グランギニョール;Raisond'etre

強いサンクラ。自分が一番大切なスタスクとサンクラ。
※起動年数(製造目的):サンクラ(大量破壊兵器)>スタスク(司令塔)≧スカワ(諜報暗殺)。それぞれプロトタイプなので性格的な補正という名のストッパーがかかっている。という設定の元の話です。






スタースクリームは眼下に広がる光景に笑った。ビンゴだ。
運が良い、ではない。これは結果だ。スタースクリームは本来ならこの場所に居ないはずだった。メガトロンにより命じられた役目は放り出した。そう大したものではない。規約、命令違反は常の事だ。そんなものよりも、スタースクリームにとって今、この瞬間この場に居る事の方が大切な事だった。

三度目だ。彼の知る限りでは、これは今のデストロンにおいて、二度過去に起こっている。
一度目は臆病で悪運の強い奴だという程度の認識だった。二度目で不審を覚えた。全滅した両部隊と消滅した街ひとつ。そして唯一人の生き残り。そんなものが二度起こる事はありえない。だが、デストロンの連中は一度目のスタースクリームと同じような認識しか持たなかった。メガトロンすら、特に気に留めていないようである。それが何らかの考えがある故の演技なのか、本当に何も感じていないのかはスタースクリームにも分からない。分からないがメガトロンが行動を起こさないのならば、それはそれで構わないと思った。自分が動き、有利な駒を得るまでの話だ。
それに。メガトロンが不自然を感じていなくてもおかしい事ではない。スタースクリームが疑問を感じた理由に、彼とスカイワープのみが知る事実があったからだ。仮にこれが彼ではなく、他の者であったならスタースクリームも相手を幸運な奴と笑ったかもしれない。
しかし当事者がサンダークラッカーである事が、それを運というもので片付ける事を論理回路が拒んだ。

スタースクリームとスカイワープだけが知る事実。デストロンに入るよりずっと前、スタースクリームが科学者になる前、メガトロンが破壊大帝ではない時代。幼く弱かった自分達の過去。サンダークラッカーは少しだけ先に起動しており、二人の庇護者のようなものだった。実際はそう大して変わらないが、一番年長として頑張ろうする彼に、その加護を当然のように二人は享受していた。今思えば、そうとう甘えていただろう。彼のお陰でスタースクリームはその能力を十分に発揮する場所を与えられた。
何をして稼いでいたのかは聞いていない。聞かずとも予測は付く。彼の生み出された理由を知っているスタースクリームにとって、それは愚問だった。
今では知る者は二人しかしない。スタースクリームと本人だ。スカイワープは知らない。彼が知るのはたった一度、自分達を守る為にサンダークラッカーが本気を出して戦ったという事だけだ。存在意義までは知らない。恐らく、自身のそれすら彼は知らないのだろう。スタースクリームもサンダークラッカーも教える気は無いので、このままずっと自分が本当は何の為に生み出されたか知らずに生きていくはずだ。

一度だけ見た本気の彼は、その存在意義そのものだった。そこに普段の甘っちょろく臆病で卑屈な彼はいない。どれだけ効率的に、敵を消滅させるか。ただそれだけで動いているように感じた。そう、消滅だ。倒すでも殺すでもなく、相手は文字通り跡形もなく消え去っていった。そこには何も無く、ただ陥没した地面が黒ずんでいた。
振り返った顔の穏かさがその異様さを一層際立たせたが、スタースクリームもスカワイープも恐怖は感じなかった。大丈夫か、と問われ、頷いたのを覚えている。
しかし以降、自分達の間でその話題い触れる事は無かった。彼は直ぐに何時もの情けなさを取り戻したし、自分達もどこか夢物語のような気分があったからだ。そうしてなんとなくタブーとなり、表向き忘れられていった。本当は誰もが忘れてはいないのだけれども。

そんな彼の本当の姿を知っているからこそ、唯一人の生き残りであるという話が全く違う意味を持った。すなわち、生き残ったのではなく、彼が、全てを消滅させたという事だ。
その力がある事を知っている。その為に生み出された事を知っている。そしてその性格と性質がそのストッパーになっている事も知っていた。そのストッパーは昔より更に強靭になったが、完全ではないはずだ。なんらかの出来事でそれが外れたとしたら。そう考える方が二度も唯一人の生き残りになるより、よっぽど論理的で確実ではないか。

