スロウワルツ;シューティングスター
スタスクとマイスター。スタスクのカウンセリング教室。
ちくしょー、痛い。
スタースクリームはジクジクと痛む頬に手を当て、ロボットモードのまま青い空の下を飛空していた。人間の多くいる都市は嫌いなので、襲撃でもない限り彼は海上や荒野、森林の上を飛ぶ事を好んだ。
荒野に差し掛かり高度を落とす。低空飛行で巻き上げる砂塵が鬱陶しく、海上を行けば良かったとスタースクリームは少し後悔した。
しかしそちらに行こうとは思わなかった。きっと海の上では自分と同じように、彼が海水を巻き上げ飛び回っているだろう。今の彼には会いたくなかった。放っておくに限る。そうすれば、彼の方から謝罪と反省を告げてくる。
殴られた頬は痛いし腹立たしい事この上ないが、滅多に無い癇癪を起こした彼は手加減を知らず、あまり関わりたくないとスタースクリームは思っている。放っておけば治るのなら、尚更だった。
高度を上げる。中天に輝く太陽目掛けて駆け上がり、エンジンを切る。重力に従ってスタースクリームの機体は真っ逆さまに落ちていく。反転する景色が流れていくのを眺めていると、高度測定器がアラームを鳴らしてきた。ぐんぐんと減っていく数値と近付いてくる大地に、スタースクリームはアイセンサーを閉じる。
追突まで数メートルほどで彼はぴたりと止まった。アイセンサーを開く。
「やあ」
隣に視線を移す。そこには何時もの笑みを浮かべたサイバトロン副官が立っていた。
「よう」
逆さまのまま、顔を見合わせ軽く挨拶を交わす。スタースクリームは彼の神出鬼没さを疑問に感じるのを最近諦めた。
スタースクリームが大地に降り立つと、彼は自分の頬を軽く指し、どうしたのかと聞いてきた。
「メガトロンにやられたにしては珍しいじゃないか」
「ちげーよ」
むっつりとした顔で否定を返すと、マイスターはそうかとだけ答え黙った。
珍しい。スタースクリームは彼の顔を思わずじっと見つめ、そう思った。疑問に思った事は聞かずにはいれない性質のはずだ。少なくとも自分に対してはずけずけと遠慮をしていなかった。痛い所や聞かれたくない事をあっさりと言ってくるのだ、この男は。爽やかに笑って傷を抉る。
しかしスタースクリームはそれが嫌ではなかった。慣れているのもあるし、デストロンの連中と違って彼は悪気は無いと分かるからだ。馬鹿にしている訳では無く、ただ遠慮していないだけだ。そして何より、彼はスタースクリームを認めていた。
見つめた顔はどこか沈んでいるように見えた。浮かべた笑みが何時もは隠せているモノを隠しきれていない。
本当に珍しい。スタースクリームは好奇心と、彼の弱味が掴めるかもしれないという打算からどうしたのかと聞いた。
「君のご期待には添えられないよ」
マイスターは笑って答え、だけど、と続けた。
「そうだね。良ければ私の話を聞いてくれるかな。多分、面白くもないし、君の利益にもならないだろうけどね」
「そういうのは俺が判断するんだよ」
スタースクリームは舌打ちをひとつして、周囲を見渡した。腰をかけるのに適当な岩を見つけ向かう。
岩に座りスタースクリームは足を組んだ。隣にマイスターが座る。彼は空を見上げ、アイセンサーを閉じる。スタースクリームはふん、と軽く呼気を吐いた。
「なかなか他人の機微というものは難しいものだね」
マイスターは空を見上げたまま、そう言い、溜め息をひとつ吐いた。
スタースクリームはそんな事かと呆れた。この何事にも動じないはずの男を悩ますのは、そんな他愛も無い事だったとは。
「どうやら良かれと思ってやった事が、思いの他、彼を傷付けていたようでね。・・・私はそんなに上手い事やっているように見えるのかねぇ」
「実際そうだろうが」
「そうかい?」
「何でもかんでも上手い事立ち回って器用で飄々として何時も余裕の態度を崩さない。それがデストロンから見たお前だ」
厄介なんだよ、お前は。そう付け加え、スタースクリームは舌打ちをした。
「私はそんな大層なものじゃないよ」
「みたいだな」
「うん。そう見えた方が都合が良いけどね・・・偶にそうじゃないって叫びたくなるものだね」
「俺もすっかり騙されていたよ。こんな馬鹿馬鹿しい事で悩んじまうような弱っちいヤツだったなんてな」
「ハハハ。そうだね。でも、そんなに馬鹿馬鹿しい事かい?」
「そんなのは阿呆の考える事だぜ」
「私はそうは思わないけどね。大切な事だよ」
「じゃあ、勝手に悩めば良いだろうが。大体、他人の感情なんざ分かる訳が無いだろう。あの陰険野郎じゃあるまいし。ほとんどてめぇの妄想でしかねぇよ」
「ああ、彼はブレインスキャンが出来るのだったね。羨ましい」
「碌なもんじゃねぇ、あんなもん」
