合同花見への挑戦 ―破壊大帝の受難―






良いのだろうか。
そうサンダークラッカーは思ったが、口には出さない。面倒だし、それになにより自分の意見なぞ彼らが聞く訳が無いからだ。
メガトロンがこれから感じるであろうブレインサーキットと消化器系―有機生物でいうところの胃―の痛みを想像し、ほんの少し同情する。が、それだけだ。サンダークラッカーはすばやく思考回路を切り替え、どんなお菓子を作ろうかとメモリーにあるレパートリーを引き出す。それはそれは、普段の彼のブレインサーキットの動きとはかけ離れた優秀さで、限られた時間と材料を元にその場にもっとも相応しいモノを導き出すのだった。

「ではそういう事で構わないかい?」
「おう。良いぜ」
モニターの向こうで爽やかに微笑んでいるのはサイバトロン副官マイスターである。
そしてそれに答えるのはデストロン航空参謀スタースクリームだ。その隣では情報参謀であるサウンドウェーブが頷いている。
二人の周りでは新旧ジェットロンとカセットロンが思い思いに歓声を上げている。
モニターの向こうでも、マイスターの周囲には歓声を上げるサイバトロンがいた。

「流石はスタースクリーム。話が早くて助かるよ」
臆面も無くスタースクリームを褒めるマイスターに、サウンドウェーブはやはりこいつは油断ならないと思った。スタースクリームは評価されることでその真価を発揮するが、はっきり言ってデストロンでは誰もそれをやりたがらない。メガトロンですら分かっていても滅多に褒めないのだ。理由はむかつくから、ほとんどそれだけだ。実に馬鹿らしく、そして奥深い問題である。
そんなデストロンの長年の難問をあっさりとこの男は乗り越えるのだ。まったく恐ろしい男ではないか。

褒められて調子に乗り大見得を切るスタースクリームを余所に、サウンドウェーブはモニターに向かった。
「しかしそう上手くいくのか」
あの方は一筋縄ではいかない。自分の企画した事ならば嬉々として行動するが、他人の企画には滅多に乗らないのだ。彼らの作戦が上手くいったとしても、この計画に乗せるのは難しいだろう。
しかしどうやらサイバトロンはそれもお見通しだったらしい。マイスターの隣からひょっこりと顔を出した男がサウンドウェーブの疑問に答える。
「だーいじょうぶっ!メガトロンが反対することはちゃーんっと計算済みなのさ!」
「ちょっ!サウンドウェーブ、落ち着け!」
「離せ」
男の存在にいらっときたサウンドウェーブは通信を反射的に切りかけたが、寸でのところでスタースクリームが止めた。
その一悶着を他人事のように見守り、モニターの向こうではマイスターとブロードキャストが笑っている。ちなみにデストロン側のメンバーは、誰一人彼らの話を聞いておらず、思い思いに盛り上がっていた。

「ははは、相変わらずだね。君達は」
「とりあえずブロードキャスト。君は向こうへ行っていなさい」
サウンドウェーブを見ると挑発せずにはいられないブロードキャストと、それを無視出来ずに反応してしまうサウンドウェーブを対面させておくと話が進まないのは火を見るより明らかだ。
笑うマイスターに呆れながら、プロールはブロードキャストを押しのけてモニターの前に付く。
画面からむかつく男が消えた事で、サウンドウェーブが普段の冷静を取り戻した。
「私の作戦は完璧だよ」
そう言ってプロールは力強く頷いた。その姿は流石にサイバトロンの副指令にして最高の戦略家である自信に満ち溢れたものだ。たとえその全力が遊ぶ事に向かっていようとも。彼の後ろでマイスターは相変わらず無駄に爽やかな笑顔を見せている。胡散臭い顔だとサウンドウェーブもスタースクリームも思ったが口にはしなかった。
サイバトロンは敵であるが、こういう時の連中は信じられる。こういう時とは勿論、遊ぶ為に動く時だ。
二人は顔を見合わせ、頷いた。
「分かった」
「あ、後、必ずスタースクリーム、君が立ち会うこと」
プロールが付け足した事にスタースクリームは首を傾げ、サイバトロンにまで頼られるだなんてさすが俺様だとご機嫌になった。彼は先ほどからずっと機嫌が良い。
サウンドウェーブはプロールの真意に気付いていた。そしてサイバトロンの遊びにかける力に呆れる。どうしてその能力を戦いに向けずに全力で遊ぶ為に向けるのか理解しかねるが、それはデストロンにとってありがたいことなので放っておくことにした。
「では。司令官が戻って来次第連絡を入れる」
「じゃあ、まったねぇ君ぃ」
会えるのを楽しみにしているよ、そう言ってプロールを遮りモニターの前面にブロードキャストが出てきた瞬間、今度こそサウンドウェーブは通信を切った。

