裏切り参謀と陰険補給兵
オクトーンは基本セイバートロンにいてあっちこっちに出没していたら良いと思う。補給兵だから。きっと地球にも来ている、と思いたいです。






オクトーンは上機嫌に自室へと向かう廊下を歩いていた。思わず出た鼻歌が足音に混じり反響する。残念ながら評価するものはいないので、オクトーンはそのハーモニーを中々のものだと自惚れることにした。
彼の上機嫌の理由は、彼の所属するデストロンにとってあまり歓迎するものではない。だから彼が任務を成功させても、上官はあまり褒めてはくれない。時にはやり過ぎだと叱られることもある。が、オクトーンは決してへこたれることなく、自分の楽しみを優先させるのだった。
だってデストロンの粗暴な連中が、普段の荒々しい様子もどこへやらエネルギーが切れかけて苦しそうに、そしてなにより惨めっぽくエネルゴンの配給も求める様といったら!全く、補給兵冥利に尽きるといったところだと、オクトーンは思っている。
敵であるサイバトロンから上手く強奪せしめたエネルギーをたっぷり持って、燃料切れで喘ぐ味方のデストロンを嗤う。オクトーンの何よりも変えがたい楽しみのひとつであり、彼が参謀に昇格しない理由のひとつだった。

当然今日の上機嫌もそれだ。地球から送られてきたエネルゴンを、レーザーウェーブの命で数箇所の戦場へと届けた。現地の兵士達の安堵と嫌悪の入り混じった顔を思い出し、オクトーンは声を潜めて笑った。エネルギーの支給は嬉しいが、自分が運んできたことは歓迎出来ないのを隠そうともしない。もう少し賢くなって外面だけでも媚びへつらえば良いのに、と思わないでもないが、それが出来ないからこそのデストロンだ。全く分かり易過ぎてもっと虐めたくなる。

そんな上機嫌で自室に付いて、オクトーンはキーロックを解除しようとした。が、それは必要無いことだとすぐに知れた。
既に解除されているロックに軽く肩をひそめる。ドアを開ける前に室内に探りを入れるとひとつの生体反応があった。来訪者が中にいる。
誰だろうと考え、ふとあるメモリーを引き出した。任務終了を告げる為にレーザーウェーブの居る司令室に行った時、彼はモニターで誰かと話をしていた。すぐに終わりそうだったので入室せずに外で待っていたのだが、途切れ途切れではあるが話の内容は聞こえてきた。
相手はメガトロンで、話の内容は詳しく分からないがデストロンの航空参謀の名前が何度か出ていた。怒りの混じった声だったので、オクトーンはますます入室する気になれなかった。なにせ自分もまさに今、破壊大帝の怒りを買う事を仕出かしたばっかりなのだ。件の参謀も何かろくでもない事を仕出かしたのだろう。全く間の悪いことだとオクトーンはこっそりとごちたのだった。

メモリーを読み込み、中の人物はスタースクリームだろうとあたりを付けた。
わざわざセイバートロンまで逃げて来たという事は、結構な事を仕出かしたかと、オクトーンは自分の所業はすっかり棚に上げ、溜め息を吐いた。
いつからか、彼は避難場所のひとつに自分を選んでいた。厄介な事だと思いながらも別に嫌な事ではないので、オクトーンは特に警戒することもなく室内に入った。
「よう。今度は何をしたんだ?裏切りもんの航空参謀殿」
「おう。邪魔してるぜ。陰険補給兵」
「言ってくれるぜ」
笑いながら声を掛けると、すっかり寛いだ様子のスタースクリームは寝台に寝転び、同じように軽口を返してきた。
追い出すぞと笑いながら返し、オクトーンはエネルゴンのビンが並んだ棚へと向かった。その中の一本選び、グラスを二つ持って寝台へと向かう。
「ほらよ」
差し出したグラスをスタースクリームは当然の様に受け取り、興味深げにオクトーンの持つビンを見ている。
「秘蔵のコレクションのひとつだぜ」
グラスにエネルゴンを注ぎながら、オクトーンがにやりと笑うとスタースクリームは横領したヤツかと笑った。
「人聞きの悪いこと言うなよ。航空参謀殿への賄賂さ」
「そう言われちゃあ俺様も黙るしかねぇな」
グラスを軽く合わせる。ぐっと煽ると滑らかな飲み口のエネルゴンが芳醇な香りと共に体内を満たしていく。
「美味いな」
「だろ?」
オクトーンの大量にある秘蔵エネルゴンのひとつで、自慢の一品だ。どうやら味に煩い航空参謀のお眼鏡にもかなったらしい。エネルゴンの選定には自信を持っているオクトーンだからこそ、それはある意味最大の賛辞でもあった。
彼はその賛辞が欲しいから上官には気前良く一品ものを開ける。それが彼の所業を知りつつも、メガトロンやレーザーウェーブがきつい処分をしないことの理由でもあった。

