先輩と後輩
皮肉屋な後輩と事勿れ主義な先輩。後輩→先輩。
「ダージ」
名を呼ばれ振り返ると、呆れた顔をしたサンダークラッカーが立っていた。
「派手にやられたもんだな」
「るっせぇ」
ケッ、と悪態を付きそっぽを向くダージにサンダークラッカーはやれやれと肩を竦めた。いつもなら返ってくる皮肉も無く、肩を落としたその背中はボロボロだ。
自業自得とはいえ、手酷くやられたものだ。どいつもこいつも馬鹿ばかりだ、自分も含めて。サンダークラッカーは溜め息を付き、ダージの座っている診療台へと向かって歩き出した。
「リペアを手伝ってやるから、寝な」
向けられた背にそう声を掛けると、ダージが振り向いた。怪訝な表情を浮かべているその顔は左瞼と頬が腫れ、あちこちに裂傷が走っている。
「どういう風に吹き回しだ?」
「心配するな。命令だよ、メガトロン様のな。仲間割れの後始末に割く時間は無いとのことだ。自分達のことは自分達で始末を付けろとさ」
俺だってやりたくてやってるんじゃあねぇんだ。愚痴を零しながら治療工具の準備をするサンダークラッカーを眺め、ダージはああ、そういうことかと納得し横になった。寝台と身体が擦れ、傷が痛む。少し呻き声が出、気恥ずかしくなったが、サンダークラッカーは反応しなかったのでほっとする。
命令であって、心配してという訳ではない。それは余計なことはされないだろうという安堵と、少しの寂しさをダージの感情回路に生み出した。
同型であるあの二人に対してならば、彼は進んでリペアを手伝うのだろうか。そんな事をするような連中ではないと分かっていても、もしかしたらと思ってしまう。
その同型の一人に徹底的にやり込められたことで、弱気になっているのかもしれない。ダージはその事を思い出した。感情回路が悔しさと憎らしさで一杯になる。下手な感傷などすぐに吹き飛んだ。
「くそっ、あの野郎ッ!」
「お前の自業自得だよ」
思わず出た悪態に、冷めた声が返った。見上げると工具を持ったサンダークラッカーが呆れた顔をして立っている。
「全く。曲がりなりにもアイツは俺らの上司で、デストロンのNo.2だぞ。バカでアホでどうしようもないけどな」
一番酷い状態の腕をまず治療しながら、サンダークラッカーは続けた。
「裏であれこれ言う分にはアイツも気にしねぇが、表で言われちゃあ、アイツも黙ってないぜ。メガトロン様やサウンドウェーブが言うのとは違う。面子ってもんがあるからな。俺らが止めなきゃあ、お前今頃スクラップだぞ」
「だがよぅ」
ありゃあ、黙ってられなかったんだ。ダージはぼそぼそと呟いた。
今、冷静になった頭で考えるとそれは分かる。確かにあの場でのあの発言は拙かった。いつもなら軽い皮肉で揶揄するだけに留められるのだが、自分の身に掛かった災難の大きさにうっかりと口を滑らせてしまった。痛烈に彼を批判してしまったのだ。皆の前で。
認めたくないが、それでもスタースクリームは自分の上官だ。航空兵を束ねる航空参謀であり、メガトロンに次ぐ地位にある。
あの時、スタースクリームは本気で殺しにかかってきた。最初は返り討ちにしてやると息を巻いていたダージだったが、すぐにそれは甘かったのだ思い知らされた。普段の彼の愚かしさにすっかりと忘れていた。彼がどれほどの強さを持っているのかを。
「チッ。ずりぃよな」
どうしてあんな奴があんな力を持っているのか。全く理不尽も良いところだ。あの存在は全てが理不尽で出来ているとしか思えない。
「仕方が無いだろう。そういうもんだ」
ダージの愚痴にサンダークラッカーがさらりと返した。工具を治療台に置き、配線を弄っている。
「アンタ、悔しくねぇのかよ」
同型だというのに、彼らの能力差は明らかだ。彼らは同じ時に、同じ場所で生み出されたと聞く。それなのに、スタースクリーム一人にあれだけの力が与えられている。
「お前なぁ。俺らがどれだけ一緒にいると思ってんだ。今更だよ、今更」
「昔は違ったのかよ」
「そりゃあ、な。酷かったぜ」
でも、まあ。いくら俺らが頭悪いって言ってもいい加減分かるもんさ。無駄なことは無駄ってな。サンダークラッカーは笑い、昔を懐かしむように目を細めた。