スタースクリームは常々、彼の力を自分が自由に扱えたなら、と考えていた。そもそも自分達はそのように作られたはずだ。スタースクリームが指揮を執り、スカイワープが敵を撹乱し、サンダークラッカーが混乱したところを一気に叩く。考えてみれば、自分自身で開発したナルビームもその為のものだったのかもしれない。
しかし実際のところは、彼はスタースクリームの命令をあまり聞かない。スタースクリームだけではない。メガトロンの命ですら、時と場合によっては背く事がある。デストロンにおいて、それは珍しい事ではないが、彼の場合は少し状況が違う。
大抵の命令違反は、その命令が気に入らないだの、上官がむかつくからだの、命令内容を忘れただのと、実に身勝手で、しかし悪の軍団に相応しいものだ。ところがサンダークラッカーは、敵に情けをかけ止めを刺さなかったり、捕虜を逃がしたり、酷い時には戦場そのものを放棄してしまう事もあった。どこまでもデストロンらしからぬ命令違反だ。
そんな彼をメガトロンが重宝しないまでも軍に置き続ける理由。それはひとえにその性格にあるとスタースクリームは考えている。協調性が無く衝突の耐えないデストロンにおいて、常識がありそれなりに温厚、そして事勿れ主義な彼は良い緩衝材となる。面倒事は嫌いだが、変な良識と優しさ、周囲に出来るだけ良く思われたいという打算めいた気持ちが彼を仲裁へと駆り立てる。
軍内での諍いにおいてメガトロンの怒号は鞭だが、サンダークラッカーの仲裁は飴だ。メガトロンもいちいち構っていたくない部下の小競り合いを、それなりの確立で止める存在というのは居て便利という認識なのだろう。彼の戦場放棄よりデストロン内部の揉め事の方が起こる確率は遥かに高い。
そしてデストロン兵士にとっても、なんだかんだとメガトロンに処分される前に止めてくれる存在はそれなりに有難いらしく、臆病者だ甘ったれだ卑屈だと言いながらも、彼がデストロンから離れようとすると止めに掛かるのを良く見る。
大量破壊兵器はどうやら自分の存在意義とデストロンの大意にお悩みのようで、良く辞めたいと愚痴を吐く。それはスタースクリームの裏切りと同じくらいデストロンで認知されている。そうして裏切りと大義への疑問が軍をまかり通る、という今の状況があった。
ご大層な自信だ。いずれ足元を掬ってみせる。その時、自分の傍らにサンダークラッカーが居れば、より一層自身の愚かさを突きつけてやれるのではないか。そう思い、スタースクリームは待っていた。サンダークラッカーの真実の弱味を握る時を。

それが今だ。震える大気と大地は灼熱の炎に包まれている。彼以外の生存者は最早数えるほどだ。辛うじて業火の襲来から逃げた者は上空から射抜かれ、ゆっくりと炎の舌に巻かれていく。ひとり、またひとりと赤い炎に飲み込まれていく様をスタースクリームは克明に記憶していった。このデータが彼を縛る首輪だ。公表されれば、流石のメガトロンも罰を与えざる得なくなるし、彼自身の性格からしてこの事実を眼前に突き付けられるのは相当のショックとなるはずだ。
命乞いをしているのはデストロンの兵士か。スタースクリームは周囲を見渡し、そうして悟った。彼は生かされていた。最後のひとりとして。そしてサンダークラッカーのストッパーを崩したのは彼だと知る。
アイセンサーの精度を高め、その顔を見た。見覚えがある。良く彼に突っかかり、ことある事に馬鹿にし、嘲り、卑しめていた顔だと記憶している。スタースクリームは言い返さないサンダークラッカーに苛立ち、自ら男に制裁を加えた事があった。
醜い顔だったが、更に醜悪になっている。スタースクリームは侮蔑の眼差しを送る。良い様だ。対象がサンダークラッカーであるからという事ではなく、そういう愚かさをスタースクリームは嫌っていた。そういうのは強い者の特権であり、弱い者が行って良い事ではない。自分が部下を馬鹿にし、手酷く扱うのは良いのだ。それが権利だからだ。だが、他人が行うのは許せない。自分のものを好きに出来るのは自分だけだ。

大方、何時もの調子でサンダークラッカーに突っかかったのだろう。サンダークラッカーが切れると恐ろしいというのは、デストロンにおいて一種の常識だが、命を奪うまでの事は決してしない。しかし時期が悪かったのか、よっぽど溜め込んでいたのか。それとも触れてはいけない部分に触れたのか。サンダークラッカーは今日、この日、全てを消し去る選択を取った。過去の二回もそういう事なのだろう。巻き込まれた者は哀れなものだと思うが、大した感傷は無い。どうせ戦場などは死ぬ為の場所だ。偶々、運が悪かったのだ。サンダークラッカーの悪運が強いのではなく、周りの運が無かった、というのが事実という訳だ。
頭部に突きつけられていた銃が無常に火を吐く。やり取りは聞こえなかったが、情なくも醜い断末魔を上げただろう事は想像に難くない。
この時、スタースクリームには確かに油断があった。そしてサンダークラッカーに対するある種の信頼めいたものがあった。
彼にとって自分は決して敵にはならない、というものだ。なにせ、過去、彼が本気を出したのは自分達を守る為だった。ならばその凶刃を向けるはずがないと、スタースクリームが考えても仕方がないことだ。
だからサンダークラッカーが最後のひとり、原因のひとりの頭部を破壊し炎で包み込こみ、ふと高台にいるスタースクリームを見た時、彼は何も警戒を持たなかった。それどころかこちらに気が付いて慌てふためくだろう、とほくそ笑んだくらいだ。

