ホライズン
メガトロンはここ数ヶ月海底基地から出ていない。彼は研究室に篭り、基地内ですらその姿を見かけるのは稀な事となっていた。たまに司令室に戻り、サウンドウェーブやレーザーウェーブになにかしらの指示を与え、調子に乗ったスタースクリームに制裁を加えることで運動不足を解消していた。
破壊大帝の不在に初めはまったくどうしようもないくらいに弾けていたデストロンだったが、日を追うごとに大人しくなっていった。
好き勝手をするのにも限界がある。彼らはある意味生粋の兵士であるので、あまり自由過ぎるのは逆に落ち着かないのだ。結局それなりに羽目は外すが、なんとなしに統制の取れている状態で落ち着くことになった。
スタースクリームのニューリーダー宣言も、都合良く利用されている。彼はメガトロン不在の停戦期間限定で、意外な統率力を発揮する。それにメガトロンより気安いし、扱いやすいのでそれなりにニューリーダーは重宝されていた。調子に乗り過ぎれば、見事なタイミングでメガトロンが現れ、雷を落としていく。
そんなこんなで軍の最高責任者が不在であっても、デストロンは小さな問題は多いものの、あまり普段と変わりなく過ごしていた。
不満があるのなら、やはり戦えないことだろう。小さな小競り合いは日に日に増えていたが、一度喧嘩して爆発させてしまえば、彼らはすっきりとするのだ。そのことで気を揉んでいるはサンダークラッカーぐらいで、他の者達にはただの日常だった。
数十日ぶりにメガトロンが司令室に顔を出した時、そこにはサウンドウェーブが居た。
「スタースクリームはどうした?」
大抵中央の席に座り、無駄に踏ん反り返っているはずの姿が見えないので、メガトロンは疑問を口にした。
また何かどこかで仕出かしているのか、あの愚か者めが。
すでに彼の中ではそう決定しているらしい口調に、サウンドウェーブはマスクの下で少しだけ唇を上げた。
「いや。ジェットロン部隊で偵察と言って出て行った。おそらく、ただ遊びに行ったのだろう」
良い天気だ。そう言ってサウンドウェーブは外界の様子をモニターに映し出した。
確かに雲ひとつ無い見事な青空が広がってた。なるほど、これでは特に任務も戦闘も何も無いのならば、ジェットロンの連中が大人しくしているはずもない。
メガトロンは仕方が無いと笑った。
「メガトロン様」
モニターを見上げているメガトロンに、サウンドウェーブが声をかけた。なんだと首を傾げれば、モニターの場面が切り替わる。
「これを」
そうして映し出されたのは、基地の沈む場所に程近い沿岸の風景だった。そこにひとつの影を見つけ、メガトロンは思わずその名を呼んだ。
「コンボイ?」
「コンドルが見つけた」
どうやら彼は砂浜に崩した姿勢で座り込んで海を見ているようだ。その表情は詳しく分からないが、どこか楽しそうに見えた。
「何をしておるのだ、こやつは」
「三日前からここにいる」
「三日前だと?」
「そうだ」
たまに寝転がったり、立ち上がって伸びをしたり、好奇心旺盛な人間の相手をしたりしてそこに居るのだと、サウンドウェーブが説明する。
「サイバトロン総指揮官が何をやっておるのだ」
心底呆れたという声を出すメガトロンだったが、サウンドウェーブは冷静に仕方が無いのではないか、と思っていた。
彼らサイバトロンはデストロンを止める為だけに存在しているようなものだ。特にこの地球上において、その傾向は強い。デストロンが動かなければ、サイバトロンは動かない。要するに、ここ数ヶ月破壊大帝が引き篭もったお陰でデストロンは開店休業状態で、サイバトロンは暇だったのだろう。コンボイがデストロン基地の直ぐ近くにいるのは何故か、までは分からないが。
「まったくあやつは」
しかしメガトロンは分かっているのだろうか。溜め息をひとつ吐いて、扉に向かった。
「どこへいく」
「少し気分転換にな」
後は頼んだぞ。そう言って司令室を出て行く背中を見送りながら、サウンドウェーブはコンボイがそこに居る理由に思い当たった。
メガトロンの声が微妙に弾んでいたので、きっとその予想は当たっているだろう。
サウンドウェーブはモニターに映る映像をさっさと切り替えた。
「コンボイ」
「メガトロン」
背中に声をかけると、当たり前のように名を呼ばれた。振り向いた顔は笑っている。
メガトロンはこれ見よがしに溜め息を吐いた。
「こんなところで、サイバトロン総司令官たるお前が一人で何をしている」
デストロン基地に近いのは分かっているはずだ。その位置をサイバトロンは知っている。お互いに基地の場所を知っているのはなんだか滑稽な話である。
「まあ、良いじゃないか」
己の無用心さを責めるようなメガトロンの言葉にコンボイは笑った。そんなこと、敵である自分に言うことではないのだと、彼は気付いているのだろうか。考えが甘いのは果たしてどちらか。
「まったくお前というヤツは」
腕を組み憮然とした声と顔でメガトロンは座っているコンボイを見下ろした。笑って余裕の表情であるのが気に入らない。
コンボイは笑顔を崩さず、メガトロンを見上げている。メガトロンは険しい表情を崩さない。そのしかめた顔に、コンボイは一際柔らかく微笑んだ。
「お前に会いたくなった」
フェイスガードで見えないが、彼の口元はきっと楽しげに吊り上げられているだろう。
ストレートな言葉と笑顔を向けられ、メガトロンは自分の姿がひどく滑稽に見えた。まったくどうしてか、こういう時自分はコンボイにまったく勝てないと思う。
「最近全然会えなかっただろう?デストロンが大人しいのはありがたいが、なんだか寂しくなってしまった」
おかしなものだと笑うコンボイに、メガトロンはやれやれと首を軽く振りふっと小さく呼気を吐いた。
「それで三日もここにいたのか」
「そのうち会えるかと思ってな」
「お前というヤツは・・・」
優しい口調で呆れるメガトロンに、コンボイは自分の隣を示した。メガトロンは肩を竦め、仕方が無いという仕草でそこに腰をかけた。
「いつまで居るつもりだったのだ?」
「さあな?」
ふふふ、とコンボイが小さく笑う。そうして伸ばされた手をメガトロンは握り返した。
まったく、お前というヤツは。今日何度目か分からないそのセリフを口にしながら、メガトロンは肩に感じる重みにそっと笑った。
水平線に巨大な太陽が沈む。
それはセイバートロン星では見ない風景で、美しいものだとコンボイは感じた。メガトロンと見ることが出来で良かったと思った。
スパークが鈍い痛みを発した。嬉しくて、でもどこか哀しかった。
FIN