Unknown
悪いスタースクリームと弱いサウンドウェーブ






唇が弧を描き、アイセンサーがすっと細く窄められる。
よくする表情だ。思い返すのも嫌になるほど何度も見てきた。遠目に、そして間近で。
しかし違った。浮かべる表情は変わらない。だけれども、受ける印象が全く違う。 これは誰だ。良く知るはずの男の名を呼ぶことが出来ない。

サウンドウェーブは組み敷く機体を見上げ、自分が今感じている感情の正体を探った。認めたくないと思っていても、それは次から次へと湧き出しブレインサーキットを染め上げる。普段、彼に対して決して抱くはずのないそれは、恐怖と呼ばれるものだった。
ありえない。否定してみたところで、竦んだ身体と外せない視線が全てを物語っている。
まるでただ一人の主の本気の怒りを目の前にした時のような状態だ。しかし違う。メガトロンの怒りには理由がある。論理的な流れがある。そしてそれは畏敬や畏怖と言われるものだ。だからこそサウンドウェーブは萎縮し、頭を垂れ反省するのだ。
目の前の男、スタースクリームにそのような感情を抱いた事はない。ならば今、サウンドウェーブがスタースクリームに抱いている感情は、純然たる恐怖だ。
何か未知の恐ろしいものに相対したようだ。実際、このようなスタースクリームをサウンドウェーブは初めて見たのだ。

何かが決定的に違う、スタースクリームであるはずの男の指先がサウンドウェーブのマスクの上を滑る。そうして彼は更に笑みを深めた。
ぞくりと感覚回路に何かが走った。人間であれば肌が粟立ち、鳥肌が立つという状態になるのだろうが、機械生命体の身体はそんな反応を起こさない。快楽の信号に似ているが違った。もっとおぞましいものだと、サウンドウェーブは思った。

サウンドウェーブとスタースクリームが交歓行為をするのは別に珍しい事ではない。それなりにお互いに都合の良い相手だった。
サウンドウェーブはプライドだけは高いスタースクリームを屈服させるのを楽しんでいたし、スタースクリームもまた普段無表情を決め込んでいるサウンドウェーブを乱し悦んでいた。お互いに嗜虐心を満足させ、そして秘めた被虐心も満たしていた。地位が近く、実力的に均衡している為か、攻守が何時逆転してもおかしくない程よい緊張と駆け引きも楽しめた。
だが、サウンドウェーブは今のスタースクリーム相手に楽しめるとは到底思わない。自分が一方的にやられるのは我慢ならない事だ。なのに、やり返す事が出来ない。混乱と恐怖がサウンドウェーブを支配していた。

「なんだ、随分大人しいじゃないか」
片手でサウンドウェーブの両手を一纏めにし、もう片方の手でマスクを何度もなぞりながら、スタースクリームは言う。
「さっきまでの威勢はどこへやったんだ?ん?」
その声は酷く優しげで、甘ったるい響きを含んでいた。しかしこれもまた、サウンドウェーブが始めて聞くものだった。
一見優しく、そして甘い言葉を吐くのはスタースクリームの得意とする事だ。サイバトロンは勿論、彼がそういうヤツだと知っているデストロンでも引っかかる者は意外と多い。
だからそんな声と態度は良く知っているはずだが、表情と同じで一致するデータは無かった。

答えないサウンドウェーブにスタースクリームはきゅっと釣り上がっていた唇を開く。顔を近付け、そこから覗いた舌がべろりとマスクを舐めた。
「怖いのか?」
「ッ、はな、せ」
聴覚センサーに唇を触れさせながら囁かれ、サウンドウェーブが返した言葉は震え掠れていた。
くすくすと笑う声がセンサーを擽る。

「なあ、サウンドウェーブ」
甘ったるい声が気持ち悪い。
「あんなので俺の弱味を握ったとでも思ったのか?」
マスクに触れていた手が首を辿り、胸部に降りていく。カセットロンが収納されているそこの中心にあるエンブレムを、スタースクリームの指がなぞった。
甘く優しい声、弧を描くアイセンサーと唇。そこから感じる恐怖の源は怒りでない。そう漠然とサウンドウェーブは感じた。もっと暗く深いものだ。これをブレインスキャンすると、自分は自分で無くなってしまうだろう。

ぐっと指に力が込められたのを感じた。サウンドウェーブの口から呻きが思わず漏れる。
「お前は弱味が一杯あって大変だな?ここをこじ開けて、一体ずつ壊していこうか」
そうしたらお前はどんな報復をするんだろうな。
至極楽しそうに紡がれる言葉は、別に変わった内容ではない。そういう脅しはありふれたものだ。ただ、今のスタースクリームが言うとなると違った。
「やめ、ろ」
「お前も好きだろう?こうやって弱味を握ってじっくりと甚振るのは。なあ。どんな事をして俺に仕返しをしてくれるんだ?」
胸部にあった手が再び上へと昇ってくる。両手を戒めていた手も解かれ、スタースクリームの両手はサウンドウェーブの頬を包み込んだ。
見慣れた、しかし見たことの無かった顔が近付いてくるのを、サウンドウェーブは見ているしか出来なかった。自由になったはずの両手は放りだされたまま動かない。
軽く掠めるようにマスクに唇を触れさせ、スタースクリームはサウンドウェーブから離れた。
「サイバトロンに噂でも流すか?メガトロンに裏切り者だと告げ口するか?俺の悪評でも広めるか?」
立ち上がり、肩を竦め笑う。
「今更だな。俺の評価は全く変わらない。またスタースクリームか、で終わりさ」
寝台に居るサウンドウェーブを見下ろし、それとも、と言葉を続ける。
「俺と同じ顔のあいつらを壊してみるか?数が多いからな、それなりにすっきりするんじゃないか」
何が楽しいのか、スタースクリームは声を上げて笑った。それを見、サウンドウェーブは普段何かとつるんでいるジェットロンでさえ、この男は本当にどうでも良いのだと知った。
本人の言う通り、弱味などないのだ。知られて困ることなどない。全部、表に出しているのだから。彼の野心も、その卑劣な性根も、何もかも皆知っている。

じゃあな、とドアを潜って出て行ったスタースクリームの背を見送り、ようやくサウンドウェーブは身体を動かした。

アレが本性なのか。メガトロンは知っているのだろうか。他の連中は。
直ぐに馬鹿らしいと考えるのを止めた。それすら無駄な事なのだろう、スタースクリームにとっては。そして恐らく、メガトロンにとっても。
そして自分にとっても。
今度会う彼は、何時ものスタースクリームなのだろうから。





FIN