その一撃を避けられたのは、奇跡に近い。スタースクリームだからこそ起こし得たものだ。彼の持つ反射能力と、スピード。それを持ってして被弾は免れなかった。致命傷ではないのが幸いだが、咄嗟に頭部を庇ったお陰で左のナルビーム砲が持っていかれてしまった。
彼は正確に急所のひとつである頭部を狙っていた。つまり、確実にスタースクリームを殺そうとしてその攻撃は放たれた。
その時、瞬時にスタースクリームの感情回路を巡ったパルスは怒りより驚きだった。馬鹿な!彼はそう叫んでいた。そうして遅れて激しい怒りのパルスが感情回路を染め上げ、全身を駆け巡る。
「サンダークラッカー!貴様!」
理由も原因も何も要らない。今は、自分に刃を向けた愚か者への制裁を行う事が至上であり最善だ。

目の前に居たサンダークラッカーは今は上空へ上がっている。スタースクリームは次の攻撃を予測し、動いた。素早くトランスフォームし、ジェット形態に戻る。あの予備動作は全方位ソニックブームの準備行動だ。スタースクリームの装備では防御は出来ない。ただちに範囲外に逃げなくてはならない。瞬時に最高時速に到達させる為、ブースターを全開にし、一気に噴射する。本当は上空へ向かいたかったが、発生源との距離を考え、地平線を目指した。
スタースクリームのスピードはぎりぎりでソニックブームの範囲を出た。しかし余波までは避けられなかった。聴覚センサーにエラーが出る。あの距離で最大出力を食らってこれならば、御の字だ。悲観する事はなかった。むしろ、自身を称える。こちらへ向かって来る機影に、スタースクリームは怒りと、そして悦びを感じた。戦っているうちに冷静になってきた。頭が冴えてくる。久しぶりに遠慮無しで暴れられる予感と、そして。
結局は誰だって自分の事が一番なのだと、ここで完全に確信を持てた。その持論を覆す存在が他ならぬサンダークラッカーだったのだ。彼は誰かの為に自分を犠牲にするとは言わないが、他人の為に行動する事が良くある。特に自分やスカイワープの事は気にかけているようで、それがスタースクリームにとってある意味、最後の砦だった。自分の為に無償で何かをしてくれる存在が居るという、いわゆる愛情と呼ばれるようなものを信じても良いかもしれないと、スタースクリームはサンダークラッカーを見て思っていたのだった。
だが実際はどうだ。結局は誰だって我が身が可愛いのだ。かつて守ろうとした者をも、容赦無く殺そうとする。それが現実だ。
良かった。スタースクリームはナルビームを放ちながら思った。危うく騙されるところだった。この世には愛などない。あるとすれば自己愛のみだ。自分を愛する事こそが、正しい摂理だ。そして完全な忠誠などない。あるのは打算と駆け引き。最も有効的な弱味を握ったものが世を支配するのだ。

スタースクリームは正確な射撃の腕前とそのスピードでなんとか互角に持ち込んだ。切れているサンダークラッカーは容赦が無く強力だが、そのほとんどは広範囲に大雑把な攻撃をするものばかりだ。繊細な動きも綿密な計算もない。また予備動作も多い。対大勢では圧倒的だが、対一ではどうだ。スタースクリームは対一に特化した機能を持つ。雑魚相手とは違う。
そこに付け入る隙がある。広範囲に渡るソニックブームも火炎放射も、予備動作が分かりやすく攻撃の前の溜めは長い。それでも大抵のトランスフォーマーは反応出来ないレベルのものだが、動きを見極めたスタースクリームならば、その演算能力とスピードで攻撃を放ってから安全圏に逃げるという戦法が可能だ。じわりじわりとサンダークラッカーの機体には傷が増えていった。大技を連発しているのでエネルギーも少なくなってきているだろう。
無論、スタースクリームも無傷でいられない。炎自体は避けてはいるものの、高温の熱波に晒され続け機体のあちらこちらは溶け爛れている。聴覚のエラーも増え続け、右側は完全に使い物にならなくなっていた。銃撃やビーム砲も掠め、顔から足まで幾つもの筋が切り刻まれている。見た目の酷さはスタースクリームの方が上だ。しかし優位に立っているのも、また彼だった。

エネルギーが尽きかけたのか、サンダークラッカーが体勢を崩した瞬間をスタースクリームは逃さなかった。二人の間の距離は、最高速度で移動して大勢を立て直す前に攻撃出来るかどうか微妙なものだ。常のスタースクリームなら慎重に対応していたかもしれない。しかし今、彼は一種の興奮状態だった。
ブースターを一気に爆発させる。その瞬間、彼は自身の最高時速を更新した。誰も知らない記憶されない記録だ。
サンダークラッカーが体勢を立て直し気付いた時、彼は目の前に居た。胸部の急所に突き付けられた機銃。
この時、スタースクリームは当初の目的などどうでも良いと思っていた。ただサンダークラッカーを殺す。そう考えていた。そうしてそれを実行しようとしていた。

スタースクリームは目的を思い出したのか、それとも。
抵抗することもなく力を抜き、静かにアイセンサーを閉じたサンダークラッカーに向けて放たれたのは、ナルビームだった。





FIN