ハロー、ブラザー
大帝/司令官/大帝で司令官←副官、大帝←No.2前提の副官/No.2/副官(カプ表記していいか悩む程度)。





良い天気だ。
マイスターは道無き道を走りながら思った。頭上には雲ひとつない青空が広がっている。輝く太陽は中天にあり、麗らかな陽気が心地良い。
血気盛んな連中は別として、サイバトロンにとってこの星での偵察とは任務の名を借りた散歩だった。特にこんな天気の良い日は。
人気の無い荒野に差し掛かる。この星は狭く小さいが、驚くほど豊かにその表情を変える。大した距離もなく、緑溢れる森があり、青く広がる海があり、荒涼とした不毛の砂漠があり、そして人々が暮らす街がある。目まぐるしく変わる景色があった。

ふとブレーキをかけ、マイスターは上空に意識を向けた。抜けるような青空の中、影が三つあった。そして離れてもう一つ。
トランスフォームしてロボットモードに戻り、マイスターは上空を見上げた。影は青い大空のキャンバスに三本の白い線を描く。見慣れてしまった機影だ。三機は綺麗な隊列を組みながら、どうやら先に行く一機を追っているようだった。
こちらに気付いていないのか、それともそれ以外気にもかけないのか。三機の先頭を行く一機ならば後者の可能性は高い。あの有能な小型機ならば。
やれやれ、懲りない奴だねぇ。マイスターは追われている者を思い、肩を竦め軽く笑った。

紛れもなく敵ではあるが、彼にサイバトロンが助けられた事は多い。本人はまこと不本意だろうが、結果として彼の行為はサイバトロンに吉と働いていた。
また何か仕出かしたのだろう。例えば裏切り行為とか、離反とか、造反とか。そう考え、マイスターはどれも同じだと一人笑った。
そうこうしているうちに、決着が着いたようだ。煙を上げ錐揉みしながら、追われていた一機が地上へと落ちてくる。三機はその上を三度ほど旋回し、離れていった。小型機に先導されるように続く二機は墜落しようとしているものを色違いの同型だった。
ジェットロンの隊長があの小型機では無くて良かった。マイスターは遠ざかる機影を眺めながら思った。あの小型機――コンドルは特に彼の大切な人と相性が悪い。彼が航空兵を束ねた時のことを考えるとゾッとする。しかし同時にマイスターは知っていた。そんな事が起こるはずが無いことを。そんな単純な事ではないのだ。理想はあくまで理想だった。
例えば、自分がメガトロンの副官になり、スタースクリームがコンボイのNo.2になることの無いように。

数キロ先に土ぼこりが舞う。どうやら彼の墜落地地点が決まったらしい。マイスターは少し逡巡してからトランスフォームし、そちらへと向かった。
あのスタースクリームがあのような無様な落ち方をしたのだ。相当のダメージを負っているだろう。簡単に止めを刺せるだろうほどに。
しかしマイスターは別に止めを刺したい訳ではなかった。彼の元へ向かう理由、それは強いて言うならば好奇心だろう。さて、あの男は自分の登場にどの様な態度をするのだろうか。それを想像するのは中々楽しいものだと、マイスターは思った。

距離が縮む。しかし彼はなんの反応も返さなかった。どうやら気絶しているらしいとマイスターはあたりを付け、起こさないようにとロボットモードに戻り、徒歩で更に距離を詰めた。
目視で十分確認出来る距離で、その状態を確認する。やはり相当なダメージを負っているようだ。自力で戻れるかどうか怪しいところだろう。このままここで朽ち果てるのか、それとも・・・。なんとなく、マイスターは後者のような気がした。スタースクリームは生き延びる、と。彼の悪運の強さは折り紙付きだ。
現にほら、とマイスターは歩を進めながら思った。今、自分は何を考えている?近づいて止めを刺すでもなく、何をしようとしているのか。
コンドル達が上空で旋回していたのは、彼の位置を把握する為だろう。何時でも回収出来るようにと。トランスフォーマーは機能が停止してもブレインサーキットが無事ならば死ぬ事はないことを見通した上での罰なのだろう。
全く厳しいのか優しいのか判断に困る処遇だ。マイスターは歩きながら笑った。