「アストロトレインとブリッツウィングを呼び出せよ」
スタースクリームが周囲を見渡し、にやりと笑う。
「了解」
なるほど良い人選だ、とサウンドウェーブは同意し、彼らに通信を入れた。
新旧ジェットロンとカセットロンだけではメガトロンが万一怒り出し怒鳴った時、その怒りにあっさりと屈するだろう。
カセットロンは身体は小さいが勇敢でしっかりしていて勤勉で真面目で強いが、メガトロンへの忠誠心も強く怒られてまで何かしようと思わないだろう。新ジェットロンは口先ばっかりのへたればかりなので言わずもがなだ。スカイワープはメガトロンに盲目的で更に馬鹿なので論外。サンダークラッカーはそれこそ切れるとメガトロンであろうと誰であろうと突っかかるが、今は空気と化しているので戦力外である。それに今、下手に刺激してしまうと可愛いカセットロンもお気に入りの彼手製のお菓子が台無しになってしまう恐れがある。スタースクリームはもうスタースクリームなのでどうしようもない。
その点、トリプルチェンジャーは馬鹿でアホで間抜けだが、メガトロンの怒りにあっさりと臆したりはしない。恐らく、その力が自信の源なのだろう。それなりに彼らは破壊大帝相手に意見を言う。全く的外れで碌なものではなかったとしても。
それに騒ぎや宴会好きなので、今回の人選には打って付けだった。
サウンドウェーブは本当に調子乗ったり馬鹿をやらかしたり、裏切ったりしなければ優秀なヤツなのに、とスタースクリームを見て思った。絶対に言ってやったりはしないが。
司令室の扉が開く。
「よう」
「何のようだ」
ちんぴら然としてやって来たブリッツウィングとアストロトレインに向き直り、サウンドウェーブは事の次第を説明した。



メガトロンがコンボイを別れ、デストロン基地の司令室に戻るとそこにはジェットロンとトリプルチェンジャー、カセットロンが居た。
彼らだけならば速攻で追い出しただろうが、サウンドウェーブもそこに居たのでメガトロンは何か緊急事態でも起こったかと考えた。
「どうしたのだ、サウンドウェーブ」
「特に何も無い」
ただなんとなく集まっていただけだと言う情報参謀にメガトロンは首を傾げた。その顔にははっきりと怪しいと書いてある。
彼が更に言及しようとした時、通信が入った事と知らせるアラームが鳴った。サウンドウェーブがモニターを点ける。メガトロンは嫌な予感がした。そして2月の出来事を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔をした。ロボットなのに。
モニターには、まさかというかやはりというか、先ほどまでメガトロンが一緒に居たロボットが映っていた。にこやかな笑顔に数時間前のロマンティックな余韻が一気に吹っ飛んだメガトロンだった。

「またか・・・貴様・・・」
なんとか出した声はもうなんか色々と諦めていた。とりあえずどうしてこのタイミングなのか。痛み出したブレインサーキットに顔を顰めた。司令室から馬鹿共を追い出す為に怒鳴りたいのに、どっと襲ってきた疲労感で声ではなく溜め息が出た。
「やあ。さっきはどうもありがとう、メガトロン」
コンボイはメガトロンの状況を知ってか知らずか、相変わらずの調子だ。いや、多分知っていてやっている。あれは確信犯だと、メガトロンをちらりと見ながらサウンドウェーブは思った。

