スロウワルツ;レイン
ぐるぐるサンクラ。ネガティブ。





サンダークラッカーは手の中の携帯端末をじっと見つめた。
夜の帳が下り、周囲はすっかり闇に包まれている。空は厚い雲に覆われ、星ひとつ見えない。人間の視覚では前後不覚になるほどの闇も彼には意味は無いのだけれども、それは暗い気持ちを助長するには十分の効果を持っていた。
静寂は無い。彼が居るのは海辺で、絶え間なく波打つ音が聴覚センサーを震わせている。妙な規則正しさを持つそれは、周囲の闇と相まって普段の心地よさは感じられなかった。それでもサンダークラッカーはそこを動く気にはなれなかった。

メールが返ってこない。
たったそれだけの事で酷く気落ちしている自分を、サンダークラッカーは妙な冷静さで認めていた。
今日で五日目になる。たかが五日、されど五日。サンダークラッカーは三日目に入りとうとう端末を手放せなくなってしまった。
彼は何時だって当日か、若しくは次の日に返事をくれていた。サンダークラッカーもまた同じような間隔で返していた。そのほとんどは他愛も無いような事だったが、面倒さは全く感じず楽しいやり取りだった。
一日目は特に何も思わなかった。二日目は少しだけ気になったがそれだけだった。三日目に何か怒らせてしまっただろうかと一気に不安になった。四日目には彼に何かあったのだろうかと心配になった。昨日の不安のせいでメールを送る事は出来なかった。そして今日五日目、やはり自分は何か仕出かして彼の不興を買ってしまったのだと結論付けた。自分は鈍くて馬鹿だから、聡明な彼に呆れられてしまったのだろう、と。
それに。サンダークラッカーは思う。自分はデストロンで彼はサイバトロンだ。彼とのやり取りはきっとただの気紛れで、うっかり本気にしてしまったのがいけなかったのだと。

そうだ。自分はデストロンで、彼はサイバトロンなのだ。仲良くしていて良いはずが無い。何をうだうだと迷っているのだろうか。何時ものように仕方が無いと諦めて、忘れてしまえば良い。どうせ自分から理由を尋ねることなんて出来やしないのだ。決定的に答えを突き付けられるより、曖昧に薄れている方が怖くないのだから。
そう。サンダークラッカーは決定的な否定の言葉を聞く事を酷く恐れている。だから誰にだって強く出れないし、何かを強く求められない。

サンダークラッカーは手の中の端末をぎゅっと握った。もう意味が無いはずのそれは、少し力を込めただけで簡単に壊れてしまうだろう。だけど後もう少しというところで、それ以上の力を込めることが出来ない。
真っ暗な空を見上げる。どんよりと厚い雲は今にも雨が降り出しそうだった。しばらく見つめ、がくんと首を垂れた。
何時ものように、諦めてしまう事が出来ない理由はなんとなく分かっている。だからってどうすれば良いのか、サンダークラッカーには分からない。分かっていても、実行出来そうにはなかった。
同じ顔、同じ姿の二人を思った。彼らならこんな事で悩むことはしないだろう。きっと自分の悩みなど理解出来ない。自分が彼らの悩みを理解出来ないように。
相談すればきっと指をさし笑って馬鹿だ間抜けだと囃し立てるに違いない。そんな事出来やしないのだけれども。彼らだけではない。誰にだって言えやしない。いつのもように背を押してもらう事も、手を引いてもらうことも、出来ない。
誰かの助けがないと引くことも、進むことも、諦めることも出来ないだなんて。サンダークラッカーは自分の惨めさに泣きたくなった。

ぽつりぽつりと降り出した雨が水色の機体を濡らす。徐々に雨は激しくなっていったが、サンダークラッカーはそこを動こうとはしなかった。水に弱いと言われた携帯端末は胸のコックピット部分に治め、顔を歪ませる。
諦められたら楽なのに、諦められない。どうすりゃあ良いってんだ。叫ぶ事すら出来ず呟かれた言葉は雨音に消えていった。





FIN