小鳥と猫の物語:ネコの子育て編






バリケードは木の上でくぁぁ、と欠伸をした。大きい木の太い枝に器用に寝そべり、だらりと尻尾を垂らした姿は実にだらしなく警戒心の欠片も無いように見える。
しかし彼を襲うような動物はこの世界にはいない。生態系の頂点の一角に位置する大型肉食獣であり、更にトランスフォーマー種である彼はこの世界において圧倒的な捕食者だ。
トランスフォーマー種は、所謂ミュータントで普通種から偶然生まれる。トランスミューテーションが語源だと言われているが、はるか昔からそう呼ばれていたので詳細は分からなかった。
ミュータントであるからまず個体数は非常に少ない。滅多に生まれず、また大抵はすぐに親に殺されるか、捨てられる。過酷な運命を生き延びて、彼らは絶対者となるのだ。だが自力で個体数を増やす事が出来ない事もあいまって、常に絶滅と隣合わせでもあった。
バリケードはしかしそんな自分達の運命もどうでも良い事だと思っていた。少なくとも、自分は成獣になりこうやって悠々と自適に生活している。木の下で駆け回っている幼体はよほどの事が無い限り、無事に成長出来るだろう。ならそれで良い思う。

目を細める。始めは自分の居る木に登ろうとしていたラヴィッジだが、途中で飽きたか、諦めたか今はジャズやバンブルビーと一緒に草原を走り回っている。普段は樹海や密林を狩場にしているバリケードだが、今日は二匹に誘われ草原にやってきた。照りつける日差しは正直うんざりとするが、木に登り日陰に居れば問題無い。しかし夜行動物なのに日中から元気なものだ、駆け巡る三匹に呆れる。
ラヴィッジを預かるようになってから、彼らと行動する事が増えた。なにせ楽なのだ。
幼いラヴィッジは好奇心が強く、何を仕出かすか分かったものではないので目が離せない。狩りを学ばせる為に連れてきているのに、ちっとも大人しく見ていない。こちらが獲物に集中している間に、蟻の巣に突撃して全身蟻まみれでのた打ち回っていたりする。大慌てで首根っこを咥え川に放り込めば、水浴びだと勘違いして大はしゃぎしだす始末だ。
だが、ジャズやバンブルビーを行動すると二匹が率先してラヴィッジに構うので、バリケードはこうしてのんびりと休む事が出来た。高く丈夫な木の上なら、ラヴィッジは登ってこれないし、ジャズの自慢のジャンプ力を持ってしても届かない。偶に尻尾に食いつかれ引きずり降ろされるが、その後しっかりと報復されるのにジャズは何時まで経ってもそれを止める事は無かった。今日はどうやっても届かない位置にいるので、安心して尻尾を垂らす事が出来る。そしてなんだかんだと優秀な二匹なので心行くまで眠る事も出来のだ。

問題があるとすればラヴィッジはジャガーなのに、狩りのスタイルがごちゃ混ぜになってしまう事だろうか。ジャガー、パンサー、ピューマ、チーター。同じネコ科の猛獣であるが、実際はかなり違いがある。特に顕著なのがチーターで、速く走る事に特化し過ぎた為、戦う事は苦手になってしまっている。お陰でハイエナなどに良く獲物を横取りされている。バンブルビーに関してはジャズとバリケードで鍛えたので、そんな不届き者は軽く返り討ちだ。
バリケードなら、同じヒョウ属で狩りの仕方も似ているのでそこまで問題は無い。まあ、ピューマも基本待ち伏せして獲物に飛び掛る戦法なので、大差は無いだろう。
しかし。バリケードは思う。お前がバンブルビーの狩りの方法を真似するのは、どう考えても無理だ、と。スピード命のあの方法は、自分だって無理だ。ほら見てみろ。思いっきり距離を離されている。追いつくどころの話じゃない。
ジャズもジャズで、自分の好物だからと言ってハリネズミをラヴィッジに食わそうとする。ちゃんと与える時に解体して針は除いているらしいが、尚更最悪だ。味を覚えてもらっては困るのだ。この間、不用意にハリネズミを捕まえて口の中を真っ赤にしていた。その後、育児放棄の親馬鹿というどうしようもない奴から、怒られるのは誰だと思っているのだろう。思い出すのも嫌だ。あの変態。

バリケードは良い気持ちで眠ろうとしていたのに、余計な事を思い出したとむっとした気分になった。自分が楽をしたいという打算もあるので、というかそればかりなので自業自得とは分かっているが。
まあ、良い方向に考えると、ラヴィッジは自分達の特性と特徴を備えた優秀なハンターになるだろう。多分。きっと。幼い頃から鍛えれば、もしかしたらチーター並みの走力を得るかもしれない。それにいざとなったらあの触手がなんとかするだろう。
それに。何も悪い事ばかりではない。そこまでバリケードはお人好しでもなんでもないのだ。

バリケードがうとうとしながらだらだらと物思いに耽っているうちに、すっかり時間は経ったらしい。太陽が天辺を通しすぎていた。昼と夕方の間くらいだろうか。
木の下からラヴィッジの呼ぶ声が聞こえる。なんだと視線を向けると機嫌良さげに尻尾を大きくゆっくりと振っていた。
「降りてこいよ」
ジャズが呼ぶ。バリケードはしぶしぶといった感で、滑るように木を下り地上に降り立った。着地した瞬間、ラヴィッジが待ってましたとばかりに纏わり付いてくる。
「気は済んだのか?」
少しは落ち着けと、声をかけるとラヴィッジは口に咥えていたものバリケードの目の前に突き出した。誇らしげに掲げる。
「今日の成果」
「ラヴィッジ、頑張ったんだよ」
嬉しそうに口を添えるジャズとバンブルビーに、バリケードはそうか、と応えラヴィッジの頭を軽く舐めてやった。言いたい事は山ほどある。遊んでいたんじゃないかったのかとか、一日中走り回った成果がそれかとか、身体中泥と埃まみれだ黒から良く目立つとか。何せ彼が咥えている獲物らしきものは、小さな砂ネズミなのだから。バリケードとしても最強を謡う捕食者として、せめてインパラの子供とか水牛の子供とか、と思わないでもない。
が、ラヴィッジのあまりに誇らしい顔と、ジャズとバンブルビーの嬉しそうな顔に何も言えなくなる。
更にラヴィッジがその小さな、彼にとってはきっと奮闘の末の戦果なのだろう砂ネズミを、バリケードにあげると必死で背伸びし、彼の口元へと持ってくるのだからどうしようもない。
口に押し付けられバリケードがそれを受け取ると、ゴロゴロと頭をあちこちに擦り付けてくる。そんなラヴィッジを尻尾で器用にあやしながら、バリケードは咥えた砂ネズミを鋭利な牙で噛み砕き、丁度二つになるようにすると、一つをそのまま飲み込み――何せ小さいので一匹のままでも十分丸呑みできる――、残りをラヴィッジの口元へ持っていってやった。一瞬、きょとんとするラヴィッジだが、嬉しそうにそれを受け取り食べ出した。
「なんだかんだと、良いお父さんだよね」
「お母さんじゃないのか、あれは」
なんか言っている奴がいるが、今度〆る。バリケードは聞き流すふりをして、しっかり聞いていた。今はやらない。子供に悪影響が出る。その思考が問題なのだと、聡明な彼は気付かなかった。
こういう事があるからラヴィッジを預かった事も悪くないな、などとは誰にも言えない。対価はしっかりと頂いたが、それ以上のものがあった。
しかし周りは皆知っている。彼が一番ラヴィッジに甘いという事を。





FIN