「なんとかならなかったのかよ」
「なってたら、こんなことにはなってねぇよ」
腕のリペアが終わり、次は脚部に取り掛かるようでサンダークラッカーが位置をずらす。ダージは腕を動かした。少しの違和感はあるが、元通りになったようだ。身体を起こし、その腕で上体を支えた。しゃがんでいるサンダークラッカーの頭部が見える。
「なあ、ダージ」
「なんだ」
なんとなくその黒い頭部を眺めていたダージに声が掛かった。
「なんでスタースクリームが何度裏切っても許されるか分かるか?」
そんな事、せいぜいメガトロン様が寛大である、くらいしか思いつかない。実際、その処遇に首を傾げる者は多い。
「知らねぇよ、んなもん」
「強いからだよ。今日、嫌という程分かったろ?」
「それだけじゃあ、説明付かねぇよ」
そう。確かにスタースクリームは強い。しかしそれだけでは理由としては弱い。弱すぎる。
「そうか?」
しかしサンダークラッカーはその理由で十分だと思っているようだ。作業の手を止めて、顔を上げた。
「他にももっと強ぇのいるじゃねぇか」
「ああ、デバスターとかな」
「合体戦士は勿論だが、アストロトレインとかモーターマスターあたりはスタースクリームより強ぇだろ」
「まあ、そうだな」
「だったら」
「力じゃあ負けるが、総合的に考えたらどうだ?アイツ、使い方を間違っているだけで、俺らと違って頭良いからな」
「・・・」
「まあ、認めたくないのは分かるけどな。アイツはあんなんだけど、メガトロン様じゃなかったらとっくにその地位を奪えているよ。それだけの力がある」
サンダークラッカーははっきりと言い切った。ダージは眉間を思わず顰めて、首を振った。殴られた頬がじくじくを痛む。
「なんでそんなにアイツの肩を持つんだ?」
「別に肩を持ってるつもりじゃねぇよ。アイツには散々迷惑掛けられたし、これからも掛けられるだろうよ。ぶっちゃけアイツのせいで死ぬんじゃねぇの?」
「じゃあ、なんでだ」
「そりゃあ、お前。事実だからだよ。それにな、アイツは強いって思ってる方が楽だろうが。弱ぇ奴にあんな態度取られてみろ。それこそ許せねぇけど、強いから仕方がねぇって諦めやすいってもんだ」
「情けねぇ」
「はは。全くだ」
笑うサンダークラッカーになんだか自分の怒りが馬鹿馬鹿しくなってきた。ダージは溜め息を吐いた。
これじゃあ、まるで自分がガキじゃねぇか。大人に諭される子供だ。サンダークラッカーの余裕が恨めしい。
「骨折りだ」
「だから言っただろう。自業自得だってな。さてっと、胴体部分は自分でリペアしろよ」
俺が一番骨折り損だぜ。サンダークラッカーが肩を竦め、ダージの脚をトンと叩き、立ち上がった。うーん、と伸びをする。そして工具を置き、歩き出した。
「なんだよ。最後までしてくれないのかよ」
もうどうでも良い。青臭いところを散々見られて聞かれたんだ。今更取り繕っても仕方が無い。だったら最後まで甘えてやろう。自分が引き止めれば、サンダークラッカーは付き合ってくれるはずだ。ダージはそう思い、自分の思考がおかしいことに気が付いた。甘えるってなんだ。
「仕方ねぇな」
ダージの混乱を余所に、サンダークラッカーは引き返し、診療台に腰を掛けた。上体を捻り、ダージの胸部を診ている。
「結構ひでぇな。ほら、もう一回横になれ」
「あ、ああ」
言われるがままに横になる。ブレインサーキットがぐるぐるしている。
「おい、ダージ。大丈夫か?」
「あー・・・まあ、大丈夫だ」
「ほんとかよ」
サンダークラッカーはこれ以上は無駄だと思ったのか、胸部のリペアに集中し出した。胸元で黒い頭部が動くのをダージは見つめた。
自分と違って尖っていない頭部。やや華奢なフォルムの身体。あのいけ好かない上官と全く同じなのに全然違ってみえる。
なんとなく分かっていたが、どうやら確定してしまったらしい。
ダージはサンダークラッカーに気付かれないように小さく溜め息を付いた。
「あーあ。強くなりてぇなぁ」
ぼそりと呟いたその言葉は、鼻で笑われた。
FIN