本人と一緒でな。スタースクリームが笑ってそう言うと、マイスターも同意し笑った。
「・・・んなの気にしたって無駄なのさ」
空を見上げ、ぽつりと呟く。その声色にマイスターは彼の様々な感情を見た。しかしそれはきっと、スタースクリームの言う通り自分の想像でしかないのだろう。
「そうかい」
「そうだよ。無駄なのさ、相手の考えなんてもんはな。期待するだけ無駄って事だ。他人なんて利用出来れば良いんだ、自分の良いようにな」
「お前さんは、強いね」
羨ましいよ。先ほどよりもずっと常の表情を取り戻したマイスターが、穏かな笑顔を向けて言う。
スタースクリームは表には出さなかったが驚いた。意外な言葉だった。軽蔑や憤慨の言葉なら分かるが、まさか賞賛されようとは思いもよらない事だったのだ。
他人の感情や意見などどうでも良いと自分は言ったはずだ。それはサイバトロンにとって最悪な考えなのではないだろうか。いや、デストロンにおいてもあまり歓迎される事ではない。特にあの破壊大帝はなんだかんだと情が深く、部下とは言えど無碍に出来ない性格をしているのだ。あの人に同じ事を言おうものなら、きっとだからお前は馬鹿なのだと罵られるはずだ。
それなのに、隣に座るこの男は羨ましいと言った。強いと称えている。嬉しいが、どこか空恐ろしいとも感じた。
そんなスタースクリームの軽い困惑に気付いているのか、そうでないのか、マイスターは言葉を続けた。
「他人を気にせずに自分を出せるのは、やはり強いよ、スタースクリーム。私は駄目だね。どうしても相手がどう考えているのか気にしてしまう。出来るのならば、良い印象を持ってもらいたいと、ね。フフフ。全く私の方こそ、とんでもないな。碌でなしだ」
「ふん」
「私はひとりになるのは怖い。お前さんはひとりでもしっかりやっていけるのだろうね」
「当然だ」
「良いね。だけど、そうだね。やはり私にはそんな強さは無いからね。また考えるのだろう。出来るのならば、好いて欲しいとね」
「そうかい。好きにしなよ」
「スタースクリーム」
「なんだ」
「ありがとう」
笑顔を取り払い、マイスターははっきりと感謝の言葉を口にした。スタースクリームは素直に喜ばずに呆れた顔をする。
「あんたは思った以上に貪欲だな。この業突く張りめ」
「お前さんに言われたくないけどね。どうやらそうらしい」
二人は顔を見合わせ、笑った。
「ところで、その頬は誰にやられたんだい?」
一頻り笑って、マイスターは話を蒸し返した。すっかり遠慮する気は無くなったらしく、好奇心にアイセンサーを煌かせている。
スタースクリームはさっさと飛び立ってしまおうと思ったが、やめた。マイスターがすっきりした状態になっているのを見て、誰かに話しても良いかもしれないと考えたのだ。どうせ敵だと思うと気安くもあった。
「・・・癇癪起こした馬鹿にだよ」
「癇癪だって?珍しい事もあるものだね。デストロンでそんなもの」
「あー。そうだな。そいつくらいしか起こさねぇな」
溜め込むヤツなんて、デストロンにはそう居ない。スタースクリームが知るのは彼ぐらいのものだ。後の連中は適当に発散している。
「お前さんが殴られて許すなんて、よっぽどな相手なんだね」
「面倒なだけだ。その内、あっちから許してくれと泣きついてくるのさ」
別に大切とかそういう理由ではないと、スタースクリームは強調するように言った。
「ハハハ。私が勝手にそう思っておく事にするよ」
ひどくらしいマイスターの言葉に、スタースクリームはげんなりとなった。
「あっ!」
「今度はなんだよ」
「もしかして・・・その彼、最近様子が変だったりしたかい?」
「あー。そうだな。切れる前からおかしかったな。只でさえぼけっとしているヤツなのに、更に呆けてやがった」
あの馬鹿、俺が呼びかけても気付きやがらなかったんだぜ。ブツブツと件の彼への不満を語るスタースクリームに適当に相槌を返しながら、マイスターは理解した。
リジェがああなるのも無理はなかったのだと。恐らく、いや、確実に彼らは関係している。リジェが話せるはずもないのだ。やはり聞いてはいけない事だった。
すまない、リジェ。マイスターは基地に帰ったら必ず彼に謝罪しようと、スパークに誓った。
「全く、私もまだまだ未熟だねぇ」
「そんな顔で言っても説得力ねぇよ」
嬉しそうに言うな、と言うスタースクリームに笑いかけ、マイスターはごろりと岩に身体を倒した。
「あ、流れ星ってやつかい」
日の暮れかけた空は薄暗くなり、少しずつそこに浮ぶ恒星が主張を始めていた。その中を、光が一筋の線を描き流れていった
どういう関係であれ、良い方向へ向かうと良い。マイスターはそう願い、アイセンサーを閉じた。
FIN