり対峙する相手の動きをほぼ把握しているということになる。よほどの速度でそれを上回らない限り、決して優位に立てる相手ではなかった。
そして自分達の中で一番の強度を誇るあの外殻装甲もまた、接近戦でその力を発揮する。
体格、スピード、身体強度、頭脳。己の強みを最大限に生かした戦い方だ。
その彼がこうやって更に強くなろうとする。スタースクリームはそれが忌々しかった。
何度か止めろと言ったが、バリケードは止めなかった。力尽くで言うことを聞かせようとしたが、やはり聞き入れることはなく、結局スタースクリームの方が条件付きで折れた。
その条件は自分の見ている時だけにしろ、というもので、バリケードはあっさりとそれを飲んだ。以降、とりあえずはバリケードはスタースクリームに伺い立てをしてから強化実験を行っている。
スタースクリームは再び、意識をモニターに向けた。どうやらデバステーターが優勢のようだ。やけに動きが速く感じた。バリケードに今回の詳細までは聞いていないが、どうやらデバステーターの速度を上げたようだとあたりを付けた。
「あっ!」
フレンジーが声を上げた。甲高い聴覚センサーに障る音だ。しかしその声を上げさせた原因はスタースクリームにも分かった。
バリケードがデバステーターの一撃をまともに食らって吹っ飛んだ。容赦無い力でやられたらしい。くるくると錐揉みながらネメシス号から遠ざかっていった。その後を、我に返ったらしいデバステーターが急いで追いかけていく。
フレンジーがこちらを見ていた。
「なんだ」
「何もないぜ?」
「そうか。戻ってきたらすぐに発進させる。準備をしておけ」
「了解」
それ以上、フレンジーは何も言わず、自分用の小さなコンソールに向かった。それを目の端に捉え、スタースクリームは舌打ちをした。
デバステーターのあの一撃は明らかにバリケードが引き起こしたものだった。
あれは防衛本能というべきか、おそらくデバステーターは本能的に死の予感を感じたであろう一撃だった。傍で見ていてもそう思ったのだ。直前のバリケードの攻撃はそういうものだった。
あれは、確実に殺しにかかっていた。胸の急所、つまりスパークにバリケードは容赦無い一撃を繰り出そうとし、しかし寸前で一瞬動きを止めた。おそらくはその瞬間、我に返ったのだろう。そして攻撃に反応したデバステーターの反撃をまともに受けた。
馬鹿馬鹿しい、とスタースクリームは思った。殺すならば殺せば良い。バリケードは何を躊躇したのか。デバステーターは何を慌てているのか。
戦う相手は敵だ。歯向かうものとなんら変わりは無い。
スタースクリームはだからバリケードは甘いのだと感じた。しかしその甘さ故にまだ自分の地位は安泰であると考え、そのままそれを抱えていれば良いと思った。
モニターにはネメシス号に戻ってきたデバステーターが映っている。彼はその腕に小柄な身体を抱えていた。ぐったりとしているが、特に重大な破損部分は無いようだ。意識もあるようで何か二人で話しているのが見えた。
スタースクリームは少しの安堵と苛立ちを共に感じた。それに気付き舌打ちをする。
面白くない。その気持ちがどこから来ているのか分からず、ただ機嫌だけが降下していった。
二人が完全に中に入った瞬間、スタースクリームはモニターを切り替えた。大きなモニターにはただ暗く果てのない闇が広がっていた。
デバステーターは抱えたバリケードを寝台の上に降ろした。
そうして聞きたかったことを聞いた。
「何故、あの時あんな行動を取った?」
曖昧な質問だと、デバステーターは自分でも感じた。だが他に聞き様がなかった。
「何故って。初めに言っただろう。お前に付けたセンサのデータを取る。マーシャルアーツの新しいパターンの実戦データを取る。そして・・・強化した装甲のデータを取る。俺はその為にしか行動してない」
あちこちに傷のいった姿で、バリケードはにやりと笑った。それでデバステーターは全て納得いった。
つまりあの一撃は仕組まれたことだったのだと。
「お前・・・もし・・・いや」
「もし、なんだ?耐え切る自信はあったさ。それにお互い様だ」
「お互い様だと?」
「ああ。俺がデータを取る為だけにお前にセンサを付けたと思うか?お前の反応速度が上がっていない状態だと、まあ、あれだ。自信が無かったんだよ。お前をぶっ壊さないっていうな。なにせ、今、俺は誰彼構わずぶっ壊したいって気分でな。実際あの時やばかったんだよ。本気で死ねって思ってたからな」
「やはりあれは本気だったか」
「まあな。お前もそれなりにやばかっただろうし、お互い様だ。何度か本気で殺しにきただろう」
全く悪びれる様子を見せないバリケードにデバステーターはため息を付いた。しかし確かに彼の言う通り、お互い様かもしれない。
「この馬鹿め。しっかりと休んでおけ」
「すぐ治る」
「好きにしろ」
デバステーターは扉に向かった。扉が開き、通路に出る。声がかかった。
「デバステーター。オートボッツに会ったら出るぞ」
最初から本気で潰しにかかれる相手だ。愚かで煩わしい連中だが、なるほど、ある意味非常に貴重な相手なのかもしれない。いなければいないで、恐ろしい退屈が待っていそうだ。
「ああ。楽しみだ」
背後で扉が閉まった。デバステーターは自室へ歩き出した。足取りはやはり速い。
FIN