嘘吐きと守護者





バンブルビーはバリケードの攻撃を辛うじてかわしていた。
彼は強い。しかしバンブルビーは引く訳にはいかない。果敢に応戦した。
鋭い回し蹴りを寸ででかわし、バックステップで距離を取る。

サム達は大丈夫だろうか。フレンジーは小さいがあれでかなり厄介な相手だ。そう考えてバンブルビーはバリケードが本気を出していないことに気付いた。先ほどから打撃系の攻撃ばかりで、彼お得意の組み手を仕掛けてこない。打撃系の攻撃はバンブルビーの得意とするところだ。
更に言うならば過去のデータからいって、彼が本気を出していたら考え事など出来ないはずだった。
遊ばれている。それはとても屈辱的なことで、バンブルビーはかっと体内のオイルに火が点いたような怒りを感じた。
その怒りのまま、バンブルビーはすばやく動き、足元を狙ってローキックを繰り出した。しかしそれはあっさりとかわされ、瞬間に出来た隙を逆に狙われた。体勢を整える間もなく飛んできたつま先が腹のあたりにめり込み、バンブルビーの身体は思いっきり吹っ飛ばされた。機材の山が崩れ、倒れたバンブルビーの身体に降り注ぐ。

痛みを堪えながらすぐにバンブルビーは立ち上がった。悠長に寝ている暇はない。ゆっくりこちらに向かって来るバリケードの顔が笑っているように見え、怒りは更にバンブルビーの感情を支配しようとした。
その時だ。バンブルビーの聴覚センサーがサム・ウィトウィキーの悲鳴を捉えた。はっと我に返る。
駄目だ。バンブルビーは思った。怒りのまま行動してはいけない。バリケードは強い。劣勢になるのは当然で、彼の挑発に乗ってはいけない。自分は戦う為に来たのではなく、サムを助ける為に来たのだ。引く訳にはいかないが、意地になってもいけない。
バンブルビーは怒りを抑えた。苦労したが、任務のことを思えば自分の感情に引きずられる訳にはいかなかった。
正面のバリケードを見据える。自分と相手のスピードを考えると、まだ対応出来る距離だった。落ち着いた思考回路で考える。どうすれば良いのか誰も教えてはくれず、バンブルビーはひとりでその答えを導き出さねばならなかった。

バリケードが走り出した。一気に距離が詰まる。繰り出されるパンチを避け、バンブルビーは応戦した。下手に手を出さず、攻撃を避け防御を固める。やはりバリケードは本気を出してはいなかったが、冷静になったバンブルビーはそれをありがたく思った。
機材の山。土の山。フェンス。作業用車両。ダンプカー。ブルドーザー。クレーン車とその先に吊るされた鉄球。周りにあるもので、使えそうなものをチェックしていく。
上手くやれるだろうか。相手はバリケードだ。そう易々と罠に引っかかるとは思えないが、やらないよりはマシなはずだ。

バンブルビーは決断し、行動に移した。
防戦一方の状態から、一転し、反撃に出る。パンチをかわし、空いた胴目掛けて蹴りを入れる。すばやく反応したバリケードが軸足をそのままに蹴りで応じ、二人の脚が激しくぶつかった。金属の脚がぎりぎりとせめぎ合い、火花が散る。
すぐにお互いに体勢を崩し、バンブルビーは後ろに倒れた。反動を利用して起き上がり、構えを取る。脚が少ししびれているが、それ以上の異常はない。息を整える。下手な追撃はせずに迎撃の体制を取った。
バリケードは無理な体勢から蹴りを出したので、反動が酷かったようだ。バンブルビーより勢いよく倒れ転がっていった。距離が開く。バリケードは流石にすぐに体勢を整えたが、即攻撃には移ってこなかった。
じりじりと睨み合う。これで本気を出してくるかもしれないとバンブルビーは思ったが、距離を詰めて繰り出された拳と、至近距離に見た彼の顔に、まだ遊ぶつもりなのだと知った。
彼は笑っていた。楽しくて仕方が無いとでも言うように。付き合っていられない、バンブルビーは嫌悪感と共にそう感じた。

攻撃をかわし、時折応戦しながらバンブルビーはバリケードを目的の場所へと誘い込んだ。不自然にならないようにしなければならない。
いや、もしかしたらバリケードは罠に気付いているかもしれない。あえて乗ってやろうとでも言うのか。それならばそれで良いとバンブルビーは思った。慢心は隙を生む。相手の方が強く自分の方が弱い場合、そういう部分を積極的に利用しなければ勝てない。卑怯だとは思わない。これは戦いであり、自分は戦士なのだ。それに今は護らなければならないものがいる。形振りなど構ってはいられない。

