スロウワルツ;ファーストステップ
リジェとサンダークラッカー。目指せBL。
その時リジェがそれに気が付いたのは、全くの偶然だった。
きっと彼は誰にも気付かれぬよう、らしくもなく慎重に慎重を重ねそれを行っていた。彼は敵であるサイバトロンよりも自軍に注意を向けており、姿を消したリジェに全く気付いていない。リジェは呆然と歩みを止め、その姿から目を離せなかった。
策か、謀か。彼はデストロンだ。当然、リジェはその光景を目にした瞬間、また何かぞろ悪巧みの一環だろうと、そう考えた。そうしてデストロンの企みを潰す為に、彼の不意を打とうとそちらの方へと向きを変え、踏み出そうとした足が止まった。
罠以外のなにものでもないはずだ。そう思うのに何かおかしい。リジェの視線の先の、そのデストロンの表情は、彼の知るどのデストロンとも違った。
あのようなデストロンは知らない。戦いの場に背を向けつつちらりちらりと注意を向け、その大きな体で何かを守るように隠し、焦り少し苛立ちしかしどこか懇願するような、そんな行動と表情は自軍で見慣れたものだった。この星の脆弱で矮小な有機生命体を自分達の戦いの場から逃がす時に、サイバトロンが取る行動、そして浮かべる表情だ。早く逃げろと、逃げてくれと、そんな切羽詰った彼の声が聞こえた気がした。
訳が分からない。回線がショートしそうになった。しかし放っておく訳にはいかない。知ってしまった以上、サイバトロンとして見過ごす訳にはいかなかった。正直、関わりたくないというのが本音だったが、そうも言ってはいられない。
幸いまだリミットまで時間がある。リジェは殊更ゆっくりと足音を忍ばせて彼の元へと歩き出した。
彼のすぐ隣に立つ。当然のことながら、リジェには全く気付いてはいない。無防備な背中だ。照準を合わせて急所に一発撃てば簡単に彼は戦闘不可能に陥るだろう。
しかしリジェはそうはしなかった。隣に立ってその彼の行動を眺める。
いっそ罠であれば良いのに。これほどまでに巧妙ならば、騙されたとしても納得いくだろう。それほどまでに、彼の行動と表情には疑うものが無かった。
本気で人間達を心配し、必死で逃がそうとしている。その立場にある者が行うことではない。寧ろこれは彼らにとって違法行為なのではないだろうか。勝手に戦線を離脱し、上手く使えばサイバトロンの攻撃を止める事も出来るだろう人間を逃がすなどと。本人も分かってはいるのだろう。かなりの注意を戦場のデストロンに向けている。
これが初めてではないのか、彼はそれなりに手馴れていた。どうして。そこまでして何故。リジェは考えたが答えは出なかった。
気が付けばタイムリミットが迫っていた。リジェは逃げなかった。見つからない解を彼ならば答えてくれるかもしれないと、そう思ったからだ。敵ではあるが話せる相手かもしれない、と感じたからだった。
何故人間を助けるのか、などとサイバトロンで問えるはずもない。
人間が逃げ終え、彼が立ち上がった。振り向いた先に、自分がいるはずだ。リジェは構えることなく、彼が振り返るのを待った。
「なっ!」
「シッ。落ち着いてくれ・・・」
当然、彼は驚き、酷く動揺した。リジェは口に指を当て、戦場のデストロンをちらりと見、目配せをした。分かってくれれば良いが、そう思いながら敵意の無いことをアピールする。
「な、なんなんだ」
「それはこっちのセリフだよ、サンダークラッカー」
意外なことに彼は武器をリジェに向けることもなく、大人しくなった。少しバツの悪そうな表情から、先ほどの一連の行為を見られたことを悟っているのかもしてない。
周囲を見渡し、そしてお誂え向きの巨石の影へと誘うと素直に彼は付いてきた。
「何をしていた?」
ストレートに訊ねると、サンダークラッカーは言葉を濁した。リジェは質問を代えた。何故、人間を逃がしたのかと。
サンダークラッカーはすぐには答えなかった。沈黙が流れ、戦場から爆音が大きく響いた。一体自分達はここで何をしているのだろうか。リジェは顔に出ないように少し笑った。
「・・・だからだ」
ぼそぼそと呟かれた言葉をリジェは上手く拾えなかった。いや、聞こえていたが理解出来なかっただけかもしれない。
「なんて言ったか聞こえないんだけど」
「・・・あー、もうッ!かわいそうだろうがよっ!って言ったんだよっ」
「何が?」
「おめぇ・・・大丈夫かよ?人間に決まってんだろうがよ」
予測していたことだが、改めて彼の口から聞かされるとその衝撃は構えていた以上のものだった。だって、デストロンが人間をかわいそう?そう彼はかわいそうだから逃がしたんだと言っているのだ。
「なんで?」
「なんでって何回言わせりゃあ気が済むんだよ」
「だって・・・」
「・・・分かってるよ。おかしいって事ぐらいな」
照れたような怒ったような顔でそっぽを向いてしまった横顔をぼんやりと見、リジェはあの人騒がせな有名人を思い出した。こうやって見るとやはり同じ顔なのだと、全然今と関係の無いことがブレインサーキットを巡る。
「あいつら小せぇし、すぐ死ぬしよぉ。寿命なんか一瞬なんだってよ。なんかそれなのに俺らみたいなのの戦いに巻き込まれちまってよぉ。だから、なんていうか、なあ?」
「あ、ああ」
もうやけくそなのか、吹っ切れたのか、サンダークラッカーは色々と喋りだした。
どうやら彼の行為はサイバトロンのような正義やら慈愛やらからくるものでは無いらしい。同情でもない。言うならば、憐みだろうか。弱者に対する憐憫。それは侮蔑と紙一重の感情だ。
リジェは少しほっとした。なんとなくデストロンから愛やら義やらは聞きたくない。
「まあ、なんだ。黙っておいてくれよな」
「ああ、勿論。デストロンには言わないよ」
言う必要はないだろう。サイバトロンにとってそれなりに有難い行為のはずだ。
「あー・・・あのな。アンタのお仲間にも黙ってってくれよな」
「誰にも言うなってことかい?」
リジェ自身、誰にも言うつもりはなかった。サンダークラッカーが何を考えているのかまでは分からないが、話を聞いてその表情と言葉から嘘を付いていないと分かっていた。人を欺くのはリジェの得手とするところだ。逆も然り。任務の為とは言え、碌でもない特性だと思うが仕方が無かった。
「ああ。面倒は勘弁して欲しいしな」
「それを私に言うのか」
彼の言動はデストロンらしくもあり、らしくなさすぎていた。
リジェが笑うと、サンダークラッカーは今更相手が誰だか思い出したような顔をし、「なんか、アンタなら分かってくれると思ってさ」と、笑って言った。
「おっと。そろそろ戻らねぇとやべぇな。じゃあな!」
そしてリジェが何か言う前に、さっさと戦場へと飛んで行ってしまった。
「おかしなデストロンもいるものだな・・・でも私はきっと無茶をしてまで人間を助けたりしないよ」
一人残されたリジェは、空に舞う彼の姿を目で追い、ぼそりと呟いた。
FIN