「送ってもらったのか?」
頭を抱える破壊大帝に代わってモニターに向かって喋りだしたのは、先ほどまで静かにしていたスタースクリームだ。にやにやと心底楽しそうにしている。
「ああ、そうだ、スタースクリーム。お陰で早く帰ってこれた。やはり飛ぶと早いな」
「メガトロン様も隅におけねぇや」
「黙れ、この愚か者めが!」
囃し立てる声にようやく復活したらしいメガトロンが声を荒げるが、残念ながら常の威力は無かった。スタースクリームは笑う。司令室にいる他のデストロン達は必死に笑いを堪えていた。
「ははは。ところで本題に入りたいのだが、良いかな?」
全く動じていないコンボイの声に、メガトロンは渋々といった態で彼と向き合った。どうやらそこに居る連中を追い出すのは諦めたらしい。彼としてはこれ以上失態を見せる訳にはいかないといった考えもあったのだろう。少しだけ常の威厳を取り戻した。
「分かった。で、何の用だ。どうせ碌な事ではなさそうだな」
「いや。大切な事だぞ」
コンボイが居住まいを正す。彼は真面目くさった表情でさも重大な事のように言った。
花見をしよう、と。

「・・・サウンドウェーブ。さっさと通信を切れ」
しばらくぽかんと呆けていたメガトロンだったが、低く押し殺した声で情報参謀に指示を出す。
サウンドウェーブはその指示に首を軽く振る事で答えた。そしてモニターを指さす。
「メガトロン。私の話を聞いてくれ」
そこには笑顔を更に深めたコンボイがいた。彼の後ろにはサイバトロンが勢ぞろいしている。皆、笑っているのが妙な恐怖感を煽った。
「私はこの機会を逃したくないのだよ。今までは我々が全員集まって花見などそんなスペースが無いと諦めていた。だから毎年サイバトロンだけでやっていたのだが、今年は違うぞ!なんとDr.ハマダが日本政府に働きかけてくれたのだ。お陰で十分な場所を確保出来る事になったのだ。だから一緒に桜が見れるぞ」
「そうなんですよ。Dr.ハマダは我々が毎年花見という情緒溢れる行事を楽しみにしている事に興味を持ったみたいでね。もう少し広い場所でしたいなぁとこの間ぼやいたら、なんとかしましょうと言ってくださったんです。で、良い場所を確保出来たから皆さんご一緒にどうぞ、と、まあ、そういう訳です」
コンボイの言葉を補うようにマイスターが続いた。彼は更に言った。
「桜の下で、敵も味方もなく花見ってのも粋なもんじゃないですか」

色々突っ込みたい事は沢山ある。貴様らだけで毎年花見をしにわざわざ日本まで行っていたのかとか、なんでそんな行楽行事に政府が出てくるのだとか。しかしその事に突っ込んだら負けだと感じた。メガトロンはそう思う自分はそうとう疲れているのだと自己分析した。
だから、うっかり良いかもしれないとか思ったのはそのせいなのだ。粋と言われて頷きかけて、メガトロンははっと我に返った。
「馬鹿も休み休み言え。誰が貴様らと一緒に花見などするか」
そうはっきりと拒絶すると、後ろから不満げな声が上がる。すっかり行楽気分に中てられた部下達を黙れと一言で制し、もう一度モニターに向かって言った。
「貴様らだけでやっとれ」
コンボイが哀しそうな顔をしたが、もう付き合っていられないとばかりにメガトロンは背を向けた。
非常に不服そうな部下達の姿が目に入る。どいつもこいつも愚か者ばかりだ、と彼は怒り出した。
だから彼は、コンボイの隣に控えていたプロールがブロードキャストになにかの指示を与えているのを見なかった。マイスターがデストロンに向かってウィンクしているのを見なかった。そして通信が切れた。

「メガトロン様」
「さっさと切れ、サウンドウェーブ」
「サイバトロンからのはもう切った。違う。新しい通信が入って来た。セイバートロンから」
なに、と未だしつこく言い募るトリプルチェンジャーに拳を落とし、メガトロンがモニターに向き直った。ジェットロンとカセットロンは、未練たっぷりながらも反論することを諦めている。スタースクリームは虎視眈々とチャンスを狙っているのか、妙な静けさを見せていた。