スタースクリームの目の前に立つ。やはり彼は目を覚まさなかった。酷い損傷だがそれでも致命傷にはなっていないようで、マイスターは素直に感心した。普通のトランスフォーマーならば命に関わっていてもおかしくはない。彼が気を失っているのは、打ち所の悪さとエネルギー不足によるものだろう。流石というべきか、なんというべきか。
マイスターは肩を竦め、スタースクリームの前にしゃがみ込んだ。間近で見る彼の顔は整っており、アイセンサーが閉じられているのと口を開いていないことで大人びて見えた。
本来のそういう部分は、彼の性格によって隠されてしまっている。しかし、まあ、愛嬌と幼さが増してそれはそれで可愛らしくて良いのかもしれない。大抵の者は――それがデストロンであれサイバトロンであれ、彼に苛立ちやムカつきを覚えるのだが、マイスターは違った。スタースクリームに対してマイスターの負の感情はあまり向かない。自分とは全く違った感覚を持つからなのか、好奇心や興味の方が先に立つ。似ているところの多いと感じるあの男相手には自然と湧き出る嗜虐心も働かない。

マイスターは彼の隣に座り、機体をスキャンしていった。損傷部分を振り分け、飛行に必要な部分をピックアップする。その間にも、スタースクリームの身体はゆっくりとではあるが修復されていっている。流石だ、と感心しながらマイスターはその身体に手を伸ばした。軽く揺する。気絶しているだけなので、鈍いなりに反応はあった。スタースクリームは顔を顰め身体を軽く震わせる。更に強く揺するとアイセンサーがゆるやかに点滅し、そして赤く弱い光を灯した。ぼんやりとした光だ。
半覚醒状態のスタースクリームをその青いバイザーに映し、マイスターは肩に置いていた手を頬へと移した。そっと触れる。その手に反応したのか、スタースクリームはアイセンサーにぼんやりとした光を宿したまま、口を小さく開いた。
その時に零れた声をマイスターの聴覚センサーは確かに拾った。とても小さく、そして儚いものだったが、確かにしっかりと聞いたのだった。
ブレインサーキットのヒューズがぱちりと小さく爆ぜる。スタースクリームに自分の影が重なるようなビジョンが生まれた。すぐにかぶり振ってマイスターはそれを取り払った。これ以上、このようなスタースクリームを見るのは辛い。

「スタースクリーム」
しっかりと覚醒させる為に名を呼び強めに身体を揺する。
うう、と低く唸りながらも今度はしっかりとした赤い光をアイセンサーに宿したスタースクリームの様子に、マイスターは知らずそっと息を吐いた。
「・・・ここは」
「おはよう、スタースクリーム」
「・・・ってめーは!」
きょろきょろと周囲を見渡すスタースクリームに声をかけると、一拍置いて大仰に反応を返した。ナルビーム砲を向けようとするが、それよりも身体の不調が勝ったようで、素早く立てた腕が体重を支えきれずに崩れる。スタースクリームは再び地面に伏せることとなった。
「無理をしない方が良い」
マイスターは地面に転がっているスタースクリームの隣に腰を降ろし、にこやかに笑う。出来るだけ警戒を与えないようにしたかった。
「てめぇ・・・何してやがるっ!」
「それはこちらが聞きたいんだがね、スタースクリーム。ここいらを少し散歩していたらね、君が落ちてきたのだよ。さて、また何を仕出かしたのだろうね?」
にっこりと笑ってそう言ってやると、スタースクリームはぐっと言葉を詰まらせ、ぷいとそっぽを向いてしまった。マイスターは更に笑う。ただし顔には出さずにだ。
「君も懲りないねぇ」
「うるせぇ。って、なんのつもりだ?」
手を差し伸べると、怪訝な顔をされた。当然だろう。マイスターは笑顔を崩さず、壊れかけの腕を取った。
「直してあげるから大人しくしていて欲しいのだがね」
更にスタースクリームの顔が歪む。これは明らかに気持ち悪いものを見た顔だ。しかしそんな表情を向けられても、マイスターは不快には思わなかった。
「おや。いやに素直だね」
嫌そうな顔をしながらも、スタースクリームは大人しくなった。マイスターの治療を受ける気らしい。
「煩い。さっさと直せ」
その言葉を最後にスタースクリームは黙り込んでしまう。マイスターは肩を軽く竦め、修理に取り掛かった。

