小鳥と猫の物語:お留守番編

ほのかに音波サンクラ風味。





静かだ。
サウンドウェーブはぐるりと巣の中を見回した。中心にぽつりと水色の毛玉が居るだけで、他には何もない。無機質な岩肌と、小さな水場があるだけだ。忌々しい老いぼれは奥に引っ込み出てくることはない。目にしたくはないのでありがたい事だった。
外が暑かろうが寒かろうが、この中は常に快適な気温に保たれている。最近さっぱり外へ出ていないサウンドウェーブは、今が何時の季節か直ぐに思い出せなかった。そして、先日ラヴィッジとバリケードが帰って来た途端水場に突っ込んでいたから、きっと熱い季節なのだろう、と思い出した。そういえば、今日は二匹ともいない。昼間は大概、巣の中で寝ているので珍しい。オートボットに誘われたのだうか。
ラヴィッジは今日は何をお土産に持って帰ってくるだろうか。サウンドウェーブはその様子を想像し、にやりと笑った。

そうしているうちに、体内で朝食の処理が終わった。純粋なエネルギーは流動体となり、触手を通じて老いぼれに送られる。今日はスタースクリームが取ってきたコブラを数匹混ぜてみた。勿論、毒液は分解せずにそのままの状態で送る。少しでも成果が上がれば良いのだが、さてどうしたものか。本来ならヤドクガエルが望ましいが、流石にそれでは自分達にまで害が及ぶ可能性があるので出来なかった。

はぁ、とサウンドウェーブは溜め息を吐いた。まったく何時までこんな事をしなくてはいけないのか。早く帰ってきて欲しいものだ、と蒸発してしまった主に愚痴のひとつでも零してしまいたくなる。
そんな陰鬱な気持ちを払拭しようと、サウンドウェーブは地面に視線を降ろした。
さて、サンダークラッカーは何をしているのだろうか。彼の行動は意外と面白い。巣で寝ているだけと思いきや、結構色々な事をしているのだ。大抵は本当に寝ているだけなのだが、それでもその姿には癒し効果があると、サウンドウェーブは思っている。

どうやらサンダークラッカーもサウンドウェーブを見ていたようで、目が合った。嬉しそうにぱちくりと瞬きをして、ばさばさと翼をはためかす。応えるようにサウンドウェーブも触手を数本揺らめかせた。
「起きていたのか」
「サウンドウェーブも起きていたのですね」
「ああ」
会話はそこで途切れた。二匹ともあまり喋る方ではない。沈黙が苦痛となる間柄でもなかった。
ただこの時、サンダークラッカーはじっと見上げたままだった。普段なら、直ぐに卵の様子と見たり、毛ぐつろいをしたり、またうとうととし出すのだが。サウンドウェーブはどうしたのか、と訊ねようとしてやめた。なんとなく、聞いても答えてくれないだろうと思ったからだ。多分、自分に何かして欲しい事があるのだろうが、それを言い出せないでいるのだ。サンダークラッカーは人に物事を頼むのが下手だ。いや、下手というよりは恐れていると言った方がいいかもしれない。聞いてみれば他愛の無い願いばかりなのだが、それを自分から口にする事が出来ない。可愛らしくもあり、偶に少し鬱陶しくもあるが、特に問題は無いとサウンドウェーブは感じていた。自分は察してやる事が出来るし、スタースクリームやバリケードは無理矢理にでも聞き出す事が出来るからだ。
彼の視線の先を探ると、それは自分の触手にある事に気付いた。そして理解した。サウンドウェーブは数本の触手を彼の元へと下ろした。自分からそうしたくてやったのだという風を装う。そうしないと彼は酷く恐縮してしまって、それで遊ばなくなってしまうからだ。
頭をちょんと突いてやると、あからさまに嬉しそうな顔をしてバサバサと翼を広げている。そんなに暴れてしまって卵は大丈夫なのかとサウンドウェーブは少しだけ焦った。卵はどうでも良いが、それが壊れたり孵らなかったりすると哀しむのは彼自身だ。孵らずに死んでしまった卵を前にしょんぼりしているサンダークラッカーを慰めるのは、少し骨が折れる。
しばらくして落ち着いたのか、彼は大人しく触手の先を突き出した。サウンドウェーブは触手の先から更に細い触手を出してやる。8本から10本の細いそれはサンダークラッカーのお気に入りだ。これを与えるとすっかり夢中になって遊び出す。実は遊び終わった後、サウンドウェーブはちょっとした面倒に見舞われるのだが、彼は諦めている。

サンダークラッカーが嘴と爪を使って器用に触手で遊んでいるのを眺めながら、今日は何が出来上がるのだろうか、とサウンドウェーブは考えた。そして少し眠ろうと思った。エネルギーが送っている間はどうしてもだるくなってしまう。まるで自分の生命力まで吸い取られているようで、ぞっとしない感覚だ。そんな時は寝てしまうに限る。
触手の先を弄られる感覚も、こそば痒くそれでいてどこか心地良いので眠気を誘った。
サウンドウェーブはゆっくりと目を閉じた。ぴちょん、と天井から水場に落ちる音が小さく巣に響いた。



騒がしさに目を覚ました時、その声の原因が嬉しそうにサウンドウェーブの前を飛んでいた。嘴に何かを咥えている。良く見ると自分の触手だった。
「おい。すげーぞ、これ!サンダークラッカーの力作だぜ!」
そうして目の前に掲げられた自分の触手は、器用に編み込まれよく見る形をしていた。
「・・・ラヴィッジか?」
「はい!」
「すげーだろ!」
下から嬉しそうな声と、正面から自慢げな声が上がる。
どうやってこんなもので、あんなものを作るのだろうか。つくづく不思議に思う。しかも嘴と爪で。
サウンドウェーブはラヴィッジ型に編み上げられた自分の触手を見て、確かに良く出来ていると頷いた。
「すごいな」
素直な賞賛を口にすると、何故かスタースクリームが無駄に喜び周囲を飛び回り、サンダークラッカーは照れて丸まってしまった。
確かにすごいが、これを解体するのは誰だと思っているのだろうか。言わないけど。解体しないと生活に支障が出るのだが、恐らく、いや絶対に、サンダークラッカーはそこまで考えてはいない。意外と後先を考えないタイプだ。他人の事だと特に。

始めは三つ編みだった。それが編み込みになり、気が付けば自分の触手は籠になっていた。そしてとうとうそれは複雑になり、人形を編み込むまでになってしまった。
どこかで止めないととんでもない事になりそうだ。そうサウンドウェーブは思うが、またあの目で見上げられたら、そっと触手を伸ばしてしまうのだろう。
それもこれもやはり、あの老いぼれのせいだ。やはりどうにかしてヤドクガエルの毒を・・・と物騒な事を考えながら、同時にこれはラヴィッジが帰ってきたら見せてやろうと考える。
本当に良く出来ている。これが自分の触手で出来てなかったらずっと飾っておくのに。
じっとラヴィッジ人形を見つめているサウンドウェーブに、地面に降りたスタースクリームは見上げて呆れ、変態め、と呟いた。サンダークラッカーはまだ丸まっていた。妙に静かなのでそのまま寝てしまったのかもしれない。





FIN