科学者と狙撃銃

AHMより






ドリフトはゆっくりと進んだ。荒廃したその場所は磁場が乱れ、索敵センサーに不具合が生じている。視覚や聴覚などの感覚センサーと、長年培った勘のようなものを頼りに彼は進んだ。その足取りは確かなもので、怯えや躊躇を微塵も感じさせるものではなかった。
彼は常に一定の距離をおいて付いてくる気配を感じていた。センサーに引っかからないが確かにいる。それはドリフトにとって警戒すべきものではない。むしろ、そこにあることに微かな安堵を感じた。
すっかりと背を任せられるようになった。その存在を頼もしく感じるほどに。彼はゆっくりと笑った。性質の悪いそれを見ている者はいなかった。

がさり。前方の瓦礫の奥で影が蠢いた。ドリフトは歩みを止めず進む。片手に剣を持っているが相変わらず何の構えも見せず、まるで無防備に音のする方へと向かった。
敵か、味方か。はたまたそのどちらでも無いものか。
ドリフトはデストロンや襲い掛かってくるモノ以外を傷付けたくは無いと思っている。自らあまり状態のよろしくないサイバトロンに火種を持ち込む気は無いし、気分的にも良くない。それに彼のプライドが例え不利な状況であれ、護るべきと倒すべきを違えることを許さない。固執することはないが、軽んじることもできない。
がさり。再び影が蠢く。それはすぐに止まり、あたりは静かになった。しかし彼の勘が告げる。ブレインサーキットが過去の膨大な戦いのデータと今の状況を照合していく。そして解を出す。影は襲撃者であり、今まさにドリフトを狙いその瞬間を待っているのだと。
歩調はそのままに、剣をそっと持ち替えた。無防備に見えるが、彼にとってはそうではない。口元に思わず笑みが浮ぶ。

気分が高揚する。彼は既に影が取るに足らないモノであると確信していた。彼の高揚は一歩一歩近付く影に対してのものではない。

ドリフトの右脚が襲撃者の間合いに入った。残酷な喜色を帯びた不気味な咆哮が響く。ざっと瓦礫から飛び出した影はグロテスクな外見を持ったクリーチャーだった。まるで何体ものセイバートロニアンを適当に繋げたようなそれに理性は感じられない。
それはドリフトを獲物と認め、濁った体液の滴る腕を彼に伸ばした。
その攻撃は十分な速度を持ったものだったが、ドリフトはその場から動かなかった。彼がしたのは右腕に僅かに力を入れただけだ。そして握った剣を振り上げようとして、彼は止めた。
パシュッと空気を斬る音が聴覚センサーのすぐ傍を過ぎる。頬に軽い熱を感じた。目の前のクリーチャーが巨大な鉤爪をドリフトの頭上に振り下ろさんとして、その動きを止めていた。哀れなクリーチャーはその頭の右半分を無くし、本人も分からぬままそのスパークを失った。ぐらりと巨体が傾ぎ、それは仰向けにゆっくりと倒れていった。

「人の獲物を奪うんじゃねぇよ」
やれやれといった態で巨体を見下ろしながら、ドリフトは肩をすくめた。口元は緩んでいる。
ほんのしばらくすると、後ろに付いていた気配が近付いてくる。
「そうしろと言ったのは君だろう?」
ふむ、と自分の仕留めた獲物を見下ろしているのはパーセプターだ。ドリフトの背後の気配は彼のものだった。肩に自前のランチャー仕様の接眼レンズとは別に、大きなスナイパーライフルを担いでいる。
興味深げにクリーチャーを見下ろし、今にもビークルにトランスフォームして分析だと言いかねない様子にドリフトはやめておけ、と軽く忠告をする。
分かったと言うパーセプターだったが、きっと聞いていない。ドリフトは言っても無駄だと諦め、ビークルにだけはなるなと念を押し、周囲を見回した。
見渡す限りの廃墟だ。こそこそ隠れるには絶好の場所だが、それが余計に不安を煽る。こうやって化け物も出るのだし、荒れるサイバトロンの気持ちは分からないでもない、と彼は思った。
思ったがそれだけだ。理解と同調は違う。ドリフトはどこか冷めた目で総司令官を失い荒れるサイバトロンを見ていた。

彼もまた、コンボイを失って深く傷付いた一人だ。ドリフトは化け物の隣にしゃがみ込み、なにやらぶつぶつと言いながらあちこちを見て触っているパーセプターを見た。気付いていないのか、気にしていないのか、彼はこちらを見ようとも気配を向けようともしなかった。
こういうところは変わらない。ドリフトは彼に射撃の教えを請われた時のことを思い出した。