飛行に必要な部分だけを選んで修理している最中、マイスターはこれがデストロンとサイバトロンの大きな違いなのだろうと思った。
使えるものは何でも使おうとし、命乞いも厭わず、まず生き抜くことを最優先とするデストロン。サイバトロンはこのような状況に陥った時、どのような行動を取るだろうか。きっと命乞いを良しとせず、朽ち逝こうとするだろう。まあ、デストロンが信じるに値する相手ではないのだから、比較することはおかしいことかもしれないが。
生にしがみ付くことが正しいのか、潔く散ることが正しいのか。自分達が間違っているとは思わないが、素直に生き延びることを選択する様は見ていて少し羨ましいものだと思った。

「おい」
マイスターが思案しながら黙って作業を続けていると、沈黙が嫌なのかスタースクリームが声を掛けてきた。
「どうしたね」
「いや・・・なんでもない」
しかし言う事が無いのか、それとも何かを躊躇しているのか、言葉を濁し黙ってしまう。そんな様子を見、マイスターはゆるく笑った。なんとなく優しくしてやりたくなった。
「お前さんは良いね」
そう言うとスタースクリームは首を傾げた。妙に可愛らしい仕草だった。
「空を飛べるというのは良いものだ。違うかね?」
あちらこちらに傷を負った左翼に応急処置を施しつつ、するりと手を滑らせる。別にこれがあるからと言って飛べる訳ではない。彼らデストロンは翼が無くとも飛べるのだ。
「ふん」
マイスターの言葉に一気に機嫌が上昇したのか、スタースクリームの表情が軟化する。
「当然だ。空を飛ぶのはすげー気持ち良いんだぜ」
まあ、お前らには分からないだろう。スタースクリームは堰を切ったように空を飛ぶことの素晴らしさを話し出した。弾んだ声が相当機嫌が良くなったことを示していた。本当にころころと表情や態度の変わる奴だ、とマイスターは変に感心してしまった。
皆飛べるのだから自慢しようがないし、デストロンではスタースクリームの話を真面目に聞くものはいないのだろう。マイスターが話に相槌を打ったり、感心したような素振りを見せると彼は益々喜んで、話を続ける。
修理は終わったが、マイスターは話を聞いてやることにして、終わりを告げなかった。

日が落ちる頃合になって、ようやく話は一段落したようだった。話が途切れたのを読んでマイスターは切り出した。
「さあ、終わったよ」
「あ、ああ。えらく時間が掛かったじゃねぇか」
それはお前さんの話が長かったからだよ、とは言わずマイスターは笑って慣れていないからね、と答える。
「とりあえずこれで十分飛べるはずだ。ただし戦闘機能は直してないからね」
「使えねぇなぁ」
「酷いねぇ。でもまあ流石にそこまではしないさ。ここで暴れられたら嫌だしね。で、どうだい、エネルギーは足りそうかい?」
逆に時間があったので、彼の攻撃機能を少し弄って使えなくしてしまったことは黙っておく。そこまでマイスターはお人よしでもなかった。
「ああ・・・まあ、足りるだろうよ」
「あ、少し待ってくれないかい」
そう言って立ち上がり、即座にトランスフォームしようとするスタースクリームをマイスターは止めた。腕を掴んで引き寄せる。
頬に軽く口付け、聴覚センサーの傍で小声で囁いてすぐに離れた。
「なっ!」
驚いて、そして顔を赤くしたスタースクリームに応援しているよ、と言い残しマイスターはトランスフォームし走り去っていった。
ひとり残されたスタースクリームはマイスターの言葉を反芻し、苦々しく舌打ちをした。そしてトランスフォームし、飛び立った。茜色の空に舞う。

彼があの男の心を掴めたならば、あの人はこちらをちゃんと意識してくれるだろうか。自分があの人の心を振り向かせられれば、あの男は彼を見るだろうか。
マイスターがスタースクリームを助けた理由はふたつあった。サイバトロンの為と、そして自分の為だ。

「メガトロンに想いが通じると良いねぇ」





FIN