モニターにはセイバートロンのデストロン本部を任せているレーザーウェーブが映っていた。
「こちらレーザーウェーブ。メガトロン様、応答願います」
「どうしたのだ、レーザーウェーブ」
何かあったのか。メガトロンは少しの心配を滲ませた声で問うた。
「メガトロン様!ありがとうございます!」
「は?」
しかし返って来たのは、珍しく上機嫌で嬉しさを全面に押し出した感謝の言葉だった。すっかり面食らったメガトロンは間の抜けた声を出してしまった。
「ど、どうしたのだ、レーザーウェーブ」
「ああ、申し訳ございません。嬉しくてつい。まさか、メガトロン様が私を地球に呼ぶ為に、サイバトロンと停戦までしてくださるとは・・・ぐす」
声を震わせ、モノアイを潤ませるレーザーウェーブの姿とその言葉に、メガトロンは全てを理解した。
やつらめ、やりおったな!まさかレーザーウェーブ、いや、セイバートロンまで巻き込むとは!
メガトロンは言葉には出さすサイバトロンを罵った。口に出すのは、泣いているレーザーウェーブを見るとどうにも出来なかった。

「そうだよな!レーザーウェーブも一緒に楽しみたいよな!」
「花見だぜ、花見!」
「ゆっくり飲めるな」
「うむ。そうだな。私は精一杯心を込めてご馳走を作りたいと思う。アストロトレイン、良かったらエネルゴンをこちらに運んできてくれないだろうか」
「おう。任せろ」
「やった!レーザーウェーブの手料理だ!」
メガトロンが黙ってしまったのを良い事に、部下達が勝手に盛り上がり始めた。レーザーウェーブやサウンドウェーブまですっかりその気になっている。

ふと、そこでメガトロンは気が付いた。
一連の流れがあまりにも見事すぎやしないか。サウンドウェーブがなぜああも乗り気なのか。ジェットロン達のあの切り替えの早さは。
導き出された答えは、レーザーウェーブを除きこいつらは全員予め知っていたというものだった。そしてこの計画は全て、サイバトロンによるものである、と。
痛み出した腹部を堪え、盛り上がっている連中をメガトロンはぐるりと見回した。
この状況で花見を認めないとどうなるか。
まず、レーザーウェーブは非常にショックを受けるだろう。サイバトロンの偽りを見抜けなかった事と、自分の為の主の計らいが嘘である事に。メガトロンには彼に長い間本部を任せっぱなしにして苦労をかけたという気持ちがある。ここまで喜ばれると、真実を告げるのを流石に躊躇してしまう。
そしてきっと、いや必ずスタースクリームが反抗する。だったら俺がニューリーダーになって花見決行だ!という様が簡単に想像出来た。
それを受け、すっかり宴会気分になっている部下達は今回に限り、ニューリーダー宣言を支持するだろう。考えたくないが、どうやらサウンドウェーブまでもが乗り気なので、メガトロンに味方はいない。
見事だというしかない作戦だ。遊ぶ事にかけるその情熱、恐るべしサイバトロンである。
こうなったらもう仕方が無い。メガトロンはさっさと切り替える事にした。偶にはこういうのも良い、と思えば気が楽になる。
「・・・うむ。そうだな。お前の手料理楽しみにしておるぞ」
「メガトロン様。俺も選びに選んだ絶品のヤツ持っていきますので、楽しみにしておいてくださいよ」
感動に震えて返事が出来なくなっているレーザーウェーブの隣で、オクトーンがぐっと指を立てた。
オクトーンの選んだ絶品か・・・これは楽しみだわい。我ながら現金だと思いながらも、うむとメガトロンは嬉しそうに頷いた。

「サウンドウェーブ」
「はい」
「サイバトロンに申し出を受けてやろうと連絡しておけ」
「了解した」
すっかり乗り気になったくせに、少しだけ不機嫌な顔してみせるメガトロンにサウンドウェーブはマスクの下で笑った。



「メガトロン様」
サイバトロンへの連絡を終えて、皆それぞれ自室へと戻っていき司令室にはメガトロンとサンダークラッカーが残っていた。
あ、居たのか。とメガトロンは思いながら、なんだと答える。
これ良かったらどうぞ、と言って手渡されたものは、トランスフォーマー用のいわゆる胃薬だった。
メガトロンはなんとも言えない顔をし、サンダークラッカーも同じような顔し、そして彼はそそくさと司令室を出ていた。去り際に彼が団子団子と呟いているのは聞こえないものとした。
「頭痛薬も必要かもしれん・・・」
司令室にメガトロンの声が空しく響き渡った。





FIN