空を裂く音と共に左中段回し蹴りが繰り出された。バンブルビーはすばやく右腕でガードした。鈍い衝撃が腕の駆動系を襲う。衝撃緩衝システムが悲鳴を上げたが、無理矢理押さえ込み、バンブルビーは左手ですばやくバリケードの左脚を掴んだ。まだ少し痺れている右手も使い、渾身の力を込めバリケードを投げ飛ばす。投げられた身体がクレーン車にぶつかった。ぐらぐらと揺れているが、倒れはしなかった。
バリケードが瓦礫の向こう、立ち上がり体勢を整えようとしている。バンブルビーは持ち前のそのスピードで距離を詰めた。走りながら腕の光粒子加速砲のチャージを行う。一発、二発、続けざまにバリケードへと撃ち込む。そして三発目をバリケードの背後にあるクレーン車目掛けて撃った。元々不安定な状態だったクレーン車がそのバランスを大きく崩した。バリケード目掛けて巨大なアーム部分が倒れこむ。バンブルビーは四発目をアームから伸びるケーブル目掛けて撃った。難しい的だ。悠長に照準を合わている暇はないが、外す訳にもいかない。ケーブルが切れたのをすばやく確認し、五発目をアーム部分を避けたバリケードに撃ち込む。バリケードはそれを避けた。しかし避けた先に落ちてきた鉄球は避けられず、直撃を受けた。鉄球に金属の身体が押し潰される嫌な音が響いた。

バンブルビーは光粒子加速砲の照準をバリケードに合わせたまま、ゆっくりと近づいた。巨大な鉄球の下のバリケードはぐちゃりと押し潰されていた。あちこちで火花が飛び散っている。視覚センサーは真っ暗だ。
すぐ傍まで近寄り、じっと見下ろす。照準を頭部に合わす。戦闘不能に見えるが、スパークの状態を確認していない。とどめを刺すべきだろう。しかしバンブルビーは躊躇した。
憎いディセプティコンだ。オートボッツの敵というだけでなく、この宇宙全体に害を成す存在だ。純然たる悪。バンブルビーはそう思っている。特にバリケードとはこの星に来てから色々とあった。このチャンスを逃さずとどめを刺すべきだ。そう思うのに、バンブルビーは出来なかった。
確実に仕留めるべきだ。いや、そこまでするべきではない。ふたつの思考が理論中枢を乱した。
バンブルビーは頭を振った。違う。自分はオートボッツだ。ディセプティコンではない。瀕死の状態の相手に何をしようとしていたのか。頭が冷えた。ほっと息を吐いた。
そうだ。自分は倒しに来た訳ではなかった。バンブルビーは今までバリケードの動きのみを捉えるようにしていたセンサーを広域に切り替えた。ふたつの反応を捉え、そちらの方へと歩みだす。一度だけ後ろを振り返った。バリケードは微動ひとつせずに、鉄球の下敷きになっていた。前を向く。今度こそ、バンブルビーはサムとミカエラのいる場所へと歩き出した。





バリケードは鉄球の下でじっとしていた。バンブルビーの反応が周囲から消えるまで、彼は哀れな瀕死の状態を演じ続けていた。
反応が消えたと同時に、全ての動力を修復に回す。静かな動きで見た目にも変化は無いが、バンブルビーがここにいたなら気付いただろう。
見た目よりもずっと損傷は少ない。すぐに内部は治った。ぐっと背に力を入れる。圧し掛かっていた鉄球がごろりと転がった。へこみ傷付いた外装がみるみると元通りになっていく。バリケードは身体を起こし、その場に座った。腕を回す。異常は無い。

『こちら、バリケード。オールスパークの手がかりは掴んだ。フレンジーが追っている。余計な手を出さず、今まで通り潜伏して連絡を待て。以上』
バリケードは他の仲間達に信号を送った。余計なことを仕出かされる前に、伝えておかなくてはならない。伝えても聞かない可能性は高いが、しないよりはマシだろう。

しかしあの小賢しいひよっこオートボットもなかなかやる、とバリケードは思った。中々上手い罠ではないか。ありがたく利用させてもらった。くつくつとバリケードは嫌な笑いを浮かべた。
フレンジーは上手くやったようだ。これで放っておけばオートボッツがオールスパークと、あわよくばメガトロン様を見つけ出すだろう。見つけ出したところで一斉に攻撃を仕掛けて奪ってしまえば良いのだ。この狭く小さい星では逃げ場もろくに無い。追い詰めていたぶってぶち壊すだけだ。こちらは倒れた相手への攻撃を容赦するような思考は持ち合わせていない。嬉々としてとどめを刺すだろう。。
最後まで非情になれない甘さは、敵が持っていればなるほど好ましいものだ、とバリケードは思い笑った。

「バンブルビー。騙し合いは俺の勝ちだな」





FIN