スロウワルツ;インザスカイ
ぐるぐるリジェと兄(保護者)属性全開サンダークラッカー。





リジェは一人、荒野を走っていた。道無き道を行く。オフロードに適さないヴィークルだが構わなかった。無茶な運転に体中が軋む。しかし今はそれがありがたい。特にこんな気分の時は。

しばらく行先も無く闇雲に走っていたリジェだったが、流石にスポーツカーに砂と石の大地は厳しい。不注意で大きめの石にタイヤを取られ、あっと思う間もなくスリップし、派手に転んでしまった。横転した格好のまま、しばらくぼんやりとリジェは茶色い大地と青い大空を見ていた。ひどく惨めな気分だった。

帰りたい。鋼鉄の故郷を思い出し、涙が出そうになった。こんな有機体だらけの気持ち悪い星より、あの無機質な星が良い。暖かい風も、日の光も、熱を孕んだ地面も、どれもこれもリジェは嫌いだった。あの冷たい世界がリジェの安らぐ場所なのだ。
ゆっくりとトランスフォームする。のろのろと立ち上がり、空を仰いだ。それはむかつくほど青く遠かった。どう足掻いても届かないそれは、リジェの願いを阻む壁のように見えた。

誰も自分の思いを理解しない。してくれない。
帰りたい。そう思うことがどうしていけないことなのか。こんな星、さっさと離れたいだけなのに。デストロンなど放っておけば良いのだ。連中がこの星の資源に夢中になっている隙にセイバートロンに戻れば、それで全てが上手くいくはずだ。それが最も効率的な方法ではないのか。
なのに誰もそうしようともしない。人間達を守る為、地球文化に惚れ込んだ、自然が気に入った等、全く理解出来ないことばかりを言う。
同じように早く帰りたいと言う者も勿論居るのだが、そんな彼らも満更ではないらしく、リジェのように強く主張することはない。
地球に馴染めない自分は、そのままサイバトロンに馴染みきれない自分なのだろうか。今でも尚、なにかあれば疑いを向けられる自分がサイバトロンに所属しているのは何故なのだろうか。
それはきっと、ただ一人、何があっても自分を疑わない人が居るからだ。私はリジェを信じる、といっそ愚かしいほどはっきりと言ってくれる人がサイバトロンの司令官だからだ。
しかしその人も、この星を離れがたく思っているようだった。リジェは出来るだけその人と離れたくなかった。離れてしまえばサイバトロンに居られない、そう思うほどに。嫌疑の視線の中で、あの大きな背に守られなければどうしてそこに居続けられようか。
それでも、ひどい郷愁がリジェを苛むのだ。全てを捨ててでも、戻りたいと、リジェの命の源が叫ぶ。

リジェは砂の大地に座り込んだ。風が吹き、煽られた砂利が身体の隙間に入り込む。最悪だった。やはり自然とは碌でもないものだ。

照りつける太陽の下、無防備に投げ出されたリジェの身体をさっと黒い影が過ぎった。のろのろと顔を上げると、頭上で旋回している影がひとつ。太陽を背にしているので唯の黒い点にしか見えないそれは徐々に大きくなっていった。黒い影ははっきりとした機影になった。
人間の空を飛ぶ道具はあんな動きはしない。だとすればそれはデストロンだ。機影、つまりは戦闘機型デストロン―ジェットロン―がリジェに向かって降下してきている。色が分からないので、誰かは判別出来ない。ただ、なんとなく形から旧ジェットロンと呼ばれる方だろうということが推測出来た。
リジェはそれをぼうっと見ていた。恐怖は無い。こちらは一人だが、あちらも一人だ。ジェットロンは上空にあればなるほど恐ろしい敵だが、地上に降りた彼らとは互角に戦える自信はあった。それにリジェには素晴らしい能力がある。いざとなればそれで逃げれば良いだけの話だ。卑怯もくそもない。生き延びることが重要なのだ。故郷の地を踏まずして死ぬ訳にはいかないではないか。

リジェは座ったままではあるが、臨戦態勢を取った。近づく機影が太陽からずれ、その色彩が明らかになる。その色を認識し、リジェは少しの逡巡の後、臨戦態勢を解除した。
彼がひとりであるのならば、その必要は無い。リジェにそんな考えを起こさせるデストロンは、ゆっくりと地上に降り立ち、よう、と気さくに笑いかけてきた。
「やあ」
リジェも言葉を返し、なんだかおかしなものだと笑った。
「こんなところで何をしてるんだ?」
再び太陽を背にしたデストロンが黒く塗りつぶされる。すらりとしたシルエットは映えたが、なんとなくリジェはそれが勿体無い気がして、何もない砂の大地を軽く叩いた。
「まあ、座りなよ」
隣を進めると、デストロンは何も疑うことなくそこへ腰を降ろす。白と水色のカラーリングの彼はどこか迫力に欠け、そんな素直さと共にリジェの凝った気持ちを少しだけ溶かしてくれた。
リジェはサンダークラッカーの質問に答えなかったが、彼は聞き返さなかった。ただ隣に座り、空を見ていた。リジェも同じように空を見上げる。

