グランギニョール;Joker
メガトロンは司令室に一人、仮初めの玉座に座りじっとしていた。アイセンサーに光は無く微動だにしないが、彼はスリープモードに移行している訳ではない。人間で言うところの思考に沈んでいるのだった。
無防備な姿であるが危険な事ではない。彼にとって脅威となりうるのは、戦いの最中においてのサイバトロン司令官コンボイだけである。それ以外は背後を取られようと恐れはしない。
スタースクリーム。
メガトロンのブレインサーキットは今現在、彼で占められていた。
軍団の数人が彼の処分を求めてきた。こういう事は多々あることだ。スタースクリームによって上手く行っていたはずの作戦が失敗した時や、彼の八つ当たりに付き合わされた時、さらには地球にいるデストロン全てを消し去ろうとした時等。
それらにより大きく被害を被った者がメガトロンに直訴してくる。永久追放処分、厳しいものではパーソナルコンポーネントやスパークをも含めた完全破壊。
それらの訴えをメガトロンは全て破棄してきた。スタースクリームには体裁を加える。場合によっては機体を大破させた。しかし決してそれ以上は行わなかった。そしてその後、何事も無かったかのように彼をその地位に置いておく。それが常の事だ。
何故にと問われたことは未だ無いが、恐らく皆心中で疑問に思っているだろう。
話して伝わるならば良いが、事はそれなりに複雑だ。面倒な事でもある。理解力のあるデストロン兵士は、実のところ多くは無い。はっきり言えば少ない。それもまた、スタースクリームを生かす理由のひとつでもあった。
自分でもタイミングを失ったとは思っている。それは遥か過去にまで遡らねばならない。デストロンの基盤がしっかりと出来上がる前。メガトロンの権力が最大になる瞬間に廃棄すべきだったのだ。
あれの恐ろしさは長く傍に置くほどに曖昧になっていく。メガトロンも辛うじてこうやって思い出せる程度だ。自覚出来るほどの情まで持ってしまっている。
あれは愚か者ではない。そうひとり言い聞かせる。戒めとして。
自分に次ぐほどの戦闘能力があり、非常に優秀な頭脳と果てる事の無い好奇心。そしてそれらに裏打ちされた高い矜持。狡猾であり、目的の為ならば卑怯も欺瞞も躊躇なく使うその精神。たまに見せる優しさは次への布石でしかない。
メガトロンですら、あの愚かしさが真実なのか偽りなのか分からなくなる。長く傍に置き過ぎたせいだ。
無能続きかと思えば、ふと有能なところを見せる。それは実に見事なタイミングでもって行われる。自分がどのような存在なのか、メガトロンに見せ付けるのだ。傍に置く理由を忘れるなとスタースクリームは言葉では無く行動で表す。
その詰めの甘さすら裏になんらかの思惑があると勘繰れるほどに、有能である時の彼は侮り難い。
例えば、メガトロンが一時的にいなくなった時。スタースクリームがいなければ、デストロンは全く動けずにサイバトロンに敗北を喫するだろう。命令で動く事に慣れたデストロンは自発的に動く事を酷く苦手としている。誰かが導いてやらればなら無い。
サウンドウェーブは指揮する事や軍団を纏める事に慣れていない。というより不得手だ。レーザーウェーブはある程度なら可能だが、従順なガードロボと違ってアクの強すぎる兵士相手に上手く立ち回るのは難しいだろう。それに彼はセイバートロンを任せている。
スタースクリームだけが、メガトロン不在に心を折られず嘆きもせず焦りもせずに動揺もせず軍団を纏めようとする。それはニューリーダーなどという世迷言の為であろうとも、メガトロンに取って非常に貴重な存在となるのに十分な事だ。
自分がいなければ機能しないように作ったのがデストロンだが、完全に機能しなくなってもらっては困るのだ。
例えば、スタースクリームが裏切った時。航空参謀であり、軍のNo.2であるにも関わらずスタースクリームは良く裏切る。メガトロンだけでなく、デストロンそのものをだ。
彼の強さはその愚かしさと共に軍に知れ渡っている。その強さを持ってしてもメガトロンは倒せない。その事実は他の野心溢れる連中の抑止力になっている。また事の後に与えられる罰も良い見せしめとなる。殺されないが故の恐ろしさというものはあるのだ。
