Your name





バンブルビーは街中を走っていた。サムを学校へ送った帰りだ。これから彼を迎えに行くまではバンブルビーの自由な時間だ。
変形しない人間達の移動手段に紛れ走る。やがて街を出て、郊外のあの丘へと向かった。今日はサムもミカエラもいない。

そこはバンブルビーのお気に入りの場所だった。まず人が来ないので、ロボットモードを取りやすい。今回も着いてすぐに彼は変形した。誰かが来てもすぐに分かるようにセンサーを最大にしておく。

バンブルビーは突き出した小さな崖に腰をかけ、足をぶらぶらと揺らした。目の前に広がるのはこの星の自然というもので、故郷のあの星の自然とは全く違っていた。
バンブルビーはセイバートロンは故郷ではあるが、あまり恋しさや懐かしさは感じなかった。故郷は彼が生まれた時にはすでに酷い状態だった。内戦が続き、安寧などなかった。その恐怖は生まれたてのバンブルビーにも容赦無く襲いかかり、何度命の危険にさらされただろうか。何度、友を亡くしただろうか。
自分が戦闘に向いていないのは分かっていた。しかしバンブルビーはただ暴力を甘受する立場であることに耐えられなかった。自分にも出来ることがあるはずだと、大切なものを奪っていったディセプティコンに一矢報いることが出来るはずだと、オートボッツの戦士になることを望んだ。そしてそれは叶い、今の彼がある。

静かだ。ここに居るのはバンブルビーだけだ。誰もいない。
バンブルビーは内蔵されたステレオから音楽を流した。ラジオから流れてきたのは緩やかな曲だ。好みではないが、なんとなく局を変える気にはなれなかった。

『ビー。最近なんか元気ないね』
今朝、学校へ送る時にサムに言われた言葉を思い出す。
その時はそんなことないよ、と軽い調子で答えた。サムはそれ以上は聞かず、別の話題に話は変わっていった。

元気がない、か。そうかもしれない。バンブルビーは思った。
上手く隠しているつもりだったけど、みんな知っているだろう。だけど誰も言わない。その理由をバンブルビーは知っている。
みんな、同じような状態なのだ。その思いの方向は違っていても、辛いものを抱えている。

バンブルビーにはオプティマスやアイアンハイドの悲しみは理解出来ない。彼らがディセプティコンに対して憎悪とはまた別の気持ちを持っていたのは知っていた。聞くことは無かったし、彼らから話すこともなかったが、伊達に長い年月を共に過ごしてきた訳ではない。特にバンブルビーはその立場からか他人の機微に聡い。
しかしそれに気付くことは理解することとはまた別だ。かつてそうであったからと言って、あのメガトロンの所業は許されざるものだと思っている。だからこそ、彼らもまたバンブルビーにはそういう話を一切しなかったのだろう。
ラチェットは彼らのような感情は抱いていないはずだ。しかし彼は医者で、その立場からまた別の複雑な感情を持っている。それもまた、バンブルビーには理解出来ないものだった。
バンブルビーのディセプティコンへの感情は、純粋な敵意に彩られている。それは苛烈なものではないが、きっと消えないだろう。
バンブルビーはそんな気持ちを彼らに言ったことはなかった。彼らは優しい。だからこそ、バンブルビーは彼らを困らせたくなかった。こんな感情は言うべきではない。

ディセプティコンが、メガトロンが倒れた時、ただただバンブルビーは喜んだ。そうして彼の・・・ジャズの死を哀しんだ。ふたつの死に、相反する感情をそれぞれ抱くことに疑問はなかった。しかし、バンブルビーはあの時その場でその感情を露にすることはなかった。してはいけないのだと感じたのだ。

メガトロンが憎い。かつて仲間を、友を、善良な人々を殺した。そして・・・ジャズを殺した。
ジャズ。バンブルビーは故郷で過ごした時間より、アーク号で過ごした時間の方が長い。その中でずっと一緒に居た仲間のひとり。彼もまたバンブルビーと同じで、かつての時代を知らない。彼は平和な時代に生まれてはいたが、内戦が激化するまで民間の立場にいたので、オプティマスとメガトロンの確執は知らないのだと言った。
誰よりも彼はバンブルビーと近かった。
友であり、兄であり、上官であり、そしてとても大切なひとだった。彼に向かう感情を整理しようとすると、バンブルビーの思考回路はいつもオーバーヒートしそうになるのだ。敬意ひとつとっても、オプティマスや仲間に向かうものとはどこか違った。
そんな想いも、それを彼に告げた時の嬉しそうな顔でどうでも良くなったものだった。ゆっくりと知れば良い、とジャズは優しく笑っていた。

「もう知ることは出来ないよ。一緒にって言ったのに」
誰も聞くものはいない場所で、バンブルビーはそっと呟いた。失くしていた声は戻ったけど、この言葉を聞いて欲しい相手はもういない。
「オプティマス・プライム」
「アイアンハイド」
「ラチェット」
大切な仲間の名を呼んだ。ずっとずっと言葉に出して呼びたかった。声を取り戻しすぐに彼らへ呼びかけた。バンブルビー、と呼ばれ、返事をした。どれだけ嬉しかっただろうか。
「・・・」
でも、一番呼びたかった名前をバンブルビーは言えなかった。彼の名前を呼び、そうして自分の名前を呼んで欲しかった。
バンブルビーの声帯はその名だけを音にしてくれない。その名を口にしても音として出ないのだ。これも精神的なものなのだろう。
その事実を知ったとき、バンブルビーは愕然とした。やはり誰にも言わず、ひとりで悩み、そうして納得したのだ。これで良いのかもしれないと。名前を呼べていたら、自分はもっともっと哀しみに囚われていたかもしてない。だからこれで良かったのだと。メガトロンが死に話せるようになり、ジャズが死にその名を音にすることが出来なくなった。どうやら大きな精神的ショックを受けた時、自分は声帯に影響を受けるらしい、とバンブルビーは苦く笑った。それは彼に似合わない笑みだった。

仲間やサム達はこの事を知らない。きっとバンブルビーが彼の名を口にしないのは、出来ないのではなく、したくないからだとと思っているだろう。まだその名を呼ぶまで気持ちの整理が付いていないのだと。
知ればどんな反応をするだろうか。きっとひどく哀しみ、心配するだろう。そんな思いをさせたくなかったが、何時かは知れることだとバンブルビーは分かっていた。
その時が来た時、彼のように穏かに明るく、自分は大丈夫なのだと伝えることが出来るだろうか。彼らの心配と哀しみを少しでも和らげることは出来るだろうか。
いや。出来るか、ではなく、出来なければならない。戦いが終わったこれからこそ、強くあらなければならないのだと、バンブルビーは決意した。

そっと息を吐いて、そうしてゆっくりと大きく吸った。立ち上がる。眼前に広がる緑と青の景色を、当然のように自然と言えるようになれたら良い。
まだサムを迎えに行くのには時間がある。
ゆっくりと帰ろう、とバンブルビーはビークルモードになり、動き出した。

黄色いカマロが郊外の広い道をゆっくりと走っているのを、その日その道を走っていた何人かのドライバーが目撃した。





FIN