しばらくそうしていた。この沈黙は悪くない。リジェはそう思ったが、それよりも話をしたいと思った。今更ながらに先ほどの質問に答える。
「帰りたい、ひとりになりたい、そう思ったんだ」
ぼそりと呟くと、サンダークラッカーはなら、と腰を上げようとした。手を伸ばし引き止める。引き止める言葉は出てこなかったが、サンダークラッカーは再び隣に腰を降ろした。
リジェは安堵し、そして同時に居た堪れない気持ちになった。誤魔化すように口を開いたが、上手く言葉が見つからない。
ぐっと拳を握り、俯いてしまったリジェを見て、サンダークラッカーは彼に気付かれないようにそっと溜め息を吐いた。
こういう状態に陥っている者を見るとつい構ってしまいたくなるのは自分の悪い癖だと、サンダークラッカーは分かっていた。生まれた時から一緒の彼らを思い出すのだ。放っておくと良くないと経験で知ってる。しかし彼らは仲間で、リジェは敵だ。放っておけば良い、いや寧ろ放っておくべきだ。元気付けてやりたい、などと思う自分はおかしい。
そこまで考えて、サンダークラッカーは思考を放棄した。どうせ馬鹿なのだ、自分は。考えたって碌なことにはなりはしない。だったら愚か者は愚か者らしく、愚かなことをすれば良い。やりたいと思ったことをすれば良いのだ。

サンダークラッカーは立ち上がり、リジェの腕を取った。驚く彼を無理矢理立ち上がらせ、呆然としている間にジェット機にトランスフォームする。そして掬い上げるように彼をその背に乗せ、あっという間に地上から飛び立った。

「ちょっ!サンダークラッカー!」
ようやく正常にブレインサーキットが働くようになったのか、リジェが口を開いた。
「しっかり掴まってなよ、リジェ」
彼が落ちないように速度を落としているが、それでもそれなりの危険を伴うことは間違いない。サンダークラッカーはへまをして落とすつもりなど全く無かったが、暴れられては元も子も無いのだ。
サンダークラッカーの危惧に反して、リジェはすぐに大人しくなった。ぎゅっと胴体部分を抱き込むように掴まっているので、よほどのことが無い限り安全だろう。なんとなくくすぐったいのは、自分が乗せているのがサイバトロンだからだろうか。

「気持ち良いだろう?」
背に向かって問いかける。リジェの顔は見えない。どんな表情をしているのだろうか。先ほどまでの沈んだ顔で無ければ良い、そうサンダークラッカーは思った。
「・・・ああ」
返ってきたのは小さな声だった。しかしそれは肯定の意を存分に含んでいた。サンダークラッカーはなんとなく嬉しくなった。
「俺は、なーんか嫌な事があるとこうやって飛び回るんだよな。てっとり早くひとりになれるしな。まあ、俺だけじゃなくて、スタースクリームもスカイワープも機嫌を悪くしても数時間飛び回ってりゃあ、大抵機嫌を直して帰ってくるんだ」
返事は返ってこなかったが、サンダークラッカーは喋り続けた。
「俺もさ、帰りてぇよ。でもよぉ、この星も悪くねぇんだ。下見てみろよ。セイバートロンじゃお目にかかれないようなもんばっかだぜ」
リジェは眼下に広がる光景を見ているだろうか。見ていれば良い。
「なあ。俺やおめぇみたいなはぐれもんがよ、こうやって居られるのもここへ来たお陰じゃねぇ?のんびりとさ、銃撃に注意せずに飛んでられねーもんな、あっちじゃあ。誰の目があるもんか分かんぇしな。まだ帰れないんだったらよぉ、こっちの良いところ探せば良いと思うぜ」
サンダークラッカーは喋りながら、今更なことだろうな、と思った。きっとリジェは何度もサイバトロンの仲間達からそう説得されているはずだ。
リジェがサイバトロンの大義に賛同していないことは聞いて知っているが、サンダークラッカーは自分と同じように彼も引き止められて留まっているのだと思っている。彼の能力は素晴らしいし、話していてその性格の良さも分かるからだ。実際の彼の立場をサンダークラッカーは知らなかった。
「・・・そうかもしれないな」
だから、背に乗ったリジェがそう返してきたことにサンダークラッカーは驚き、そして喜んだ。
「なあ、リジェ」
「ん?」
「これくらいのことしか出来ねぇけどよ。しんどくなったら、な」
最後まで言うのは照れくさく、言葉を濁したが分かってくれるだろう。案の定、小さな声だったが、感謝の言葉を返してくれた。
「君も。私は空は飛べないが、地上は自在に駆け抜けられる。君の見過ごしたこの星の良いところを探しておくよ」
そうしてやっとリジェが笑った。サンダークラッカーも笑った。

「海の方まで行ってみるか」
「基地があって拙いんじゃないのか?」
「なに。逆だから大丈夫だよ」
スピード出すからしっかり掴まってなよ。そう言ってサンダークラッカーは加速した。リジェはその胴体に今まで以上にしっかりと抱き付いた。

まだまだ大丈夫だと、リジェはハイスピードで移り変わる自然の風景を眺め、もしかすると少しはこの星が好きになれるかもしれない、と思った。





FIN