彼が意図しているのかどうかは分からないが、その行動はちゃんとメガトロンの為になっている。本気なのかそうでないのかはどうでも良い事だった。最後の一線を越える時、メガトロンは躊躇する事無くスタースクリームを処分する気でいる。要はメガトロンが真実命の危機を感じるかどうかだ。
そしてスタースクリームは裏切ったとしても、サイバトロンにならない。少なくとも今までは一時的に手を組む等はあったが、あくまでデストロンのスタースクリームとして行動していたのだ。
もしサイバトロンに入ろうとするのならば、それは全力で阻止しなければならない。手許に置き続ける理由のひとつに、サイバトロンに取られてはならないというものがある。サイバトロン、いや、スタースクリームをコンボイの傍に置いてはいけないのだ。デストロンの勝利の為にそれは絶対にあってはいけない事だった。
コンボイとスタースクリーム。気付いているものはいないだろうが・・・いや、数人は気付いているのかもしれない。この二人の相性は最高なのだという事に。
頼る者と頼られる者。こうと決めてしまえば梃子でも動かないコンボイだが、実のところ非常に柔軟に他人の意見を頼る。部下の進言、更には場合にもよるが敵ですら頼る事を躊躇せずに行う。そしてスタースクリームは本質が狡猾であれ、頼られる事を非常に好む。常のあくどさもどこへやら、かなりの誠実さで持って応えようとする。その後とても鬱陶しい事になるので、メガトロンは滅多にしないが。
そして二人共に言えることだが、行動も思考も自由すぎるのだ。何を仕出かすか分からない。コンボイひとりなら、スタースクリームひとりなら、まだ対処の方法はある。それでも振り回される事には違いない。それが二人になるのだ。
メガトロンがいくら綿密に完璧な計画を立てたとしても、彼らの行動は計算にいれられない。それで今まで幾度となく、計画が失敗してきているのだ。考えただけで、ブレインサーキットがじくじくと痛むものだ。
ありえないとは思うが、もしスタースクリームを完全に降格したら。真実の命の危機を彼が感じたら。サイバトロンに亡命しないとも限らない。受け入れる方も、普通のサイバトロンならば彼を受け入れようとはしないだろうが、コンボイはあっさりと受け入れてしまうに違いない。総司令官が認めれば、受け入れざるえない。スタースクリームは持ち前の愛嬌と狡猾さで持って馴染んでしまうだろう。そしてコンボイに頼られて、その能力を遺憾なく発揮するはずだ。
容易く想像出来るのがいかにも恐ろしい。
愚かしいだけだあれば良い。賢しいだけであれば良い。どちらも持つからスタースクリームという存在は厄介なのだ。傍に置けば置くほど本質が分からなくなる。そしたまに見せる可愛げな態度やしおらしい様子にほだされそうになる。スタースクリームが好意を向ける相手は、必ずなんらかの情を抱いてしまうのだ。メガトロン自身を含めて。それを分かっていて尚も傍に置くのは、自信があるからだった。
まるで、人間の娯楽のひとつ、カードゲームのジョーカーというカードのようだとメガトロンは思った。
ゲームによっては何者にも姿を変え、数値的には最強。キングもエースも敵わない。自分が持てば切り札に、相手が持てば脅威となる。
しかしそんな最強のカードも使い所を誤ると一気に戦況を不利にしてしまう恐ろしさを持つ。その強さ故、頼りすぎると戦略を乱される。安堵からかミスを誘発する。そして大抵のゲームにおいて、そのカードは最後に残すとゲームオーバーだ。
そのままだな。メガトロンは苦く笑った。どこで手放すか。今は傍に置くのが最良だが、最後の時には居てもらっては困る。
きっとサイバトロンを、コンボイを倒した時、スタースクリームは本当の牙を向く。その瞬間を見誤れば、その時は。
「厄介な事だ」
メガトロンはゆったりと仮初めの玉座に深く腰をかけ、ひとりごちた。
眉間に寄った皺とその言葉とは裏腹に、その口元はゆるく釣り上がっていてどこか楽しそうでもあった。
それを見る者はいない。
FIN