「で、何をしたんだ?」
飲みながら聞くと少しの逡巡の後、スタースクリームは今度こそ上手くいくと思ったのに、と愚痴り出した。
それを聞きながら、オクトーンはそりゃあ失敗するわという感想を持ったが、賢しくも口には出さなかった。機嫌を損ねたスタースクリームは扱いに困る。
オクトーンは他のデストロンほど彼を軽視していない。それなりに親しくしているし、その扱いも心得ている方だが、どこかしら自分のブレインサーキットに彼に対する恐怖のようなものがあるのをオクトーンは知っている。それはまた敬意にも似ていた。誰かに知られたらきっと思いっきり笑われるだろう。それともスタースクリームに敬意を抱くなどと、滑稽過ぎて笑うことも出来ないかもしれない。
オクトーンはエネルゴンを口に含みながら小さく笑った。それをしっかりと見たのか、スタースクリームがムッと顔を顰める。
「何がおかしい」
「いや、すまん。まあ、なんだ。次、頑張れよ」
まさか裏切り行為を推奨する言葉をかけられるとは思っていなかったのか、怪訝な顔をした航空参謀の空になったグラスに発光する紫の液体を注ぐ。
「もうちょっと長期的に計画を立ててみたらどうだ?」
「・・・てめぇに言われなくても分かってるよっ!」
そうしてオクトーンが笑って進言すると、スタースクリームはぷいっとそっぽを向きながらグラスの液体を飲み干した。
無言で向けられたグラスに新しいエネルゴンを注ぎ、ちょっと言い過ぎたかとオクトーンも黙った。

しばらくして、沈黙を破ったのはスタースクリームだった。
「オクトーン。お前も狙っているのか?」
何がとは言わなかったが、オクトーンは分かった。
「いや。別に」
今のところは、とは言わずに軽く否定する。
「なら、何故だ?」
どこか戸惑いを含んだ声に、彼の不安を見た気がした。それはそうだろう、とオクトーンは思った。裏切り行為を肯定されるのはきっと初めてだろうから。だが、オクトーン自身にも肯定した理由は分からなかった。咄嗟に出た言葉だったからだ。
「さあ。なんでだろうな」
「・・・」
「あえて言うなら・・・楽しそうだな、かな?」
「なんだ、それは」
「なに。そういうのも有りかなって思っただけだよ。俺は実はスタースクリーム、お前さんを尊敬してるんだぜ」
そうオクトーンが全く誠意を感じさせずに言うと、スタースクリームは訳分かんねぇヤツと鼻で笑いまたエネルゴンを煽った。
「お前はほんと口だけは上手ぇな」
「お前さんにはまだまだ勝てないよ」
そうして二人はまた笑いあった。



スタースクリームが訊ねてくる回数が増えた。
オクトーンはロックの解除されたドアを見、苦笑した。仲間を思われたかなと思い、それもまた面白いかもしれないと考えた。実行する気は到底起こらないけれど。メガトロンもレーザーウェーブも、サウンドウェーブも厄介だ。そして何より、このドアの向こうに居るスタースクリームが存在する限り、そんな恐ろしいまねを自分が出来るとは思わないのだ。

「よう。今度は何を仕出かしたんだ?」
「おう。邪魔してるぜ」





FIN