パーセプターは元々射撃の腕前もその火力もトップクラスであると有名だった。ただその異常ともいえる研究欲の方が有名でもあったが。まあ、サイバトロンには彼だけでなく、異様なほどの戦闘能力や火力を持つ学者連中は多い。
だからそう請われた時、ドリフトは彼の腕前を知っていたので、必要無しと断った。そもそもドリフトは接近戦のエキスパートだ。射撃の腕もそれなりに持っているが、彼に教えるようなものは持ってはいない。
適任は他にいるはずだと言うと、パーセプターは君が適任だと強く断言した。そして言ったのだ。君の知る自分の射撃の腕前は自由の利かないビークルモードであって発揮されるものであると。
「それでは駄目なんだ。分かるかい。なるほど君の言う通り、私はビークルであれば2000kmでも3000kmでも離れた高速で動く物体を射抜くことが出来る。しかし動けないのだ。この戦いに必要なのはそれではないのだよ。私はあの時実感した。全く役に立つことが出来なかった。私は格闘には全く向かない。邪魔になるだけだからね。私に出来るのはやはり射撃なのだ。しかしあれでは駄目だ。駄目なのだよ。・・・護れない」
悲痛な決意だと、ドリフトは感じた。あの時、あの場所に彼は居たのだろうか。いや、それは最早無意味だ。パーセプターはその力に反してあまり戦いが好きではないと聞いていた。その彼がここまで思いつめている。お前のせいではない、という言葉は今更だろう。これはそれを乗り越えた結論だ。
射撃の教えを請いたいという理由は分かった。イエスと言っても良かった。しかしドリフトにはまだ聞くことがあった。
「なるほどな。しかし何故俺だ?射撃ならばストリークが一番だ。彼に請うのが道理だと思うがな」
ストリークでは駄目なのだ。パーセプターは首を振って答えた。
「彼は素晴らしいスナイパーだ。自らの一部ではない武器を使って、どうしてあれほど正確に的を狙えるのだろうね。私は一度借りてやってみたことがあるが、なかなかどうして上手い事いかなかった。確かにそうだね。普通に射撃を教わりたいなら彼だろう。しかしだね、ドリフト。私が必要としているのはそれではないのだよ。私は乱闘に入ったサイバトロンの戦士達の助けになりたい。私が狙うのは・・・混戦時の、デストロンだ」
つまり射撃だけでなく、接近戦での動き方も知りたいということなのか。サポートとしての最適な行動を知りたい、と。
「なるほど、な」
「それに君なら、手加減をせずに教えてくれるだろう?」
どうも他の者達は科学者だからとどこか一歩引いてしまう。そう言ってパーセプターは困ったように笑った。
「射撃も出来て、接近戦も熟知していて、あんたに手加減をしない。それが俺か」
「そうだね。あとは、冷静だからという点も重要だ。君は司令官を失ったサイバトロンに染まっていない」
なるほど、流石の洞察力だとドリフトは感心した。そして手を差し出す。
「俺は厳しいぞ」
「頼む」
握り返された力の意外な強さに、ドリフトは不謹慎だと知りながらおもしろくなりそうだと口元を緩めた。

パーセプターは元々の素質か、スナイパーライフルの扱いに慣れるのに少し時間がかかったが、それからが早かった。その腕前はあっという間にドリフトを超えた。
そこから二人は常に行動を共にし、パーセプターはドリフトの行動の邪魔にならないようにフォローする術を学んでいった。ドリフトの動きを観察し、予測し、動く。近接していて見えない広域を背後から望む。
初めは全く見当違いのフォローを入れて、逆にドリフトを不利に立たせることもままあったパーセプターだったが、勤勉な彼は同じ間違いを起こすことはなかった。



そうして今ではこうやってタイミングを計りつつ、自分を出し抜くということすらやってのけるようになった。
ドリフトはそろそろ自分だけではなく、全体のフォローに回れるように次の段階へ行くべきだと思った。そもそもそれが彼の望みだ。
しかしどこか勿体無いという気もした。自分でも驚くほど息が合っていると思っている。単独で動くことの多く、またその方が気楽で良いと思っていたドリフトだが、パーセプターは鬱陶しく感じるどころか、その存在が有難く感じるのだ。久しく会ったことのない、背を任せられる相手だ。自分だけのスナイパーであれば良いと思い、ドリフトは軽く首を振った。何を馬鹿なことをと笑う。
その笑い声にやっとこちらを向き不思議そうな顔をするパーセプターに、ドリフトは肩を竦めて何かおもしろいものはあったか、と聞いた。





FIN